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幼稚園戦争  作者: あぐり りょう


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6/33

三歳、春

 きょうは、わたしにとって特別ないちにち。


 カーテンを開けたら、窓から朝のおひさまがきらきら差し込んできた。


 まるで、おひさままでわたしをお祝いしてくれているみたい。


 そう。


 今日は――入園式。


 いつもお忙しい、おとーさまとおかーさまも、今日だけはお仕事をお休みしてくれた。


 ふたりに手を引かれて、おとーさまの特別な馬車に乗り込む。


 どこへ行くのかって?


 それは――。

 わたしの学園。


 オルディス学園、幼稚舎。


 今日から、わたしも学園に通う。


 つまり――もう、子どもじゃない。

 三歳だもの。


 この日のためにお姉さんパンツを履く練習だってした。


 だいじょうぶ。


 今日からわたしも、立派な学生。

 おとーさまとおかーさまみたいな大人になるための、最初のいっぽ。

 昨日までのわたしとは、もう違うの。


 今日から始まる。

 新しい学園。

 新しい先生。

 新しいおともだち。


 そして――。

 もしかしたら、とっても素敵な出会いだって……。


「楽しみね」


 おかーさまの声で、はっとする。


「うん。とっても」


 おかーさまが微笑んで、わたしの頭を撫でようとした。

 だけど、その手が触れる前に、わたしはそっと頭をよける。


「おかーさま」


「あら?」


「髪がくずれちゃう」


 今日はいつもと違うの。


 侍女のマリーが朝早くから、わたしの髪をとってもきれいに結ってくれた。


 お気に入りのリボンもつけてもらった。


 千鳥格子の、襟のないジャケットに、おそろいのスカート。

 ジャケットの上には、真っ白なブラウスのフリルが幾重にも重なって、ふわふわと広がっている。


 鏡の前で見たとき、ちょっぴり大人のお姉さまみたいだと思った。


 だから今日は、絶対に汚さない。

 お靴だって、ぴかぴか。


 頭のてっぺんから、つま先まで完璧。


「……ごめんなさい」


 おかーさまが手を引っ込める。


 もう。

 今日は入園式なのよ?


 初めて会う人には、最初がだいじ。

 おとーさまだって、いつもそう言ってる。


 だから、ちゃんとしなくちゃ。


 背筋を伸ばして。

 お膝をそろえて。

 ジャケットの裾をきれいに整えて。


 お話するときは、相手のお顔を見る。

 ごあいさつは、笑顔で。

 だって今日から、わたしは――オルディス学園の学生なんだから。


「ずいぶん、お姉さんになったな」


 向かいに座るおとーさまが言った。

 胸の奥が、ぽっとあたたかくなる。


 でも、ここで喜んじゃだめ。


 大人の女の人は、こういうときに大騒ぎしたりしない。


「そう?」


 わたしは、ちょっぴり首を傾げた。

 それから窓の外へ顔を向ける。

 完璧。


 たぶん今のわたし、とっても大人っぽかった。


 窓の向こうでは、見たことのない景色が流れていた。

 王都の大きな建物が少しずつ減っていく。

 緑が増えて。

 空が広くなって。

 春の光が、馬車の窓からきらきらと降り注ぐ。


 なんだか、世界まで昨日とは違って見える。

 

