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幼稚園戦争  作者: あぐり りょう


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オルディス学園 プリムス・レクトル

「次が最後の部屋だよ」

 そう言ってスミレ組は扉の前に整列する。

 ヒヨコ組も上級生に手を引かれ、同じように並ぶ。


 アンナは動物舎に入ってから園児たちが繰り広げる奇妙な言動に、すでに帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。


 平然と最後尾についているジョアンナ先生に恐る恐る尋ねる。


「ジョアンナ先生。変な事を聞きますが、子どもたち、ここの動物と会話しているように見えるんです。これって気のせいでしょうか?」


 ジョアンナ先生は遠い目をして答える。


「……いいえ。気のせいじゃないようですよ? 去年は私も同じ思いでしたが……」

「アンナ先生。今から言う事を肝に銘じてください。『考えるな! 感じろ!』」

「…………」

「私も先輩方に言われた言葉です。私たちも七歳までは聞こえていたらしいのです。ただ、その頃の記憶は日々の生活の中で塗り替えられて、ほとんど忘れてしまうそうです」

「あの子たちは、私たちが聞こえなくなった声が聞こえているんですよ」

「とりあえず、アンナ先生のお目当ての一つ。園長先生にお会いしましょう」


 ジョアンナ先生はアンナを見て、困ったように苦笑する。


 園児の後ろ、教師たちの前を歩いていたペルカディアが、一羽だけ部屋の中へ入っていく。


 扉の横の壁には、一枚のプレートが掲げられている。


『オルディス学園 プリムス・レクトル』


「…………」


 アンナは、今しがた部屋へ入っていった鳥を見る。


 もう一度、プレートを見る。


「……えん鳥って園長?!!!」


 まるでアンナの悲鳴を笑うように、部屋の中から、ペルカディアの嘴がカタカタと鳴る音が聞こえた。


「園長先生、スミレ組とヒヨコ組がご挨拶に参りました!」

「お部屋に入って、よろしいですか?」


 園長室に入る前の礼儀を、教師たちが教えるまでもなく子どもたちは知っている。


 上級生が下級生を教え、導く。

 これが連綿と続く、伝統。


「ガガガガ」

『よろしい。入りたまえ』


「失礼します!」

 声を合わせて答えるスミレ組。


「しゅちゅれい、します!」

 お兄さん、お姉さんの真似をして答えるヒヨコ組。

 舌っ足らずで上手く言えていないが、満足げにしている。


 それからヒヨコ組の手をとりスミレ組の園児たちは速やかに園長室に入っていく。


 その後を教師たちが続いた。


 他の動物たちの部屋と違い、この部屋には机とソファーがある。


 だが、端には真新しい藁も敷かれている。

 なんともアンバランスな部屋だった。


「ガガガガ」

『ヒヨコ組の諸君! ようこそ! はじめまして!』


「ガガガガ、ガガガガ」

『私がこの学園の初代理事長にして、園長である』

『この学園で、よく遊び、よく学んで欲しい。そして、子どもでいられる時間を充分に楽しんで欲しい』


 園長が羽を広げる。


 教師たちと用務員には「ガガガガ」とバサバサ羽を動かしているだけだが、子どもたちは真剣に話を聞いている。


「あっ園長先生! スミレ組のアンナ先生が園歌がおかしい! って言うんだよ。説明していいの?」

 レオンが園長に尋ねる。


「…………」


 園長の黒い瞳がアンナをまっすぐ見据えた。

 どこまで見ているのか、本能的に怖い視線。

 アンナは視線を外したくなったところで、不意に圧が途切れた。

 ホッと息を吐き、アンナは園長から少し顔を背ける。


「ガガ」

『よかろう。他の神を信仰していても、オルディス神の加護は変わらない。レオンや、ワシの話を聞かせてやってくれるかな?』

「はい、園長先生」


「アンナせんせぃ、えんちょー先生がお話するって」

 レオンがアンナに向かって告げる。

「なっなにを?」

「このまえ、園歌が変って言ってたでしょう? なんで二番と三番歌わないの? って」

「……そうね。斉唱が一番だけなのはおかしいと思っているけど……それがオルディス学園なんでしょ?」

「えんちょー先生がお話して良いって」


「ガガガガ……」


『この幼稚舎の園歌の話は他言無用じゃ』

「この幼稚舎の園歌の話は他言無用……」


 レオンは、園長の言葉をそのままアンナへ伝える。

 レオンの普段の口調とは全く違う語り口。

 大人びた言葉遣い。

 語られる内容。


 初代理事長が、どうしてこの幼稚舎を作ったのか。

 何故、この歌詞なのか。


 気がついたら、アンナの頬は感動の涙で濡れていた。


「何故、秘匿するのですか? 建国の宰相様はもっと人々に語られ、讃えられて良い筈です! こんな素晴らしい国づくりを実現するなんて……」


『だからじゃ。知られておらんことで、優位に立つ場面が多々ある』

『誰もペルカディアが昔の宰相だとは思わんじゃろ?』


「……それは、まあ……」


 アンナは、目の前の鳥を見る。

 笑うようにカタカタカタカタと嘴を鳴らす。


 どう見てもただのペルカディアだった。


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