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11 卒業パーティー 2


「遅くなりました」

「いいのよ」


 彼は手にしていたグラスを私に渡してくれた。

 ミレイユに目線を向けると、彼女がどこか胡乱な表情で私を見ていたのでぎょっとする。


(ミレイユもこんな表情をするのね)


 いつも笑顔で天使のような子なのに。愛する人の隣に自分ではない女性がいることが辛いのかも。


(私がゲーム通りに動かなかったから……)


 だが、私はどうすれば良かったのだろう。

 誰かを傷つけないように、自分も幸せになれるように、できる限り最善な道を歩めるように生きてきたのだ。それ以外、道はなかった。

 私は彼女へ声をかける。


「こんばんは、ミレイユさん」


 しかしミレイユは何も答えず、私に礼をすると、去っていった。


 一応私は王女である。あんな風に立ち去られたことなどなかったので、少々面食らう。正直言って貴族令嬢としてはあり得ない振る舞いだ。


「どうしたのかしら、彼女……」

「今のはよくないですね。今度改めるように言っておきます」


 私は少々苦い思いで頷くしかなかった。


「フルニエ伯爵と親しくされておられるのですね。どういったきっかけで?」

「どうだったかしら……何かのパーティーでお話したのが最初だったと思うわ」


 まさか断罪後のことを考えて、偶然出会えたパーティーで声をかけたのが最初……などとは言えるはずもない。


「ずいぶんと楽しそうにされていましたね」


 コーネリアス様の言葉と同時に会場にワッと歓声が上がり、彼の声がかき消された。どうやら公務で遅れていたパスカル兄様が登場したようだ。王太子の登場に、会場の参加者は沸いている。


「え? コーネリアス。聞こえなかったわ。何と言ったの?」

「いえ、些細なことです。ご放念ください」


 コーネリアス様はそう言ったきり、パスカルの方へ視線を向けた。

 婚約者であるラヴィニアが生徒会長としてパーティーを取り仕切っているので、パスカルは一人で来賓席に座っている。

 そこに、ミレイユが近付いていった。


(どうしたのかしら)


 彼女は聖魔法の件で何度も王宮に来ていて、パスカルとも面識がある。しかし個人的に話すほど交流があるとは思えない。そういう噂は聞かなかったが、知らない間に兄とも親しくなっていたのだろうか。

 何となくその光景を眺めていると、ふいにパスカルが立ち上がり、険しい表情で私を見た。


「王女アデレード。ここへ」


 一斉に会場の視線が私に集まる。パスカルと私の間にいた人たちがさっと脇によけ、道が作られた。

 予想外のことに、参加者は皆戸惑いを隠せない様子だ。


 私だって兄からはこんなこと一切聞いていない。一体何事だというのか。

 しかし王女とはいえ王太子を無視してつっ立っているわけにもいかず、私はパスカルとミレイユの近くまで行き、頭を下げた。


「アデレード、ここに参りました」

「……この晴れがましい日に不本意であるが、重要なことなのでこの場で問うこととする。アデレード。お前にとある嫌疑がかけられている」

「嫌疑、でございますか」

「あぁ。俺から王太子の座を簒奪するため、秘密裡に兵器を密造しているというのは本当か」

「は…………?」


 私は絶句してしまった。


 王太子の座の簒奪? 何の話だろう。一切心当たりがない。


 そもそも、正直王太子なんて大変すぎるし、なりたいと思わない。パスカルを見ていると碌な自由もない上に、国という責任が自分の双肩にのしかかる重い立場だということも分かる。私は王女としての役目を果たすだけで精一杯だ。その上王太子になってしまえば将来は女王である。絶対に嫌だ。パスカルという兄がいて、しかも有能で良かったと私は心から感謝しているのだ。

 しかも兵器の密造。

 魔道具は作るが、兵器なんて作ったことはない。作ろうと思ったことも。心当たりがなさすぎて、言葉が出てこない。


「王女にも関わらず王宮を離れ離宮に引きこもり、しかも離宮に仕える使用人を最小限に絞り人目を避ける。あれだけの魔道具を作る能力があれば兵器も作成可能。大量のサラマンダーの魔石を買い込んでいるそうだな。これら全て、複数の証人がいる」


 会場は次第にざわめき始め、私に対する目線が鋭くなっていくのが分かる。


(これは……やっぱり断罪が始まってしまった、ということ……!?)


 思わぬ事態に、カラカラに喉が渇いていく。先ほどパスカルが上げたことは確かに事実だが、誤解である。

 離宮に移ったのは魔道具の実験に集中したいからだし、使用人が少ないのは断罪につながりかねない侍女は排除したから。魔道具は趣味。サラマンダーはドライヤーの素材である。火炎放射は単なる失敗だ。


「ち、違、それは」

「もし兵器を密造し王から認められた王太子の座を奪い取ろうと企んでいたというのならば、それは謀反の罪となる」


 謀反、という言葉と同時に、隣のコーネリアス様の体が強張った。全く心当たりはないものの、このままでは彼の将来、そしてマクレガー侯爵家の名誉に関わる可能性がある。


 私は彼の腕にかけていた手を離そうとした。

 しかし、それをコーネリアス様が防ぐ。


「コーネリアス……!」

「俺はあなたの婚約者です。……隣におります」


 彼の声には有無を言わせぬ迫力があり、それでいて落ち着いていた。


「話を続けていいか」


 しかめっ面をしたパスカルが言う。

 私は何としても誤解を解こうと口を開いた。


「お兄様、全て誤解ですわ。私にそのような大それた野心はございません。離宮に移ったのはご存じのとおり魔道具を作るため。魔道具作成は様々な危険物を取り扱います。万が一にも王宮を損壊しないためです。サラマンダーの魔石についても、兵器を作成するためではなく、新しい魔道具の開発に必要な素材の一つだったために、仕入れただけの話です」

「でも、王女殿下は離宮の庭で度々大規模な火炎を放射されていたと、侍女が証言しております。恐ろしい武器を作っていらしたことは事実です! お、お願いいたします。罪をお認めになってください……!」


 パスカルの隣に立つミレイユが、胸の前で組んだ手を震わせながら言った。

 聖女と称される彼女が、可憐な声を張りながら告発する様は、いかにも清廉で、正義を体現しているようにしか見えない。


 彼女の言葉の効果は大きく、会場のざわめきは更に大きくなった。


 どういうことだろう。

 彼女はパスカルを攻略していたのだろうか。

 兄妹として信頼関係を築いていると思っていたのは、私だけだった?


 ミレイユを害した罪ではなく、謀反の罪となると、老人の後妻どころの話ではない。追放でもまだぬるい。恐らく処刑になるだろう。

 今の状況を理解するにつれ、目の前が真っ暗になり、足元が崩れ落ちていくような感覚がする。


「……これは、何の茶番ですか」


 その、地を這うような声を出したのは、コーネリアスだった。



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