教えるのは誰?
教室へ入る。
広々とした室内。
大きな窓から春の日差しが差し込み、磨き上げられた床を明るく照らしている。
壁にはオルディス学園の紋章。
教室の入り口を除く三方の壁に沿って、椅子がずらりと並んでいる。
机はない。
教室の中央には何も置かれておらず、広い空間がそのまま残されていた。
皆は迷うことなく、それぞれ決められた椅子へ向かう。
レオンも私の手を離し、自分の場所に腰を下ろした。
アルベルトは窓際。
カイルはその少し向こう。
ルシアンは部屋の隅。
誰かが指示したわけでもないのに、全員が当然のように自分の場所を知っている。
そっか。
みんなは、互いのことを知っているんだ。
知らないのは――今日からここへ来た私だけ。
少しだけ緊張する。
でも、大丈夫。
これから一年間、一緒に過ごすんだから。
私は教室の中央に立った。
三方から、みんなの顔が見える。
「みんな! はじめまして! アンナです!」
できるだけ明るく笑う。
「これから一年間、みんなと一緒に過ごします! 仲良くしてね!」
初めての自己紹介。
胸がドキドキする。
きっと、みんな温かく受け入れてくれるはず!
「…………」
…………。
誰もこちらを見ていなかった。
レオンは隣の子と何か話している。
アルベルトは本を読んでいる。
カイルは窓の外を眺めている。
ルシアンに至っては、椅子の背にもたれて目を閉じている。
…………あれ?
「えーっと……」
私は小さく咳払いをした。
「では!」
パン、と両手を叩く。
「出席をとりまーす!」
「アーベルちゃん!」
「……」
返事はない。
「アーベルちゃん!!」
ざわざわとより一層音が大きくなる。
「みんなは静かに! そして、返事は大きくね!」
「アーロンくん!!」
「……」
また返事はない。
「アーロンくん! ちゃんと返事しなさーい!」
静かになっていく教室。
「アーロンくんは恥ずかしがりやさんかな? 先生まで声が聞こえないぞ⭐︎アーロンくん?」
ピタリと静まり返った教室。
教室内の全ての生徒の注目が集まる。
そのとき。
「ッチ!!」
大きな舌打ちが聞こえた。
「誰ですか? 行儀が悪いですよ?」
私はすぐに、反応する。
「ハァー……」
今度は、誰かの深いため息。
なに?
なんなの?
明らかに空気が変わった。
重くなる教室の雰囲気に、心臓の鼓動が少しだけ早くなる。
「……ちょっ!」
「……おい!」
声が上がったのは、ほとんど同時だった。
私は声のした方を見下ろす。
「なにかな?」
「おまえ……。いいかげんにしろよ?!」
「……え?」
「アーロンくん、じゃない!」
「……は?」
「アーロン『さん』だろ?……こっちはセンパイだぞ? まったく……」
…………。
「これだからとーしろの、しんじんは、こまるんだよなぁ……」
うん、うん。
周囲が一斉に頷く。
「しかたない。これはわれわれの『しめい』だからな……」
手を引いて教室に連れて来てくれたレオンが、やれやれと肩をすくめた。
さっきまでの爽やかな笑顔はどこへ行った。
「いいか? とりあえず、センパイにたいするくちのききかたに、きをつけろ!」
「そうよ! まずは『けいしょう』をつけることをおぼえてきなさい!」
女子生徒まで加わってきた。
「いや、けいしょうって『敬称』? あなた達、子どもでしょう!?」
再び。
教室が静まり返った。
…………。
え?
なに?
私、何か変なこと言った?
目の前には。
金色の髪。
黒い髪。
赤い髪。
銀色の髪。
壁際の椅子に座り、腕を組んだり、足をぶらぶらさせたりしながら、私を見る四十の瞳。
オルディス学園幼稚舎。
年長特別クラス。
そして私は、今日着任したばかりの新人教師。
「これだから新人は……」
「まえのせんせいは、ちゃんと『さん』ってよんでたぞ」
「せんせいなのに、そんなことも知らないの?」
「まずはこの学園のルールをおぼえてもらわないとな」
「そうね」
「しかたないよ。新人だもん」
次々と飛んでくる言葉。
私は拳を握った。
そして――。
「なんなの!?」
二十人がこちらを見る。
「なんなの!? このクラス!!」
私の絶叫が。
憧れ続けたオルディス学園の白亜の校舎に響き渡った。
お読みくださって、ありがとうございます。
ブックマーク・広告下の【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】評価してくださいましたら、作者の励みになります!




