ガルパン戦役④ 一人の英雄
決死隊という物騒な部隊の名を残し、上級生男児たちはミミルの隣りの部屋、ガルパン舎へ突撃していった。
「うりゃーーー!!」
バタン、と扉が閉まる。
『どりゃーーー!!』
『オーホッホッホ!!』
「ゴルァアアーーー!!」
…………。
閉ざされた扉の向こうから、何かが倒れる音がした。
「ぎゃああああ!!」
『逃がしませんわよ!!』
バサバサバサバサッ!!
「右から来るぞ!!」
「押し返せーーー!!」
『オーホッホッホッホ!!』
…………。
ヤンは扉を見つめた。
(何やってんの?)
やがて。
ガチャリ。
扉がほんの少しだけ開いた。
銀髪の男児が、可能な限り気配を薄くした状態でミミル舎へ戻ってきた。
手には籠を持っている。
中には卵が七個。
ルシアンは籠をそっと床へ置いた。
「…………」
「…………」
何も言わない。
そして、再び扉を開ける。
『どりゃあああーーー!!』
「うわあああ!!」
バタン。
重い扉の閉まる音とともに、ルシアンは戻っていった。
(…………)
ヤンは籠を見る。
七個。
もう一度、扉を見る。
(卵、全部あるんだよね?)
なのに戦いは終わらないらしい。
暫くドタバタと音が続いた。
やがて。
静かになった。
ガチャリ、と扉が開く。
そこには、いつものキラキラした上級生たちはいなかった。
ただの敗残兵がいた。
いつものパリッとした制服は、土とガルパンの足跡でドロドロになっている。
特に背中側には、いくつもの足跡が集中していた。
美しく整えられていた髪もボサボサだ。
目元と鼻の頭は赤い。
まろびのある頬は土に汚れ、その上には幾筋もの水跡が残っている。
袖口も泥だらけ。
いつもの王子然とした姿は、見る影もなかった。
(……あちゃー)
ヤンは、そっと目を逸らした。
何があったのかは知らない。
知らないが……。
たぶん、聞かない方がいい。
その時だった。
敗残兵の中から、アルベルトが一歩前へ出た。
泥に汚れた制服を正す。
そして。
ヒヨコ組を見渡した。
アルベルトは拳を握る。
「我々は、一人の英雄を失った!」
「しかし、これは敗北を意味するのか!?」
「否!始まりなのだ!」
ヒヨコ組の面々が見上げる。
ヤンだけは、妙な既視感を覚えた。
(……どこかで聞いたような)
「我がスミレ組が、圧倒的な戦力を誇るガルパンを相手に、今日まで闘い抜いてこられたのは何故か!?」
アルベルトが拳を握る。
「諸君!! 我がスミレ組の戦いの目的が正義だからだ!」
「我々は年少、年中を経て、年長組にさせられた!」
(なったんだよ)
ヤンは内心苦笑する。
「オルディス幼稚舎に通う我々がガルパンに卵を要求し、これまで何度、ガルパンに踏みにじられたか!」
敗残兵たちが俯く。
思い当たることは、多いらしい。
「蹴られた者がいる! 突かれた者がいる! 追われ、転び、泣いた者もいる!」
「それでも我々は立ち上がった!」
「オルディス幼稚舎の掲げる、『園児、一人ひとりの自由の為の戦い』を、神が見捨てるわけはない!」
アルベルトが振り返った。
その視線の先。
泥だらけの金髪の男児が立っている。
「……私の親友、諸君らが愛してくれたレオン・フォン・エルグランドは死んだ!」
レオンは何も言わなかった。
目と鼻を赤くしたまま、虚空を見つめている。
(…………)
ヤンも見た。
(生きてるよね?)
「何故だ!!」
(知らん)
「ガルパンとの戦いは、今は小康状態にある!」
「諸君らはこの戦争を、対岸の火と見過ごしているのではないか!?」
「レオンは諸君らの甘い考えを自覚させる為に死んだ!」
「諸君の父も、兄も、スズラン組も、リンドウ組も、そのガルパンの無思慮な抵抗の前に死んでいったのだ!」
(死んでないよね?)
敗残兵たちが、静かに拳を握る。
「この悲しみも、怒りも、忘れてはならない!」
「それをレオンは、死を以て我々に示してくれた!」
「我々は、この思いを結集し! 今日得た七個の卵を無駄にすることなく! 初めて真の勝利を得る事が出来る!」
「この勝利こそ、過去の戦死者全てへの最大の慰めとなる!」
「園児たちよ!」
「立てよ、園児たちよ!!」
「おおーー!!」
「我らオルディス幼稚舎園児こそ、選ばれた民である事を忘れないで欲しいのだ!」
「オルディス神の厳しき選抜を潜りたる我らこそ……」
アルベルトは拳を高く掲げた。
「いや、諸君ら! 英知を持った園児による園児の世界こそ、真のオルディス幼稚舎のあるべき姿と知るからこそ、叫ぶことができる!」
「オルディス幼稚舎に栄光あれ、と!」
(なんなんだ? コレは……)
ヤンは上級生による過激な演説を前にポカンと口を開ける。
誰かが拳を上げた。
すると、隣の子も拳を上げる。
「おおーー!! オルディス!!」
「立てよ! ヒヨコ組よ!」
ヒヨコ組は煽られた聴衆になった。
「オルディス!! オルディス!!」
アルベルトがガルパン舎を指す。
「今こそ、我等の総意を持ってガルパンの餌をやる刻である!」
「おおおおーーー!!」
「餌を持て!!」
「おおおおおーーー!!」
「ガルパンに、ごはんを与えるのだ!!」
「おおおおおおおおーーー!!」
「ごはんー!!」
「ぼくもー!」
「わたしもやるー!」
ヒヨコ組が一斉に沸き立った。
ヤンも、いつの間にか拳を上げていた。
「おー!」
なんだろう。
ただの餌やりだったはずなのに。
今から世界の命運を賭けた最終決戦に向かうような気がする。




