1 悪役王女
久しぶりの連載投稿です。よろしくお願いします。
(今日もすっごく格好いいわ、コーネリアス様……!)
私は紅茶を手にとりながら、至福の時間を過ごしていた。
王宮のガゼボで向かいに座るのは、私の婚約者であるコーネリアス・マクレガー侯爵子息。
アッシュグレーの髪は爽やかな短髪で、鍛え抜かれた凛々しい体躯に映える。男らしい印象なのに、カップを持つ所作は優雅で美しいわ。
侯爵家の後継でありながら、学園では騎士コースに在籍されていて、成績はトップ。文武両道、眉目秀麗……完璧という言葉は彼のためにあるのではないかしら?
「アデレード殿下」
し、喋った。
なんてこと。コーネリアス様がお話しになったわ。
いつも無言で終わるお茶会。コーネリアス様と同じ空間にいるだけで幸せだというのに、お声まで聞かせていただけるなんて。相変わらずの良いお声。しかも私の名前を呼んでおられるわ。昨日女神様にお祈りしたからかしら。今日は最高の一日だわ。
いけない。話しかけていただいたのだから答えなくては。
「何かしら、コーネリアス」
私は一応王女なので、婚約者とはいえ臣下である彼に「コーネリアス様」と呼びかけてはいけない。つい溢れ出してしまいそうになる彼への賛辞を立場上グッと抑え込むと、こうして平坦で機械的になってしまう。
「こちらを。先日、合同演習で狩った魔物が出した魔石です」
「…………っ、そうなの」
涼しい顔で紅茶に口をつけながら私は内心で地団太を踏む。
(イベントがあったのね! あぁ、この目で見たかったわ……!!)
合同演習。二年の騎士課と魔術課が合同で魔物を狩る課外授業だ。コーネリアス様が活躍する様子をこの目で見たかったのに、知らない間に始まって知らない間に終わってしまったようだ。
(ゲームではアデレードも見学していたはずだけれど。確か魔物を持ち込んでヒロインを害そうとして……いや、私はそんな恐ろしいことしないけど!)
私、アデレードは悪役令嬢である。といっても、私は王女なので、令嬢ではない。悪役王女とでもいうべきか。
こんなことを言うと頭がおかしくなったと思われるだろうから誰にも話したことはないが、私には前世の記憶がある。
前世の私はこことは全く違う世界――恐らく異世界の、日本という国に住む女性だった。非常に成熟した社会で、私は会社員として日々働いていた。
しかし、今はこうしてアデレードとして生きているのだから、おそらく前世の私は死んでしまったのだろう。何となくインフルエンザで意識が朦朧としていたことは覚えている。
(熱に浮かされながら見ていたスマホ画面がだんだんぼやけていったのよねぇ……)
前世の私は、スマホゲームと呼ばれるものに熱中していた。特に夢中になって遊んでいたのが、「聖なる祈りの導く道」――略してセイイノ――という乙女ゲームである。
セイイノは、ヒロインのミレイユ・コランに聖魔法の才能があると判明し、王立学園に入学するところから始まる。
今私が生きているこの世界は、あのゲームと酷似している――。
そのことに気が付いたのは、私が十歳のとき。婚約者としてコーネリアス様に引き合わされた日のことだった。
当時、恥ずかしながら気位が高く傲慢な少女だった私は、降嫁し臣下となることを不満に思っていた。何なら王太子には兄のパスカルよりも自分がふさわしいとまで思っていたのだ。
そのような不満をあらわにした私を前に、コーネリアス様は緊張した様子で私に礼をした。彼の姿を目にした私は、身体に電流が走ったような衝撃を受ける。
まるで堰を切ったように次々と溢れる膨大な記憶。暴流のようなそれに翻弄され、私は立ち尽くした。
(コーネリアス様……!)
そうだわ。彼は私の最推し。寡黙だけどふと見せる優しさが最高にキュンとくる――
あれ? ちょっと待って。
お兄様ってまさか王太子パスカルで、叔父様は王弟ハイラム……!?
スマホごしに見ていたあの世界と、現実が交差する。
(つまり私は悪役王女アデレード……!)
血の気が引くという感覚を、私はこの時初めて体験した。
初めての顔合わせの席は、私が失神してそれどころではなくなってしまった。
「――アデレード殿下?」
コーネリアス様の声で、物思いにふけっていた私はハッと意識を戻す。せっかくの幸せな時間だというのに、ぼんやりしていた。あり得ない。
私はついさっき彼にもらった魔石を丁寧にハンカチに包む。
コーネリアス様が獲った魔石は青く透き通っており、五cmほどもある大きなものだった。この大きさであれば大型の魔獣だっただろう。
下世話な話だが、これほどのグレードの魔石ならば、それなりの値段になる。絶対に売らないし誰にも譲らないけれど。
(末代まで家宝にするわ!!)
合同演習で得た魔石を婚約者に捧げる――それは学園の慣習だった。私も昨年、合同演習で魔物を狩りまくり、得た魔石の一つを彼に渡した。
しかしこれほどの魔石を持つ魔獣を討伐したのに、彼は本当に無事だったのだろうか。
「ありがとう、コーネリアス。怪我はしなかった?」
「不甲斐ないですが、無傷という訳にはいきませんでした」
「まぁ! 大丈夫なの?」
「はい。コラン子爵令嬢と同じチームでしたので、回復して頂きました」
「…………!」
いつも通りの無表情で彼は言った。
私は頭が真っ白になり、絶句してしまう。
(ミレイユはコーネリアス様を選んだのね……)
コーネリアス様は合同演習のとき、一人で回るのがデフォである。ミレイユとチームを組んだということは、彼女はコーネリアス様を選んだということだろう。
(どうしましょう。泣きたいわ!! あぁ、でもミレイユ。分かる。コーネリアス様が一番格好いいわよね……)
ゲームで一番人気だったのは兄パスカルだったが、私に言わせれば兄がコーネリアス様に勝っている部分など身分ぐらいで、明らかに顔も性格も負けている。彼女がコーネリアス様を選ぶのも無理はない。
ミレイユを相手にしては、私に勝ち目などない。
まずい。泣いてしまいそう。
私は何とか今判明した悲しい事実から顔を背け、表情をとりつくろった。
「……順位はどうだったの?」
「一位でした。しかし、アデレード殿下の討伐数には及びませんでした」
「まぁ」
ここで初めて私はコーネリアス様に顔を向けた。
といっても、やっぱりあまりに美形で直視できないので、すぐに目をそらす。
(キャーッ、一位! 凄いわ!!!! 日々たゆまぬ努力を続けられた結果、国中のエリートを集めた学園で見事一位に君臨なさったのよー!!!!)
確かに昨年、私は合同演習でぶっちぎりの一位に躍り出た。
それは私にチートと言える前世の記憶があり、学園入学前に能力値を爆上げしたから成せたこと。控えめに言ってズルである。
コーネリアス様は正真正銘の自分の力でここまで強くなったのだから、尊敬しかない。
「失礼します、殿下……」
「あら、時間ね」
侍従が、お茶会の時間の終わりを知らせる。
「それでは、また。ごきげんよう」
私が立ち上がると、コーネリアス様が礼をとった。私はそれに頷きで返し、お茶会の場を後にした。
今日何話か投稿して、明日からは一話づつ投稿します。




