ガルパン戦役③
「……うっ」
レオンは地面に押さえつけられたまま、かすかに呻いた。
『見たか、金色!』
『俺たちの方が強いぞ!』
三羽の声が、頭上から降ってくる。
背中を踏まれ、土に押しつけられた身体が痛む。
息を吸うたび、胸の奥が潰れたように苦しい。
だが、それ以上に耐え難いのは、目の前で勝ち誇られていることだった。
レオンは両手を地面につき、立ち上がろうとした。
腕に力を込める。
指先が土を掻き、爪の間に砂が食い込む。
肩が震え、背中に踏み込まれた重みがさらに増した。
それでも、身体は動かなかった。
『俺たちの方が強いぞ!』
その言葉が、何度も胸を抉る。
卵は奪われていない。
任務はまだ失敗していない。
自分は最後まで立ち向かった。
レオンは、胸の中で何度もそう言い聞かせた。
なのに、現実の身体は地面に押しつけられている。
目の前では勝ち誇った羽が揺れている。
理屈を並べるほど、胸の奥に別の感情が膨らんでいった。
悔しい。
腹立たしい。
認めたくない。
「……ち、が……」
否定しようとした声は、喉の奥で潰れた。
違う。
自分は弱くない。
負けたわけじゃない。
そう言い聞かせるたび、胸の奥がひどく締めつけられた。
視界の端が熱くなり、滲んだ景色が揺れる。
レオンは顔を伏せ、袖で目元を乱暴に拭った。
泣くな。
泣いたら、本当に負けたみたいになる。
まだ耐えられる。
アルベルトたちが来るまで、声を出さなければいい。
立ち上がれなくても、泣かなければ、まだ意地を守れる。
唇を噛みしめる。
歯が食い込むほど強く噛んでも、喉の奥から震えが漏れた。
「……っ、う……」
息を止めようとする。
声を押し込めようとする。
だが、うまくいかない。
肩が小刻みに揺れ、呼吸が浅く途切れる。
鼻の奥が痛み、目の奥から次々に涙が押し出されてくる。
レオンは片手で地面を掴み、もう片方の腕で顔を隠した。
泣くな。
まだ泣くな。
アルベルトたちが来るまで、せめて耐えろ。
そう思うのに、三羽の笑い声が耳に入るたび、押し込めていた悔しさが内側から膨らんでいく。
自分は負けていない。
そう言い張るためには、泣いてはいけない。
けれど、泣かないために力を込めるほど、身体の震えは大きくなった。
『もう一回やるか!』
三羽が、さらに胸を張った。
その声を聞いた瞬間、レオンの中で何かが軋んだ。
まだだ。
まだ耐えろ。
そう思った。
だが、次の瞬間には、押し殺していた嗚咽が喉を突き破っていた。
レオンの背中が大きく跳ねる。
息と一緒に声が溢れ出した。
「うわぁぁぁぁぁぁん!!」
「レオン!」
アルベルトたちが駆け寄る。
「痛い!? どこを踏まれた!?」
「ちがう!」
レオンは拳で地面を叩いた。
「悔しいぃぃぃ!!」
土が跳ねる。
拳に痛みが走っても、もう止められなかった。
肩は激しく上下し、息はしゃくり上げるたびに途切れる。
涙で顔を濡らしながら、レオンは三羽を睨みつけた。
土で汚れた制服。
目は赤く腫れている。
頬は涙で濡れている。
声は震え、身体もまだ小刻みに揺れている。
それでも、視線だけは逸らさなかった。
泣いてしまった。
声も上げてしまった。
それでも、負けたとは認めない。
その最後の意地だけを、レオンは必死に握りしめていた。
少し離れたところで、カイルが頷く。
「……わかる」
昨日、彼も踊られた。
その向こうでは、三羽が得意げに胸を膨らませている。
『泣いたぞ!』
『金色が泣いた!』
『もう一回やるか!』
「う゛る゛さ゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!」
レオンは叫び返した。
だが、怒鳴った直後にまた喉が詰まり、声が嗚咽に崩れる。拳を握りしめても、涙は止まらない。
それでも、レオンは顔を上げた。
泣いている。
悔しくてたまらない。
身体も震えている。
だが、自分はまだ立ち向かっている。
そう思い込むことで、かろうじて崩れずにいた。
レオンの泣き声が、動物舎に響き渡った。
「レオン、立てる?」
アルベルトが手を差し出す。
「立てる!」
レオンはその手を掴んだ。
立ち上がろうとした瞬間、膝が折れる。
汚れた膝に再び土がつく。
全身から力が抜け、アルベルトに支えられた。
「た、立てる……!」
歯を食いしばり、震える足に力を込め直す。
今度は、ふらつきながらも立ち上がった。
制服は土まみれで、髪は乱れ、頬には涙の跡が残っている。
呼吸はまだ不規則で、時折しゃくり上げてしまう。
