7 動揺(コーネリアス視点)
コーネリアス視点です。
「コーネリアス。お前、アデレード様に卒業パーティーのドレスは贈ったのか」
生徒会室で仕事をしていた俺に、ルパートが言った。
ルパートは俺の一つ年下だが、幼い頃から交流があったことと、彼が同じ生徒会のメンバーのラヴィニア・フィンドレー嬢の弟であることから、気安い仲ではある。
「……いや、贈っていないが……」
「はぁ? なぜだ」
眉をひそめたルパートが憤慨したように言う。俺はどこかばつが悪くなった。
「贈り物のことなど、お前に関係ないだろう」
「卒業パーティーはアデレード様の晴れの舞台だぞ。婚約者であるお前がドレスを贈らずどうするんだ。さては今まで全く贈り物をしていないな?」
「……何もいらないと仰るのだ」
「きっとお前に遠慮なさっているんだよ。それに、贈り物っていうのは一方的にするものだろう」
(贈り物、か……)
ルパートに言われるまでもなく、数年前に一度殿下へどんなものを好んでおられるか尋ねたことがあった。贈り物をしたかったからだ。
しかし――
「わたくしに贈り物? ………結構よ。あなたはあなたのすべきことを優先して」
困惑した様子の殿下からそう返され、何も言えなくなってしまった。
俺が何かを贈っても、かえって困らせてしまうと分かったからだ。
(確かに、まともな贈り物といえばあの魔石ぐらいだったな)
アデレード殿下は昨年、合同演習得た魔石を贈ってくださった。まさか魔石をいただけるなどと予想もしていなかったから嬉しかった。
だからこそ、俺も魔石ぐらいは渡してもいいだろうと思えた。
今もアデレード様がくださった魔石はケースに入れて大切に保管している。
「気が進まないのなら、無理に用意しなくてもいいんじゃない?」
考えこんだ俺を案じるように、ミレイユ・コランが言ったが、それに俺が答える前にルパートが口を挟む。
「おいミレイユ嬢、何を……」
「だって、ルパート。コーネリアスったらとても難しい顔をしているわ。ほら見て、この眉間の皺!」
そう言ってミレイユは俺の眉間に指を添えた。彼女はこのように誰にでも親し気な態度で接するし、口下手な俺にも根気よく声を掛けてくる。同じ場につまらなさそうな奴がいれば気になってしまう性格なのかもしれない。
元々彼女は学園に入学する予定はなかったが、聖魔法を使えることが分かり学園に入学することになった。そのためか、貴族令嬢としてのマナーをしっかりと学んでこなかったらしい。ラヴィニアなどが何度か指導したようだが今のところ大して改善はないようだ。
「いや、気が進まないというわけでは……」
「無理しなくていいのよ。それに、王女様なのだから、たくさんドレスを持っているに違いないわ! 夜会でもすごく高価そうなドレスを着ておられたもの」
「夜会?」
「そうよ。昨日、ハイラム様と出席されていたわ。聞いていない? ねぇルパート」
殿下とは手紙のやり取りをしているが、夜会に出席されたという話は書かれていなかった。
ミレイユに水を向けられたルパートも頷く。
「そうだな。アデレード様が出席されているとは思わず驚いた。まぁ、特に変わったご様子はなかったぞ。ダンスも踊らずフルニエ伯爵と談笑しておられたし」
「凄くお綺麗だったわ! ハイラム様と二人でパーティーに出席されるなんて、仲がいいのね」
「ハイラム殿下と……」
アデレード殿下があの美丈夫のハイラム殿下と煌びやかなドレスを身に纏い夜会に出席したと思うと、胸の奥にチリチリと嫌なものがくすぶる。
しかし、俺にこんな感情を持つ資格などない。
「殿下も卒業されると成年王族として今よりも忙しくなられるし、婚約期間もあと一年と少しだろう。もうちょっと婚約者らしいことをしろよ」
「……そうだな」
ルパートの言うとおりだ。
このまま不甲斐ない婚約者のままでは、殿下も婚姻した後のことを不安に思われるに違いない。
黙り込んだ俺を、ミレイユが心配そうに見上げた。
「コーネリアス?」
「ドレスをお贈りする」
婚約して数年。俺は初めて、自分が選んだドレスをあの方へ贈ることを心に決めた。
◇ ◇ ◇
ラヴィニア嬢が「今一番人気のあるドレスショップでしてよ」と紹介してくれた店で、俺はあの方に合うドレスをオーダーした。
できることならば殿下と共にドレスショップへ行ってドレスを選びたかったのだが、なかなか時間が取れそうになかったし、煩わしいと思われるのでは、と思うとお誘いすることができなかった。
あの方に相応しいドレスに仕上がったと思ってはいるが――。
(喜んでいただけるだろうか)
生徒会室から出ると、空は既に日が落ちかけていた。