 これから、どんな毎日が始まるんだろう。

 どんなおともだちができるんだろう。

 どんな人たちと、出会うんだろう。


 わたしの知らない世界が、この先で待っている。


 胸が、どきどきする。


 きっと今日から――。

 わたしの新しい物語が始まるの。


 ……そういえば。


 オルディス学園って、どこにあるんだろう。


 …………。


 まあ、いいわ。

 大人の女は、細かいことを気にしないもの。


「見えてきたよ」


 おとーさまの声に、窓の外を見る。


「わぁ……!」


 思わず、声が出た。


 緑いっぱいの丘の上。

 春のおひさまの下に、真っ白な建物が見える。


 高い塔。

 大きな窓。

 色とりどりのお花が咲く庭園。


 絵本に出てくるお城みたい。


「あれが、オルディス学園だ」


「あれが……」


 わたしの、学園。

 胸が、どきどきする。


 馬車は長い坂道を上って、大きな門をくぐった。

 その先には、もっとすごい景色が広がっていた。


 何台もの馬車。


 きれいに着飾った、おとーさまとおかーさまたち。

 そして――わたしと同じ制服を着た子が、いっぱい。


 今日から、みんな同じ学生。


 そう思ったら、なんだか急に緊張してきた。


 だいじょうぶ。

 わたしは三歳。

 お姉さんパンツだって履いてる。


 立派な学生なんだから。


 馬車が止まる。


 先に降りたおとーさまが、わたしへ手を差し出した。

 その手を取って、ゆっくり馬車から降りる。


 走らない。

 飛び降りない。

 大人の女は、馬車から降りるときだって優雅なの。


 お靴が地面につく。


 よし。

 完璧。


「行こうか」


「うん」


 おとーさまとおかーさまの間を歩いて、大きな校舎へ向かう。


 その途中――。


「きゃあ!」


 少し離れたところから、女の子の声が聞こえた。


「レオンさま!」


 レオンさま?

 誰だろう。

 声のした方を見る。


 わたしより少し大きなお姉さまたちが、何人も同じ方を見ていた。


「今日、レオンさまがお迎えなの?」


「スミレ組ですもの!」


「わたしもレオンさまにつけてもらいたかった……」


 つけてもらう?

 何を?

 よくわからない。


 でも――。

 みんな、とっても嬉しそう。


「まあ」


 隣で、おかーさままで足を止めた。


「あちら、エルグランド公爵家のご子息じゃない?」


「そうだな」


 おとーさまも知ってるの?

 そんなに有名な人なの?


 わたしは、お姉さまたちの視線の先を追った。


 そして――。

 見つけた。


 きらきら。


 最初に目に入ったのは、おひさまの光を受けて輝く金色の髪。


 わたしより、ずっと背が高い。


 同じ千鳥格子のジャケットなのに、なんだか全然違って見える。


 胸には、紫色のお花。

 スミレ組の組章。


 その人の周りだけ、春のおひさまがいっぱい集まっているみたい。


 風が吹いた。

 金色の髪が、さらりと揺れる。

 花びらが一枚、目の前を横切った。


 その向こうで――。


 レオンさまが、笑った。


 ……。


 …………。


 すてき。

 絵本の王子さまみたい。

 ううん。

 王子さまより、すてきかも。


 ぼんやり見つめていると、レオンさまがこちらを向いた。


 目が、合った。


「――っ」


 慌てて背筋を伸ばす。


 髪、大丈夫?

 フリル、曲がってない?

 お靴、汚れてない?


 だいじょうぶ。


 さっき確認したもの。


 頭のてっぺんから、つま先まで完璧。


 なのに……。

 レオンさまが――こっちへ歩いてくる。


 え?

 なんで?

 後ろ?


 わたしは、そっと振り返った。

 誰もいない。


 じゃあ。

 もしかして――。

 わたし?


 一歩。

 また一歩。

 近づいてくる。


 どうしよう。


 ちゃんと、ごきげんようって言わなくちゃ。


 笑顔で。

 大人の女らしく。

 昨日、おかーさまと練習したもの。


 なのに。

 レオンさまが目の前まで来ると、全部どこかへ飛んでいった。


「入園、おめでとう」


「……ぁ」


 声が出ない。

 わたし、どうしちゃったの?


 レオンさまは、そんなわたしの前ですっと膝をついた。


 目の高さが同じになる。

 近い。

 近い、近い。


 金色の髪。

 きれいな目。

 長いまつげ。


 笑ったお顔。


 こんなに近くで男の人のお顔を見るなんて、初めて。

 おとーさま以外。


 レオンさまは、隣に置かれた籠から白いお花をひとつ取った。


 それから、わたしを見つめて微笑む。


「胸元にコサージュをつけてもいいかな?」


 ――トゥンク。

 わたしの小さな胸が、音を立てた。

お読みくださって、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
いやぁぁぁぁぁぁん トゥンクしちゃった!トゥンク!!! 可愛すぎる!終始可愛すぎるぅぅぅ(๑♡ᴗ♡๑) 3歳の初恋を垣間見てしまったぁぁぁ
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