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幼稚園戦争  作者: あぐり りょう


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ベラドンナ・グランディオーサ

「みんな、そーっとだよ?」

 ヨハネがガルパン舎の扉を開けた。


 ヒヨコ組は、両手を器のようにして餌のククナを持ったまま中へ入る。


「はい。手をひらいて」


 ジョアンナ先生に言われ、ヤンもそっと両手を差し出した。


「ゴッ」

 一羽が近づいてくる。


 つん。

 つんつん。


「おお……」


 粒状のククナが減っていく。


 隣ではマリーが、

「くすぐったい!」

 と笑っていた。


 ユーリのところにも二羽が集まっている。


「いっぱいくる!」


「クルルル」

「ゴッゴッ」


 さっきまでの戦いが嘘のようだった。

 ガルパンたちはククナを食べる。


 ヒヨコ組は餌をやる。


 それだけだった。


 少し離れたところで、卵を抱く一羽のガルパンが子どもたちの様子を窺っている。


 ヨハネが少し近づき、食べやすい場所にククナを置いた。


「大丈夫。ラルのヒナたちは無事に生まれるよ。チニ」


 さらに少し離れたところで。


「…………」


 レオンだけが、ガルパンを見ていた。

 一羽の雄も、レオンを見た。


「ゴッ」

「…………」


 何も起こらなかった。


 次の部屋に続く扉の前にスミレ組の女児たちが集まる。

 その中で、ミレーヌは特別きらきらしていた。

 ブラウスの襟には、花みたいなフリルが何重にも重なって、肩までふわふわ落ちている。

 ピンク色の髪は、頭の左右で丸く結われていた。

 しかも、そのお団子がハート型だ。


(うわ……かわいい)

 ヤンは、ちょっと見惚れた。

 そして、気づいた。


(…………ピンク髪?)


 ハートのお団子。

 ピンクの髪。

 やたらとかわいい服。

 周りが彼女を自然と引き立てる配置……。


(乙女ゲームの主人公じゃねえか)

 ヤンは、そっと一歩下がった。


 関わるまい。


 攻略対象でもないのに、そんなものへ近づいて碌なことになる気がしない。


「ヒヨコ組のおんなのこたち、ちょっときて!」

「はーい」


 ククナをガルパンに渡し終えたヒヨコ組の女児たちが、煌びやかな集団に溶け込んでいく。


「いい? 中にいるパヴォナのポポちゃんは……。かなり、しつれいなことを言ってくるの……」


「でもね、ポポちゃんは、それを悪いこと言ったっておもってないの」

「だから、言われたことは、きちょうな、いけんとして――ほめられたことだけおぼえて、イヤなお話はわすれてね!」


 マリーは、両手で制服のスカートを握り込む。

 一度、何かを考えるように俯く。

 それから顔を上げ、首を傾げながらスミレ組のお姉さんに尋ねる。


「わるくち?」


「ちょっと、ちがうかな?」

 ミレーヌも首を傾げながら、マリーと目を合わせて答えた。

「ポポちゃんのかんそう、かな?」

「かんそう?」

「すごく、しょうじきな……」

 ミレーヌは一度言葉を切り、マリーに微笑んでから聞く。


「ねえ、わたしの今日のお洋服、好き?」

「うん、おはながさいてるおようふくみたい!」

「ポポちゃんも……おなじ事言ってくれるかなぁ……」

「え?」


「よし、扉を開けるよ!」


 ミレーヌが取っ手を掴み、大きく扉を開いた。

 

「…………」


 部屋の奥から、視線を感じた。


 しかし、姿は見えない。

 ヤンは扉の横に貼ってあるネームプレートを見る。


 『パヴォナ ポポ(雄)』


「パヴォナってどんなの?」


 ヤンは思わず呟いた。


「うーん……ちょっと大きな、とり?」


 ユリウスでんかが、いつの間にか隣りに並んで立っていた。


「おしろのお庭にたまにいるよ! ヤンくん、見にくる?」


「いえ、おことわり、します」


 ヤンは即答した。


(絶対に行かない)


「そうなの? お母さまがね、こんど、おともだちをおしろにつれてきなさいって言ってた! だからね、ヤンくんはぜったい! ぼくの『こころのとも』でしょ? 昨日お父さまが言ってた! ヤンくんはこころのともで、しんゆうって言うのになるんだって!」


「…………ヘェ」

 ヤンの目は光を失った。


「クァ」

 部屋の奥で、何かが鳴いた。

 ヤンとユリウスは、同時にそちらを見る。


『ちょっとォ!! アナタァ!! 何回言えばいいの!? “ポポちゃん”なんて平凡な名前で呼ばないでちょうだいィ!!』


『アタシの名前はベラドンナ! ベラドンナ・グランディオーサよォ!!』


 声は聞こえる。

 だが、姿はない。


「ポ! ポ! ちゃん!! あーそーぼー!!」


「…………」


「ポ! ポ! ちゃん!! あーそーぼー!!」


「ポ! ポ! ちゃん!! あーそーぼー!!」


「……ッス! ポ!! ポ!!」


「クァッ!」

『うるさいわねぇ!! 聞こえてるわよ!!』


『それに! アタシの名前はベラドンナ! ベラドンナ・グランディオーサ!! いい加減覚えなさいな!!』


「ベ!! ラ!! ちゃん!! あーそーぼー!!」


『いーやーよォー!!』


 複数の女児と、一羽のパヴォナが大声で怒鳴り合う。


「べーラードーンーナちゃーん!!」


『もう! 何度もしつこいのよォ!! 今はそんな気になれないのォ!!』


『か弱いクィーンのアタシが、もう少しで犬っコロに喰われるところだったんだから!!』


『園長先生が庇ってくださったから助かったものの、アタシ、死にかけたのよォ!?』


 一拍。


『……それに』


 声の調子が、少しだけ落ちた。


『自慢だった尾羽が……』


 しん、と静かになる。


『だから今、ひとに会う気分じゃないのよ。分かったら帰ってちょうだい!』


「私、新しい服着てきたのよ? 気にならない?」


『…………』


 沈黙。


 そして。

 いつの間に出てきたのか。

 そこにいたのは、ヤンの膝くらいまである大きな鳥だった。


(……孔雀?)


 前世で見た孔雀によく似ている。

 色鮮やかな羽を、ほんの少しだけ広げていた。

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