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幼稚園戦争  作者: あぐり りょう


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24/33

ガルパン戦役③

「……うっ」


 レオンは地面に押さえつけられたまま、かすかに呻いた。


『見たか、金色!』

『俺たちの方が強いぞ!』


 三羽の声が、頭上から降ってくる。


 背中を踏まれ、土に押しつけられた身体が痛む。

 息を吸うたび、胸の奥が潰れたように苦しい。


 だが、それ以上に耐え難いのは、目の前で勝ち誇られていることだった。


 レオンは両手を地面につき、立ち上がろうとした。

 腕に力を込める。

 指先が土を掻き、爪の間に砂が食い込む。

 肩が震え、背中に踏み込まれた重みがさらに増した。


 それでも、身体は動かなかった。


『俺たちの方が強いぞ!』


 その言葉が、何度も胸を抉る。


 卵は奪われていない。

 任務はまだ失敗していない。

 自分は最後まで立ち向かった。


 レオンは、胸の中で何度もそう言い聞かせた。


 なのに、現実の身体は地面に押しつけられている。

 目の前では勝ち誇った羽が揺れている。


 理屈を並べるほど、胸の奥に別の感情が膨らんでいった。


 悔しい。

 腹立たしい。

 認めたくない。


「……ち、が……」


 否定しようとした声は、喉の奥で潰れた。


 違う。

 自分は弱くない。

 負けたわけじゃない。


 そう言い聞かせるたび、胸の奥がひどく締めつけられた。

 視界の端が熱くなり、滲んだ景色が揺れる。


 レオンは顔を伏せ、袖で目元を乱暴に拭った。


 泣くな。

 泣いたら、本当に負けたみたいになる。


 まだ耐えられる。

 アルベルトたちが来るまで、声を出さなければいい。

 立ち上がれなくても、泣かなければ、まだ意地を守れる。


 唇を噛みしめる。

 歯が食い込むほど強く噛んでも、喉の奥から震えが漏れた。


「……っ、う……」


 息を止めようとする。

 声を押し込めようとする。


 だが、うまくいかない。


 肩が小刻みに揺れ、呼吸が浅く途切れる。

 鼻の奥が痛み、目の奥から次々に涙が押し出されてくる。


 レオンは片手で地面を掴み、もう片方の腕で顔を隠した。


 泣くな。

 まだ泣くな。

 アルベルトたちが来るまで、せめて耐えろ。


 そう思うのに、三羽の笑い声が耳に入るたび、押し込めていた悔しさが内側から膨らんでいく。


 自分は負けていない。

 そう言い張るためには、泣いてはいけない。


 けれど、泣かないために力を込めるほど、身体の震えは大きくなった。


『もう一回やるか!』


 三羽が、さらに胸を張った。


 その声を聞いた瞬間、レオンの中で何かが軋んだ。


 まだだ。

 まだ耐えろ。


 そう思った。


 だが、次の瞬間には、押し殺していた嗚咽が喉を突き破っていた。


 レオンの背中が大きく跳ねる。

 息と一緒に声が溢れ出した。


「うわぁぁぁぁぁぁん!!」


「レオン!」

 アルベルトたちが駆け寄る。


「痛い!? どこを踏まれた!?」

「ちがう!」


 レオンは拳で地面を叩いた。


「悔しいぃぃぃ!!」


 土が跳ねる。

 拳に痛みが走っても、もう止められなかった。

 肩は激しく上下し、息はしゃくり上げるたびに途切れる。

 涙で顔を濡らしながら、レオンは三羽を睨みつけた。


 土で汚れた制服。

 目は赤く腫れている。

 頬は涙で濡れている。

 声は震え、身体もまだ小刻みに揺れている。

 