俺は扉を施錠し、校舎を出る。
今日もルパートたちに生徒会を引き継ぐため、つい資料作りに集中しこんな時間になってしまった。
数時間前、帰り支度をするラヴィニア嬢からは「もうお帰りになったらいかが?」とあきれ顔をされてしまったが。
校舎から学園の校門へ向かっているところで、足を止める。夜の月明かりの下でも分かる黄金の髪の美丈夫が目に入ったからだ。
「……お前、コーネリアス・マクレガーか?」
王弟ハイラム殿下だ。なぜこんなところに……。
しばし呆気にとられていた俺は慌てて礼をとった。
「驚いた。こんな時間まで勉学に励んでいたのか?」
「いえ。生徒会のことで残っていました」
「馬車は」
「使っていません」
馬車ばかり使うと身体もなまるので、基本的に歩いて通学している。ハイラム殿下は片眉をひそめた。
「そうか。お前も名家の子息だ。このような時間に一人で帰るのは危ない。送ってやろう」
「…………お心遣いに感謝いたします」
一人での帰宅など毎日のことだが、彼の有無を言わさぬ迫力に、俺は拒否することを諦めた。
ハイラム殿下は校長と公務の関係で話があり、学園に訪れていたのだという。
殿下は自身が乗って来た馬車に俺を乗せると、俺の正面に座った。
「お前は確か騎士科だったな」
これまであまり関わりのなかったハイラム殿下が自分のことを把握していたことに、意外に思う。しかし溺愛している姪の婚約者のことなのだから、それも当然かと納得した。
「はい。二年になりました」
「そうか。私も学生の時は騎士科だったのだ。王子でも関係なくずいぶんしごかれたぞ。そして生徒会長までやらされた。今年の会長は――そうか、ラヴィニア・フィンドレー嬢だったな」
生徒会長は基本的に最も優秀な生徒が務める。昨年はアデレード殿下だった。今年はラヴィニア嬢。やはり会長ともなると、幼いころから高等教育を受けてきた王族や高位貴族が選ばれることがほとんどだ。
「コーネリアス。……アディは……」
何かを言いかけたハイラム殿下がそこで言いよどむ。俺は不思議に思い、顔を上げた。
「アデレード殿下が、なにか……?」
「いや、アディとはうまくやっているのか」
「……そう、ですね。問題ないと、思いますが……」
ただならぬ空気に、冷や汗が出る。果たしてこれはただの世間話なのか、何かを探られているのかの判断がつかない。
「それならば良い」
「なにか、気になることが?」
「いや……、先日アディと共に、とあるパーティーに出席したのだが」
ルパートとミレイユが言っていた件だろう。俺は頷く。
「アディは珍しく、俺に招待状をねだったのだ。フルニエ伯爵に会いたいから彼に会えるパーティーに行きたいと」
「は……、フルニエ伯爵に?」
想像もしなかった人物に、俺は目を見開いた。
フルニエ伯爵といえば、王族派の穏やかな印象の老伯爵だ。国政からは一歩引いた位置にいる人物であるし、殿下と関わりがあるとも思えない。伯爵に会いたがる理由に見当もつかなかった。
「しかもパーティーでは伯爵を見つけるなり頬を上気させて駆け寄るし、魔道具のことでずいぶん盛り上がって、ずっと声を上げて笑っていた」
「…………」
俺とのお茶会で、そのような振る舞いをされたことがあっただろうか。殿下が声を上げて笑ってくださったことがあっただろうか……。
そう考えると、何も言葉が出なかった。
「アデレード殿下が、フルニエ伯爵とそこまで親しいとは知りませんでした」
「そうか。どうも、会う機会がある度に親しく話しているらしい」
そんなことは知らなかった。
魔道具師としても成果をあげられているアデレード殿下だが、ラヴィニア嬢が殿下のサポートをしているらしいとは聞いている。フルニエ伯爵も魔道具作りに関わっていたのだろうか。
「……いや、お前との仲が問題ないのならいい。俺も馬鹿馬鹿しい懸念を抱いてしまった」
「はい。俺としても、アデレード殿下が我が家へお越しいただける日を心待ちにしております」
ハイラム殿下は少し渋面になった。
「コーネリアス。なぜお前はいまだにアディに敬称をつける。ずいぶん他人行儀だな。お前たち、婚約してかなり経つだろう」
「それは……、アデレード殿下は王女殿下であらせられますので」
「しかし、いずれお前の妻になる。フィンドレー嬢も、パスカルに“殿下”などと敬称は付けていないぞ」
「それは……」
ラヴィニア嬢のことを引き合いに出され、つい返答に詰まってしまった。
パスカル殿下とラヴィニア嬢は自分たちと事情が違うと思うが、どこが違うのだと言われれば明確に言語化できない。口下手な自分はこういうとき、ただ黙るしかなかった。