それでもレオンは、三羽から目を離さなかった。
ここで目を逸らしたら、本当に負けた気がした。
「撤退するよ」
返事はない。
レオンは唇を結び、涙を拭った。
だが、目元はすぐに濡れ直した。
拭う指先まで震えている。
『いくぞ!』
『おう!』
『金色に見せてやれ!』
三羽が並ぶ。
胸を張り、羽を広げる。
「…………」
レオンの口元が歪んだ。
泣き止もうとしているのに、喉の奥がひくつく。
鼻をすすり、何度も息を整えようとするが、三羽の姿を見るたびに胸の奥がまた熱くなる。
それでも、レオンは目を逸らさなかった。
自分は泣いた。
だが、まだ負けを認めてはいない。
そう言い聞かせるように、拳を握りしめる。
「レオン」
アルベルトが肩を掴む。
「帰るよ」
「でも……!」
レオンは涙に濡れた顔を向けた。
「卵はもう、ルシアンとトーマスが持っていった」
「…………」
「七個、全部取った。僕たちの仕事は終わりだよ」
レオンは何か言い返そうとした。
自分はまだ戦える。
まだ負けていない。
あいつらに勝ったと言わせたくない。
そう言いたかった。
だが、喉が震えるだけで声にならない。
任務は成功した。
卵も確保できた。
それなのに、胸の奥に残っているのは、勝利の感覚ではなかった。
やがて、かすれた声で尋ねる。
「……勝った?」
アルベルトは答えを探した。
「作戦は成功した」
「……勝ったの?」
「…………」
その沈黙が、答えの代わりになった。
レオンの指が、アルベルトの服をぎゅっと掴む。
胸の奥がまた沈み、さっきまで抑えていた嗚咽が、細く喉を擦った。
作戦は成功した。
けれど、自分はこの場で倒された。
その二つが、どうしても一つにならない。
直後、背後で羽音が弾ける。
ばさばさばさっ!
『見ろ!』
『俺たちの勝ちだ!』
『金色を倒したぞ!』
レオンの喉から、押し殺した嗚咽が漏れた。
戻って、もう一度戦いたい。
今度こそ立っていたい。
だが、肩を掴まれていて動けない。
その事実が、敗北をさらに鮮明にした。
自分はもう、帰るしかない。
卵は確保した。
任務は終わった。
それなのに、あいつらはここに残って、自分を負かしたと笑っている。
レオンは拳を握りしめた。
泣くな。
振り返るな。
このまま帰ればいい。
そうすれば、少なくとも最後の意地だけは守れる。
「見るな、レオン」
カイルが真顔で言う。
「なんで……!」
「もっと悔しくなるから」
経験者の言葉だった。
「撤退!」
アルベルトの号令で、スミレ組が出口へ向かう。
レオンも歩き出した。
一歩。
二歩。
足を動かすたび、膝がまだ震えている。
涙を拭っても、頬はすぐに濡れた。
背後から聞こえる羽音が、そのたびに胸の奥を引っ掻いた。
ばさばさ。
『強いぞ!』
ばさばさ。
『俺たちは強いぞ!』
レオンは歩き続けようとした。
聞こえないふりをしろ。
振り返るな。
任務は成功した。
自分は負けていない。
公爵家の嫡男として、気高く振る舞え。
そう繰り返す。
だが、足音よりも羽音の方が大きく聞こえた。
ばさばさ。
そのたびに、背中を踏まれた感触が蘇る。
土の冷たさが蘇る。
動けなかった身体と、頭上から降ってきた笑い声が蘇る。
レオンの足が止まった。
「見るなって!」
カイルが叫ぶ。
だが、遅かった。
レオンは振り返った。
三羽が胸を張り、羽を広げ、身体を揺らしている。
勝利を誇示するその姿を、レオンは泣き腫らした目で見つめた。
あまりにも腹立たしく、あまりにも悔しく、あまりにも子どもじみた勝ち誇り方だった。
卵は奪われていない。
自分たちの任務は成功した。
だから、泣く必要なんてない。
そう思おうとした。
だが、三羽はさらに身体を揺らした。
『俺たちの勝ちだ!』
『金色を倒したぞ!』
その声が、最後に残っていた意地を直接踏みつけた。
レオンの唇が震える。
息を吸おうとしたが、喉が詰まった。
胸が大きく上下し、目の奥が再び熱くなる。
もう一度、泣くなと自分に言い聞かせようとした。
だが、今度はその言葉すら浮かばなかった。
悔しい。
負けたくない。
認めたくない。
それでも、もう耐えられない。
最後に残っていた意地まで、そこで崩れた。
「う゛わ゛ぁぁぁぁぁぁん!!」
レオンは顔を歪め、両手で目元を覆った。
肩を震わせ、身体を折り曲げるようにして泣き崩れる。
「だから言っただろ!」
その日。
スミレ組は、七個の卵をすべて確保した。
作戦目的は達成された。
それでも、誰一人として、自分たちが勝ったとは思えなかった。