 それでも、視線だけは逸らさなかった。


 泣いてしまった。

 声も上げてしまった。


 それでも、負けたとは認めない。


 その最後の意地だけを、レオンは必死に握りしめていた。


 少し離れたところで、カイルが頷く。


「……わかる」


 昨日、彼も踊られた。

 その向こうでは、三羽が得意げに胸を膨らませている。


『泣いたぞ!』

『金色が泣いた!』

『もう一回やるか!』


「う゛る゛さ゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!」


 レオンは叫び返した。

 だが、怒鳴った直後にまた喉が詰まり、声が嗚咽に崩れる。拳を握りしめても、涙は止まらない。


 それでも、レオンは顔を上げた。


 泣いている。

 悔しくてたまらない。

 身体も震えている。


 だが、自分はまだ立ち向かっている。

 そう思い込むことで、かろうじて崩れずにいた。


 レオンの泣き声が、動物舎に響き渡った。


「レオン、立てる?」

 アルベルトが手を差し出す。


「立てる!」

 レオンはその手を掴んだ。


 立ち上がろうとした瞬間、膝が折れる。

 汚れた膝に再び土がつく。

 全身から力が抜け、アルベルトに支えられた。


「た、立てる……!」


 歯を食いしばり、震える足に力を込め直す。

 今度は、ふらつきながらも立ち上がった。


 制服は土まみれで、髪は乱れ、頬には涙の跡が残っている。

 呼吸はまだ不規則で、時折しゃくり上げてしまう。


 それでもレオンは、三羽から目を離さなかった。

 ここで目を逸らしたら、本当に負けた気がした。


「撤退するよ」

 返事はない。


 レオンは唇を結び、涙を拭った。

 だが、目元はすぐに濡れ直した。

 拭う指先まで震えている。


『いくぞ!』

『おう!』

『金色に見せてやれ!』


 三羽が並ぶ。

 胸を張り、羽を広げる。


「…………」


 レオンの口元が歪んだ。


 泣き止もうとしているのに、喉の奥がひくつく。

 鼻をすすり、何度も息を整えようとするが、三羽の姿を見るたびに胸の奥がまた熱くなる。


 それでも、レオンは目を逸らさなかった。


 自分は泣いた。

 だが、まだ負けを認めてはいない。

 そう言い聞かせるように、拳を握りしめる。


「レオン」

 アルベルトが肩を掴む。


「帰るよ」

「でも……!」

 レオンは涙に濡れた顔を向けた。


「卵はもう、ルシアンとトーマスが持っていった」

「…………」

「七個、全部取った。僕たちの仕事は終わりだよ」


 レオンは何か言い返そうとした。


 自分はまだ戦える。

 まだ負けていない。

 あいつらに勝ったと言わせたくない。


 そう言いたかった。

 だが、喉が震えるだけで声にならない。


 任務は成功した。

 卵も確保できた。


 それなのに、胸の奥に残っているのは、勝利の感覚ではなかった。


 やがて、かすれた声で尋ねる。


「……勝った?」


 アルベルトは答えを探した。

「作戦は成功した」


「……勝ったの?」

「…………」


 その沈黙が、答えの代わりになった。


 レオンの指が、アルベルトの服をぎゅっと掴む。

 胸の奥がまた沈み、さっきまで抑えていた嗚咽が、細く喉を擦った。


 作戦は成功した。

 けれど、自分はこの場で倒された。


 その二つが、どうしても一つにならない。


 直後、背後で羽音が弾ける。

 ばさばさばさっ!


『見ろ!』

『俺たちの勝ちだ!』

『金色を倒したぞ!』


 レオンの喉から、押し殺した嗚咽が漏れた。


 戻って、もう一度戦いたい。

 今度こそ立っていたい。


 だが、肩を掴まれていて動けない。


 その事実が、敗北をさらに鮮明にした。


 自分はもう、帰るしかない。

 卵は確保した。

 任務は終わった。


 それなのに、あいつらはここに残って、自分を負かしたと笑っている。


 レオンは拳を握りしめた。


 泣くな。

 振り返るな。

 このまま帰ればいい。


 そうすれば、少なくとも最後の意地だけは守れる。


「見るな、レオン」

 カイルが真顔で言う。


「なんで……!」

「もっと悔しくなるから」


 経験者の言葉だった。


「撤退!」

 アルベルトの号令で、スミレ組が出口へ向かう。


 レオンも歩き出した。

 一歩。

 二歩。


 足を動かすたび、膝がまだ震えている。

 涙を拭っても、頬はすぐに濡れた。

 背後から聞こえる羽音が、そのたびに胸の奥を引っ掻いた。


 ばさばさ。

『強いぞ!』


 ばさばさ。

『俺たちは強いぞ!』


 レオンは歩き続けようとした。


 聞こえないふりをしろ。

 振り返るな。

 任務は成功した。

 自分は負けていない。

 公爵家の嫡男として、気高く振る舞え。


 そう繰り返す。


 だが、足音よりも羽音の方が大きく聞こえた。


 ばさばさ。


 そのたびに、背中を踏まれた感触が蘇る。

 土の冷たさが蘇る。

 動けなかった身体と、頭上から降ってきた笑い声が蘇る。


 レオンの足が止まった。


「見るなって!」

 カイルが叫ぶ。


 だが、遅かった。

 レオンは振り返った。


 三羽が胸を張り、羽を広げ、身体を揺らしている。

 勝利を誇示するその姿を、レオンは泣き腫らした目で見つめた。


 あまりにも腹立たしく、あまりにも悔しく、あまりにも子どもじみた勝ち誇り方だった。


 卵は奪われていない。

 自分たちの任務は成功した。


 だから、泣く必要なんてない。

 そう思おうとした。


 だが、三羽はさらに身体を揺らした。


『俺たちの勝ちだ!』

『金色を倒したぞ!』


 その声が、最後に残っていた意地を直接踏みつけた。


 レオンの唇が震える。

 息を吸おうとしたが、喉が詰まった。

 胸が大きく上下し、目の奥が再び熱くなる。


 もう一度、泣くなと自分に言い聞かせようとした。

 だが、今度はその言葉すら浮かばなかった。


 悔しい。

 負けたくない。

 認めたくない。


 それでも、もう耐えられない。

 最後に残っていた意地まで、そこで崩れた。


「う゛わ゛ぁぁぁぁぁぁん!!」


 レオンは顔を歪め、両手で目元を覆った。

 肩を震わせ、身体を折り曲げるようにして泣き崩れる。


「だから言っただろ!」


 その日。

 スミレ組は、七個の卵をすべて確保した。

 作戦目的は達成された。

 それでも、誰一人として、自分たちが勝ったとは思えなかった。

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