3 パーティーの招待状が欲しい!
断罪後のアデレードについては、テロップでサラリと触れられる程度だったが、一応オチがついていた。高齢のフルニエ伯爵の後妻として嫁ぐことになるのだ。
(ざまぁってやつね!)
悪役の断罪後の嫁ぎ先が悪辣で色情狂いというのはお約束の展開であるが、フルニエ伯爵は穏健で常識的なご老人である。
普通の令嬢的には老人の後妻など絶対に御免だろうが、私は穏やかな方の後妻ならそれほど悪いとも思わない。なんせ殺されるわけでも、追放されるわけでもないのだし。
実は伯爵とはそれなりに親しい。顔を合わせれば私から話しかけるようにしていると、彼も孫のように目を細めて喜んでくれるようになった。
私が作ったランプを気に入り、伯爵家の城の照明を入れ替えたらしい。伯爵家が明るくなりましたよ、とほんわかした笑顔で教えてくれた。
(コーネリアス様ルートに入った以上、断罪が起きる可能性があるわ)
念のため卒業パーティーの前に彼の様子が変わっていないか確認したい。できれば彼が出席する夜会の招待状が欲しいところだ。
(お兄様に頼みましょうか)
ゲームにおいて、王太子パスカルと王女アデレードは全く仲の良くない兄妹だった。パスカルは自分を律して「王族とはかくあるべき」という姿勢を心掛ける人物なのだから、相容れるはずもない。
とはいえ今の私達の関係性は悪くない。劇的に兄の態度が変わり溺愛される……なんて都合のいい展開にはならなかったけど、出席したい夜会の招待状ぐらいは手配してくれるはずだ。
◇
さっそく兄の執務室へ足を運ぶべく王宮の廊下を歩いていると、前から見覚えのある人物が見えた。
「あら、ルパート」
「アデレード様!」
彼はラヴィニアの弟、ルパート・フィンドレーだ。
ラヴィニアと同じ銀の髪に猫を思わせる大きなつり目の金の瞳。ゲームでは辛辣なことばかり言う生意気なキャラだが、あっさり攻略できるのでチョロかわいいツンデレキャラとして愛されていた。
私に気付いたルパートは輝くような笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。そう。今の彼はツンな部分など皆無の子犬系である。
「お久しぶりです。最近は我が家にいらしてくださらないので寂しく思っていました」
「あら。王宮へ来てくれたらいいのに」
「はは。いつまでも子どもの頃のようにはいきませんから……何より私も学園に通っているのに、アデレード様は全然校舎にいらっしゃらないですし」
「あらそれは御免なさいね」
私たちは笑い合う。
彼は今年学園に入学した一年生なのだ。私は卒業を控えた三年で、ラヴィニアが二年生である。
ルパートも、ついこの前まではまだ少年っぽさが残っていて可愛らしかったのに、もうすっかり背も伸びちゃって。男の子だわ……などと、まるで近所のおばさんのようなことを考えてしまう。
「今日はどうしたの?」
「父上に急ぎで決裁が必要な書類を見て貰っていたのです」
「そう、宰相に」
彼らの父、フィンドレー侯爵は宰相として王宮に出仕している。そのため侯爵家の実務はこの優秀な姉弟が回しているのだ。
「また侯爵家にお越しください。アデレード様は私達姉弟の恩人ですから、いつでも大歓迎ですからね」
「大げさだわ、ルパートったら! でもまた必ず行かせてもらうわ」
ラヴィニアとルパートはこうして私を恩人と呼んでくれる。
それは、昔、勢いこんだ私が彼らの家に乗り込んだからである。
実は彼の姉――ゲームのラヴィニアは、王太子パスカルかルパートルートで登場する悪役令嬢だった。
苛烈な性格で、下位の貴族を堂々と見下し、平民は人と思っていなかった。最終的に彼女はミレイユを害した罪で婚約破棄の上、修道院おくりになる。
そしてルパートも相当性格が悪かったが、優しいところがあり、どこか憎めない子だった。ミレイユがルパートルートに入ると、今までの自分の在り方を改め、最後はラヴィニアを見限るのである。
そもそも、彼らが歪んだ元凶は二人の教育係にあった。
フィンドレー侯爵家の親戚筋の子爵夫人だった教育係は特権思想が強く、歪んだ思想の持主だった。彼女の教育を受けたラヴィニアとルパートも次第に染まっていくのだ。
(あのまま放っておいたら大変なことになっていたわ……!)
記憶を取り戻した私は、まずお茶会を開き、ラヴィニアたちを招待した。当時二人はすでに子爵夫人に毒され始めていたのだが、私の王女という身分は役立った。
自分より下の令嬢を見下すラヴィニアも、さすがに私相手にそうはいかない。
「あら、なんて無作法な方なのかしら。お黙りなさい」
私はことあるごとにラヴィニアがいかにみっともない真似をしているかを分からせてやった。他の者に傍若無人を働きそうになれば「あら、みっともないわ」「その方は私のお友達でしてよ」と阻止し、振る舞いが改善されれば「まぁ! 素敵ね」と褒めた。
教育係が来る少し前にラヴィニア達の母君が亡くなった上、教育係から鞭などの体罰を受けていた二人。誰かに認められ、評価されること飢えていた二人は、私に心を開いてくれるようになった。
次に私はフィンドレー侯爵家に乗り込み、元凶の教育係を撃退。そして侯爵に彼らのやりたい放題ぶりを突き付けたのだ。
本来であれば教育係の暴挙を止める立場のフィンドレー侯爵は妻の死がきっかけで領地へ引きこもり、無気力になってしまっていた。その隙をつき、子爵夫人は侯爵家であたかも主人のように振る舞っていたのである。
侯爵は教育係に侯爵家への出禁を命じた。そして侯爵家の予算を使って好き放題していた賠償を請求し、今度一切ラヴィニアとルパートに近寄るなと言い渡した。
この騒動をきっかけに彼らの親子関係も改善し、侯爵は引きこもりをやめた。
そしてラヴィニアとルパートは私の友人になったのだった。
(どうなることかと思ったけど、ラヴィニアもルパートも素敵なお友達になって良かったわ)
「じゃあまた」
「はい!」
ほっこりとした気持ちに浸りながら、私はパスカルの執務室へと足を進める。
(お兄様、いらっしゃるかしら)
パスカルは既に王太子として公務に取り組んでおり、忙しい日々を送っている。私にも公務が割り当てられているものの、兄に比べればほんの少しだ。しかし私が作る魔道具は案外いい稼ぎになっているらしく、最低限の公務さえこなしていれば何も言われないのでありがたく思っている。
「失礼します」
「アデレードか」
ノックのあと兄パスカルの執務室に入ると、兄はじろりと私を見た。
私はたじろぐ。兄の鋭い眼光にひるんだのではなく、部屋の中にコーネリアス様がいたからだ。これは予想外だった。
二人は向かい合って座り、何かを話していた。
「コーネリアス。いたの」
「父から王太子殿下への言づけがありまして……」
(キャーッ、今日のコーネリアス様もかっこいい!)
また顔を見られて嬉しいが、さすがにコーネリアス様がいては、するつもりだった話はできない。ここはすました顔で撤退である。
「なんだ、アデレード。用があるなら言え。また何か作ったか」
「いえ、お兄様のお顔を拝見したかっただけですわ!」
適当なことを言うと、兄は口をあんぐりと開けて絶句した。この隙に退散だ。
私は優雅に「では」と礼をして執務室を後にした。




