リバークロウ釣り、前哨戦
「みなさん、明日は特別な一日ですよ!」
アンナはクラスの子どもたちに向かって朗らかに宣言する。
「……なにか、あったかしら?」
女児たちは首をかしげるが、男児たちは目を輝かせる。
「もしかして!! リバークロウ釣りじゃない?!」
いつもはおとなしいトーマスが大声を出す。
「トーマスさん、静かに。でも、正解です」
いっきに教室内が騒めき始める。
「今年は青いの釣れるかな?」
「去年の青いの大きかったね!」
「せっかく捕まえたのにキャサリンが逃したけどね……」
「そうだった……。アンナせんせぃ、大丈夫かな?」
また、去年のキャサリンの話をしてから、子どもたちは不審げにアンナを見る。
「先生は、リバークロウは触れますぅ!!」
思わず対抗するように話すと、疑わしげな視線が少し和らいだ。
「それでね、みなさんの連絡帳には書いていますが、明日は準備して持ってきてもらうものがいっぱいあります」
「お家のひとと、よく相談してください。特に着替えのパンツやくつ下、タオルは忘れないようにしてくださいね!」
「はーい」
子どもたちの明るい返事が返る。
ここで、またトーマスが立ち上がって言った。
「みんな! リバークロウのエサは僕ん家で用意するから、大丈夫だよ!」
「え?」
アンナはいきなりの宣言に戸惑う。
職員室での引き継ぎでは、リバークロウのエサは各自用意すると取り決められていた。
「トーマスさん、エサはみんなお家から持ってくるようにと、先生は連絡帳でお願いしていますよ?」
「うん! 去年もそうだったから知ってる!」
「でもね、ウチのパパがね、リバークロウ釣りに行く時はついてくるって言ってた!」
「だからね、その時はみんなのエサはウチで用意するから、いらないよ! ってお話ししなさいって!」
トーマスが意気揚々と答える。
若干戸惑うアンナに、アルベルトが説明する。
「先生、トーマスくんのお家は有名な高級レストランなんです」
「知ってますが、それがリバークロウのエサと関係あるの?」
アルベルトは肩をすくめて続ける。
「大アリです。青いヤツが去年出たから、今年も高確率で現れるはず。青いヤツは高値で取り引きされる、高級食材なんです。しかも、入手困難な上に鮮度が命……」
「そーなんだよ! パパが去年の話でめちゃくちゃ悔しがって今度はパパが行くから! ってずっーと張り切ってる!」
「親御さんとの直接取り引きは大丈夫なのかしら……?」
アンナは、園児たちを送り出した後、本日の報告と明日の予定を確認する。
そこで、さっきトーマスが気になる事を言っていたなと思い出し、副園長に声をかけた。
「副園長先生。お時間よろしいですか?」
「あぁ、アンナ先生。はい、いいですよ」
副園長は手を止めて、書きかけの書類から顔を上げる。
「あの、スミレ組のトーマス君なんですが……」
「どうかしました?」
「明日のリバークロウ釣りに親御さんが来ると言ってまして。クラス全員分のエサを用意するから皆には持ってこなくて良いと言うんです……」
「トーマス君と言えば、お家はレストランの?」
「そうです。子どもたちの話では去年『青い』のが出たからだと。新鮮な内に高値で取り引きされると……。その相手がトーマス君のお父様だそうですが、オルディスのルール的にどうなんですか?」
「一人の親御さんだけにエサと引き換えにお譲りするのはどうなんでしょうか?」
「しかも、釣れる保証はないのに……。好意だけ受け取って、やはり各自でちゃんとエサも準備してもらうように再度連絡するべきですよね?」
副園長は悩むアンナを見つめて、笑う。
「かまいませんよ。オルディスは私立です。そこまで気構えなくて大丈夫です。そしてトーマス君のお父様の件は事務長に話をしておいてくださいね」
「事務長先生ですか?」
「そうです。ラピス・シザーは高値で取り引きされますからね」
「一人の親御さんにだけ?」
「他にいらっしゃれば、その場でオークションになります。鮮度が命なんで」
副園長は、急に恵比寿顔になった。
アンナは副園長にお礼を告げてから、今度は事務長の席に向かった。
「事務長先生、よろしいですか……?」
事務長もまた、恵比寿顔でアンナの話を聞き終えた。
※※※
翌朝はよく晴れていた。
オシャレを好む女児たちもこの日ばかりは機能性を重視した、動きやすい服装で登園してきた。
普段は用務員や園馬車の警護を担当する先生たちが、盾や革鎧、魔法の杖などを装備し、普段とは違う冒険者姿でスミレ組に現れる。
園で保管しているリバークロウ用の簡易な釣竿を子どもたちに手渡す。
アンナは興奮が最高潮に達している子どもたちに向かう。
「おはようございます。今日はリバークロウ釣りに、園舎を出てジェミナ池に行きます!」
「おおーー!!」
男児の大きな声が響く。
「みなさんは三年以上ここに通う『センパイ』なので、わかっているでしょう。
しかし、学園の敷地を出ると、モンスターなどの危険があるかもしれません」
「だから、絶対にひとりになったりしないでください。そして、先生や用務員さんの言う事をよく聞いてください。お約束できるひとー!!」
「はーーーい!!」
スミレ組全員がピンと手を挙げ、素晴らしい返事を返してくれた。
外には見慣れない保護者の一団がいる。
「お父さん、お母さんも、私たち教員の指示に従ってくださいね」
「わかりました!」
こちらも良い返事が返ってきた。
「それでは、忘れモノやおトイレは大丈夫かな?」
「はーーーい!」
「では二列に並んで。出発します!」
子どもたちはさっと二列に並ぶと、片手に釣竿を持った。
網やバケツなど必要な道具も、手分けして持つ。
そして、肩で風を切るように園舎を出ると、ゆっくりとオルディス学園の校門をくぐっていった。




