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幼稚園戦争  作者: あぐり りょう


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3/33

教えるのは誰?

 教室へ入る。


 広々とした室内。


 大きな窓から春の日差しが差し込み、磨き上げられた床を明るく照らしている。


 壁にはオルディス学園の紋章。


 教室の入り口を除く三方の壁に沿って、椅子がずらりと並んでいる。


 机はない。


 教室の中央には何も置かれておらず、広い空間がそのまま残されていた。


 皆は迷うことなく、それぞれ決められた椅子へ向かう。


 レオンも私の手を離し、自分の場所に腰を下ろした。

 アルベルトは窓際。

 カイルはその少し向こう。

 ルシアンは部屋の隅。


 誰かが指示したわけでもないのに、全員が当然のように自分の場所を知っている。


 そっか。


 みんなは、互いのことを知っているんだ。

 知らないのは――今日からここへ来た私だけ。


 少しだけ緊張する。


 でも、大丈夫。

 これから一年間、一緒に過ごすんだから。


 私は教室の中央に立った。


 三方から、みんなの顔が見える。


「みんな! はじめまして! アンナです!」


 できるだけ明るく笑う。


「これから一年間、みんなと一緒に過ごします! 仲良くしてね!」


 初めての自己紹介。

 胸がドキドキする。


 きっと、みんな温かく受け入れてくれるはず!


「…………」


 …………。


 誰もこちらを見ていなかった。


 レオンは隣の子と何か話している。

 アルベルトは本を読んでいる。

 カイルは窓の外を眺めている。

 ルシアンに至っては、椅子の背にもたれて目を閉じている。


 …………あれ?


「えーっと……」


 私は小さく咳払いをした。


「では!」


 パン、と両手を叩く。


「出席をとりまーす!」

「アーベルちゃん!」


「……」 

 返事はない。


「アーベルちゃん!!」


 ざわざわとより一層音が大きくなる。


「みんなは静かに! そして、返事は大きくね!」


「アーロンくん!!」


「……」

 また返事はない。


「アーロンくん! ちゃんと返事しなさーい!」


 静かになっていく教室。


「アーロンくんは恥ずかしがりやさんかな? 先生まで声が聞こえないぞ⭐︎アーロンくん?」

 

 ピタリと静まり返った教室。

 教室内の全ての生徒の注目が集まる。


 そのとき。

「ッチ!!」

 

 大きな舌打ちが聞こえた。


「誰ですか? 行儀が悪いですよ?」

 私はすぐに、反応する。


「ハァー……」

 今度は、誰かの深いため息。


 なに?

 なんなの?

 明らかに空気が変わった。

 

 重くなる教室の雰囲気に、心臓の鼓動が少しだけ早くなる。


「……ちょっ!」

「……おい!」


 声が上がったのは、ほとんど同時だった。

 私は声のした方を見下ろす。


「なにかな?」

「おまえ……。いいかげんにしろよ?!」

「……え?」

「アーロンくん、じゃない!」

「……は?」

「アーロン『さん』だろ?……こっちはセンパイだぞ? まったく……」


 …………。


「これだからとーしろの、しんじんは、こまるんだよなぁ……」

 

 うん、うん。

 周囲が一斉に頷く。


「しかたない。これはわれわれの『しめい』だからな……」

 

 手を引いて教室に連れて来てくれたレオンが、やれやれと肩をすくめた。

 さっきまでの爽やかな笑顔はどこへ行った。


「いいか? とりあえず、センパイにたいするくちのききかたに、きをつけろ!」


「そうよ! まずは『けいしょう』をつけることをおぼえてきなさい!」


 女子生徒まで加わってきた。


「いや、けいしょうって『敬称』? あなた達、子どもでしょう!?」


 再び。

 教室が静まり返った。


 …………。


 え?

 なに?

 私、何か変なこと言った?


 目の前には。

 金色の髪。

 黒い髪。

 赤い髪。

 銀色の髪。


 壁際の椅子に座り、腕を組んだり、足をぶらぶらさせたりしながら、私を見る四十の瞳。


 オルディス学園幼稚舎。

 年長特別クラス。


 そして私は、今日着任したばかりの新人教師。


「これだから新人は……」

「まえのせんせいは、ちゃんと『さん』ってよんでたぞ」

「せんせいなのに、そんなことも知らないの?」

「まずはこの学園のルールをおぼえてもらわないとな」

「そうね」

「しかたないよ。新人だもん」


 次々と飛んでくる言葉。

 私は拳を握った。


 そして――。


「なんなの!?」


 二十人がこちらを見る。


「なんなの!? このクラス!!」


 私の絶叫が。


 憧れ続けたオルディス学園の白亜の校舎に響き渡った。

お読みくださって、ありがとうございます。

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