入園戦争ー完配ー
受付会場が見えてきた。
「受付会場到着でーす!」
「ここから列を分けまーす!」
「係員の指示に従ってくださーい!」
「一番から五番窓口はこちら!」
「六番から十番窓口、右へ!」
「ご自身で列を選ばないでくださーい!」
押し寄せた保護者たちが、職員の誘導によって瞬く間に十本の列へ分けられていく。
「前へ詰めてくださーい!」
「通路を空けて!」
「荷物は足元へ!」
「パンフレットをご用意くださーい!」
その先。
十の窓口には、紙の束が積まれていた。
オルディス学園幼稚舎。
入園応募整理券。
全千枚。
「整理券の配布を開始しまーす!」
一斉に動いた。
「パンフレットを確認します」
「はい、整理券です」
「次の方」
「確認しました。どうぞ」
「次の方」
受け取る。
進む。
次。
受け取る。
進む。
次。
「整理券を受け取った方は立ち止まらないでくださーい!」
「出口はこちらでーす!」
「対象児童一名につき一枚です!」
「その場で戻らないでくださーい!」
流れる。
とにかく流れる。
千枚あった紙の束が、目に見える速度で薄くなっていく。
「残数、五百!」
「整理券、残り五百枚でーす!」
ざわっと空気が揺れる。
まだ半分。
しかし。
半分しかない。
「列はそのままでーす!」
「前へ押さない!」
「整理券は順番にお渡ししまーす!」
保護者たちの視線が、一斉に前へ向いた。
自分より前に、何人いる。
隣の列は。
こちらの列は。
どちらが早い。
「ご自身で列を移動しないでくださーい!」
即座に釘を刺された。
「隣の列が早く見えても移動しない!」
「係員が調整しまーす!」
動きかけた者たちが止まる。
古参は最初から動かない。
知っている。
こういう時、隣の列は必ず早く見える。
「残数、三百!」
「整理券、残り三百枚でーす!」
ざわめきがさらに大きくなった。
「後方、人数確認入りまーす!」
数人の職員が動く。
列の横を進みながら、一人、二人と数えていく。
「残数、二百!」
「残り二百枚でーす!」
列の後方から、祈るような声が漏れ始める。
「お願い……」
「頼む……」
「あと少し……」
「前へ詰めないでくださーい!」
「詰めても順番は変わりませーん!」
そのとき。
人数を確認していた職員が、ぴたりと止まった。
もう一度、前を見る。
手元を確認する。
隣の職員と数字を照合する。
そして。
大きな札が上がった。
「現在の配布状況から――」
ざわめきが止まる。
「こちらの方まで、整理券をお渡しできる見込みでーす!」
「――っ!」
一本の線が引かれた。
前と後ろ。
その差は、わずか一人。
線の直前に立つ父親が、大きく息を吐いた。
その真後ろにいた母親の顔から、血の気が引いた。
「こちらより後ろの方は、整理券をお渡しできない可能性がありまーす!」
「まだ確定ではありません!」
「配布終了まで列を崩さずお待ちくださーい!」
ざわ。
ざわざわ。
「……あの」
一人の母親が前へ身を乗り出した。
「前の方。お子さん、おいくつですか?」
「三歳ですけど……」
「三歳……」
その目が変わった。
「でしたら、来年がありますよね?」
「え?」
「うちは四歳なんです」
「…………」
「今年が最後なんです」
「お母さーん!」
スタッフが、飛んできた。
「前の方への交渉は禁止でーす!」
「まだ交渉なんて!」
「整理券を譲ってもらおうとしてますねー!」
「…………」
図星だった。
そして。
一人が始めれば、伝播する。
「あの、うちも四歳で――」
「交渉しないでくださーい!」
「金貨をお支払いします!」
「売買は禁止です!!」
「では金貨五十――」
「金額を上げない!!」
「百!」
「お母さん!!」
「三歳なら来年があるじゃないですか!」
「こちらは四歳なんです!」
「今日を逃したら、もう入れないんです!」
あちらでも。
こちらでも。
四歳児の保護者が、三歳児の保護者を見つけ始めた。
「三歳児さんの親御さん!」
「整理券を――」
「譲渡は禁止でーす!」
「交換もできませーん!」
「売買も禁止です!」
「代理取得も無効です!」
「整理券は、並ばれた保護者と応募するお子様に紐づいております!」
「譲渡された整理券を使用しても、選別の魔法で無効となりまーす!」
「絶対にやめてくださーい!」
対応が早い。
異様に早い。
毎年いるのだ。
「残数、百!」
「整理券、残り百枚でーす!」
四歳児保護者たちの交渉が止まった。
全員が前を向く。
「九十!」
「八十!」
紙の束が消えていく。
「残り五十枚!」
空気が張り詰める。
「列を崩さない!」
「前へ押さない!」
「順番は変わりませーん!」
窓口では、同じ作業が続いている。
「確認しました。整理券です」
「次の方」
「どうぞ」
「次の方」
淡々と。
ただ淡々と。
「残り三十!」
「二十!」
「整理券、残り十枚でーす!」
静かになった。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように、誰も喋らない。
「九!」
一枚。
「八!」
一枚。
「七!」
また一枚。
「六!」
「五!」
「四!」
列の後方で、両手を組む者がいる。
「三!」
目を閉じる者がいる。
「二!」
最後から二人目の保護者が窓口へ進んだ。
パンフレットを差し出す。
「確認しました」
一枚。
「残り一枚です!」
会場中の視線が、その一枚へ集まった。
最後の保護者が窓口へ進む。
パンフレットを差し出す。
職員が確認する。
一瞬。
ほんの一瞬。
誰も息をしなかった。
「はい。確認しました」
最後の一枚が持ち上げられる。
「整理券です」
その手に渡った。
直後。
「予定枚数、終了しましたー!!」
大きな札が掲げられた。
『整理券 配布終了』
千枚。
完配。
「整理券の配布は終了しました!」
「これ以降の方への配布はございませーん!」
「列の後方から順番に解散をお願いしまーす!」
歓声が上がった。
整理券を胸に抱く者。
天を仰ぐ者。
その場にしゃがみ込みそうになり、係員に支えられる者。
そして。
配布終了の札を、ただ見つめる者。
三歳児の保護者には、もう一度だけ機会がある。
来年。
四歳児の保護者には――ない。
オルディス学園幼稚舎が園児を募集するのは、三歳と四歳。
五歳児の募集は行われない。
これが、最後だった。
「……あの」
配布終了の列から、か細い声がした。
「三歳児さんの親御さん……」
整理券を手に出口へ向かう母親を見る。
「その整理券……ください」
「整理券の譲渡は禁止でーす!」
即座にまたスタッフが飛んでくる。
「配布終了後も譲渡は禁止です!」
「売買もできませーん!」
「整理券を受け取られた方は、そのまま出口へお進みくださーい!」
最後の一枚がなくなっても。
オルディスの職員に、油断はなかった。
こうして。
真冬の夜を越え。
寒さに耐え。
開門と同時に押し寄せる人波を進み。
何度も何度も、
「走らないでくださーい!」
と叱られ。
千人の保護者が、ようやく手にしたもの。
それは――。
合格通知ではない。
入園許可証でもない。
試験に合格した証でもない。
ただの。
応募するための整理券である。
そして。
ここからようやく――。
オルディス学園幼稚舎への入園選考が始まる




