2 王女の魔道具
ミレイユがコーネリアス様を選ぶかもしれない、ということは、どこかで覚悟していたことだった。
だって、セイイノに出てくるキャラの中で、彼が一番素敵なことは誰の目から見ても明らかなのだから……。
少し休憩するわ、と侍女に告げ一人になると、私は人気のない王宮の庭園の隅のベンチに座り、ふぅとため息をついた。
(やっぱりこうなってしまったのね)
記憶が蘇ってからこれまでのことを思い出す。
セイイノの攻略対象者はコーネリアス様の他に、私のお兄様である王太子パスカル、パスカルの婚約者ラヴィニアの弟で宰相の子息ルパート、暗殺者レミ、隠しルートで王弟のハイラム叔父様など、沢山の魅力的なキャラクターがいた。
しかし、言うまでもなく、私はコーネリアス様推しだった。
コーネリアス様は騎士団長をつとめるマクレガー侯爵家の長男。笑顔も言葉も少ない方だけれど、努力家で、父を超えるような騎士を目指して日々鍛錬されている。(素敵!)
彼がこうも寡黙なのは、実母と折り合いが悪く、幼い頃から心無い言葉を投げかけられ続けたことで心を閉ざしてしまったという悲しい背景があった。
王命により決まった一歳上の婚約者、王女アデレードとは性格が合わず、将来を悲観したコーネリアスは益々心を閉ざしていく。
だがミレイユがコーネリアスルートに入ると、天使のようなミレイユの温かい交流により彼の心は救われるのだ。
そう。私はコーネリアス様の婚約者としてミレイユに立ちはだかる敵——王女アデレードである。
(初対面で自分の顔をみて失神されるなんてトラウマだわ。ゲームよりも印象が悪いでしょうね。悲しいけど……)
何度お茶会を重ねても、無言のまま終わることがほとんどだ。緊張してしまってろくに話題をだすこともできず、ただ紅茶を飲んで終わる。
ゲームと同じで、好感度などないに等しいはずだ。
これから一体どうなってしまうのか……。
(落ち着くのよ、アデレード!)
次の予定の時間が迫っている。私は何とか立ち上がると、前を向いた。
◇ ◇ ◇
「アデレード様! お会いできて嬉しいですわ」
「ふふ。私もそうよ、ラヴィニア」
コーネリアス様とのお茶会の次の約束の相手は、銀の巻き髪がゴージャスな印象のラヴィニア・フィンドレー侯爵令嬢だった。
彼女は兄パスカルの婚約者であり、幼い頃から交流をしている私の友人の一人でもある。
「ねぇラヴィニア。サラマンダーの魔石って手に入るかしら」
「また何か新しいものを作られるのですか」
「えぇ。髪を乾かすものを作りたいと思っているの!」
「髪を乾かす?」
実は私には趣味がある。それは魔道具作りである。
前世の記憶が戻った私は、ある意味で大変な苦労をする羽目になった。だって、かつては周囲に当たり前にあった様々な便利なものたち――記憶があるのに、現実にはそれらがない。
――ないのなら、作ればいいのでは?
そう思った単純な私は、まず魔術師に相談した。
ぜひ作ってほしいあんな物、こんな物……幼いなりに懸命に説明したものの、あまり相手にされなかった。まぁ、忙しい彼らからすれば、突然王女(女児)に良く分からない相談されても困ってしまうだろう。
仕方なく私は図書館にこもって勉強を重ね、やがて魔道具を自作するようになったのだ。
当時、王宮はロウソクのような照明ばかりだった。ロウソクは危ない。火事の原因にもなる。そしてロウソクの照明は単純に暗い。
夜は満足に本も読めないという現状に不満があった私はまず手始めに魔導ランプを作ることにした。前世の発明王もまず、電球を作っていたし――などと大それたことを思いつつ。
すでに魔導照明自体はこの世界にもあったのだが、明るすぎること、高級品だったことから、大広間や謁見の間などの重要な部屋でしか使われていなかったのだ。
とにかく気軽に部屋で使えるランプを作りたい!
その一心で、前世にあったランプの形状を思い出しながら試行錯誤。小さな魔石でも明るくなるよう中に磨いた銀板を入れ、光効率を上げることでコストを削減した。完全に素人知識だけど。
結果的に私が作ったランプは爆発的に売れた。私の部屋も明るくなり、火事の心配も減った。
ランプ開発をきっかけに、私は色々な魔道具作りに励むようになった。
そんな私をサポートしてくれるようになったのが、ラヴィニアである。
フィンドレー侯爵家は商会を運営している。その伝手で、私が欲しがる素材を集めてくれているのだ。そして完成した商品は彼女の商会を窓口に販売して貰っている。
「髪を、ですか。そのような魔道具が必要でしょうか。髪は放っておいても乾きますわ」
「私は欲しいし、絶対に作りたいわ。髪は濡れたままだと傷むのよ。魔道具で乾かせば、ツヤツヤになると思うわ」
「ツヤツヤに……!」
美容に敏感なラヴィニアは俄然ドライヤーに興味が沸いたのか瞳を輝かせる。
「サラマンダーの魔石、ですね。ギルドに素材として出ていないか確かめてみます」
「ありがとう。サラマンダーの魔石を付けて送風の魔法陣を刻めば、温かい風が出ると思っているの」
単純な構造だが、前世のドライヤーも熱源と送風でできていたと思う。
「どうでしょう。サラマンダーの魔石は強力ですから炎が噴き出るような気もしますが……」
「あぁー、確かにそうね」
炎の出力を調整できるように魔法陣を工夫する必要がありそうだ。試作品はまず庭で試さないと危険かもしれない。
他にも必要になりそうな素材についてあれこれと話し合い、ラヴィニアがメモをしていく。
大体案がまとまったところで、ラヴィニアが言った。
「そういえばアデレード様。卒業パーティーはどうされるつもりですか」
「どうって?」
「まさか欠席されるおつもりでしょうか……ドレスを作られるご様子もないので」
「あぁ」
私は卒業に必要な全ての単位を取り終えていて、ほとんど学園に登校していないが、卒業パーティーのことはずっと頭の片隅にあった。
なぜなら卒業パーティーは、王女アデレードの断罪の舞台である。
ゲームのアデレードはミレイユに苛烈な嫌がらせをおこなう。聖魔法の使い手を害したとしてコーネリアス様から婚約破棄を通告されるのが、アデレードの卒業パーティーなのだ。
「出席、されますよね?」
「するわ。まさか私が欠席というわけにもいかないし」
卒業生で、しかも王族である自分が欠席というわけにはいかないだろう。さすがに私もそれぐらいは弁えている。
ラヴィニアは安心したのかこわばっていた表情を和らげた。彼女は現生徒会長なので、私の為に色々と準備をしてくれているのだろう。
私は彼女が安心するよう、「楽しみにしているわ」と微笑んだのだった。




