4 尊い婚約者(コーネリアス視点)
コーネリアス視点。少し短めです。
(アデレード殿下は今日も俺と目を合わせなかったな……)
王宮からの帰りの馬車で、俺はぼんやりと今日のアデレード殿下を振り返る。
誰よりも尊い俺の婚約者とお会いできるお茶会の日を、俺はいつも、何日も前から心待ちにしている。
俺たちのお茶会は、挨拶程度の会話を交わし、ただ紅茶を飲むだけ。
ただそれだけの時間。殿下にとっては苦痛かもしれないが、俺にとっては何にも代えがたい時間なのだ。
(だが前回は魔石をお渡しできた……)
数日前に開催された合同演習。
何とか一位を獲ることができたが、これは一緒にチームを組んでくれたミレイユ・コラン嬢の功績である部分が多い。
昨年、たった一人で演習に臨まれたアデレード殿下は、過去に類を見ない好成績を残された。殿下の将来の伴侶となる身として、少しでもアデレード殿下の討伐数に近付きたいと願い腕を磨いてきたが、結果は遠く及ばず。よりあの方の優秀さを痛感するだけだった。
ミレイユは気を遣って「コーネリアス、凄いわ!」と励ましてくれたが……。
俺の婚約者、第一王女アデレード殿下はこの国で最も尊い女性の一人だ。
単なる王族というだけではなく、美しく聡明で慈悲深い上に、魔術師としても一流。剣を取ればその腕前は騎士も敵わない。その上、魔道具士として華々しい功績を上げておられる。しかしそれを驕ることもなく謙虚であられる。
まさに非の打ち所がない方だ。
この上なく有能な御方であるが、パスカル王太子殿下と王弟ハイラム殿下がいらっしゃることから、アデレード殿下は我がマクレガー侯爵家に降嫁されることとなった。
あの方が俺のような非才で凡百な男に嫁ぐ羽目になるなど、おいたわしいことだ――と自分でも思う。
マクレガー侯爵家は暗く冷え切った家だ。
父は騎士団長として仕事にかかりきりで家を不在にしがちであるし、母は心を病まれて領地で療養している。
俺は母からあたたかな言葉や目線を貰ったことがない。
母はいつも、キッと目を吊り上げて俺を見ては、些細なことを理由に鞭で叩いた。
しかし、母が俺を愛せないのは仕方のないことだ。
両親の結婚当初、父は騎士団長として長期の遠征に出ており、家を不在にしていた。それをいいことに祖母は母へ苛烈な嫌がらせをしたのだ。
母の部屋を屋敷の中でも薄暗く狭い部屋に移し、祖母は事あるごとに罵倒した。元公爵令嬢の母に掃除や洗濯などの下働きのような真似までさせたので、母は下働きのメイドからさえも侮られたという。
だが母の苦境は、一年ほどで終わる。
祖母は病を得て死亡し、父が帰還したのだ。母はようやく本来あるべき侯爵夫人としての立場を取り戻し、子どもにも恵まれた。
しかし、母の苦境は続く――苦難の果てにようやく生まれた息子は自分を苛んだ義母にそっくりだった。
母が俺にきつく当たることを、父は放置している。騎士団長としての職務に追われていることは本当だろうが、祖母を止められなかった負い目もあるのだろう。
しかし、間違いなく母の息子であるのに、欠片も愛されず全てを否定される俺は、生きている意味があるのだろうかと思っていた。
――何があっても、生きていさえいれば何とかなる。俯いちゃだめよ。
あれは、殿下の乳母が王宮を去るときのこと。いつも俺の前では涼しげな表情をされていた殿下が、珍しく涙ぐまれ、その言葉を乳母に言ったのだ。
そうか。生きていれば、きっと。
自分に向けられた言葉ではないのに、俺のほうが救われた心地になった。
あの方は輝かしい生命力にあふれている。そばにいるだけで救われるような気持ちになる。何度もその輝きに助けられてきた。
病んだ母が領地で療養することになったときも、常に前向きな殿下を見ているだけで、自分も前を向くことができた。
アデレード殿下はきっと、この婚約に前向きではなかったはずだ。他国の王族への輿入れのような華やかなものでもなく、臣下への降嫁――つまり、王族であることを断たれる道である。葛藤がなかったはずがない。その証左に、初めての顔合わせのとき、殿下は真っ青になり失神された。
(どれほどの心労があっただろう)
殿下は俺と極力目を合わせない。口数も減り、いつも緊張されている。
先ほどパスカル殿下のように、ただ会いたかったからとあの方に会いに来ていただけるなど、俺にはあり得ないことなのだ。
明日からは一日一話の投稿になります!




