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幼稚園戦争  作者: あぐり りょう


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23/33

ガルパン戦役②

 レオンの背中が見える。


 しゃがみ込んだレオンは、ガルパンたちの様子を窺いながら、巣箱へそっと手を伸ばした。


 一個。

 籠へ入れる。


 二個。

 三個。


 誰も声を出さない。


 アーロンとカイルは、熊手を構えたまま左右に分かれている。

 二人の前では、引きつけられたガルパンたちが、


「ゴルルゥゥ」

 と低い声を上げながら、行ったり来たりを繰り返していた。


 四個。

 五個。


 レオンの手が止まった。

 奥を見る。


 もう一度、手を伸ばす。

 六個。


「あと、ひとつ」

 小さな声が聞こえた。


 アルベルトは周囲を見回した。


 大丈夫。

 まだ、こちらを見ている。


「ゴゲェェ……」


 七個目。

 レオンが卵を持ち上げた。

 籠へ入れる。


「とった!」

「レオン、戻って!」


 アルベルトが声を上げる。

 レオンが立ち上がった。


 その時だった。


「ガッ」


 一羽のガルパンが動きを止めた。


「ガガッ」

 もう一羽。


 アーロンの前にいたガルパンが、首を伸ばした。


「……アルベルト」

 カイルが呟く。


 左右に散っていたガルパンたちが、次々と動きを止めていく。


 そして。

 一斉に同じ方向を見た。


 籠を抱えた、レオンを見つめている。


「レオン! 走って!」

「うん!」


 レオンが駆け出す。


「みんな、撤退!」


 その声と同時に。

「ゴッゲゴルゥォオオオ!!」


 動物舎に、大音量の鳴き声が響いた。

 ガルパンたちが走り出した。


『取ったぞ!』

『卵だ!』

『追え!』


 地面を蹴る音が一斉に近づいてくる。


「アーロン、カイル! そのまま下がって!」

「わかった!」


 二人は熊手を前へ向けたまま、少しずつ後退する。


『熊手だ!』

『昨日のもいるぞ!』

『あいつ嫌いだ!』


「ゴゲェッ!」

「うわっ!」


 熊手へ嘴がぶつかった。

 アーロンが両手で柄を握り締める。


「押すなよ!」

『どけ!』

「そっちがどけよ!」

「アーロン! 喧嘩しない!」

「むこうがしてる!」


 ガルパンを傷つけてはいけない。


 熊手で叩くのは禁止。

 突くのも駄目。


 二人にできるのは、熊手を盾のように構えて進路を塞ぐことだけだった。


「カイル、左!」

「いる!」


 横から抜けようとした一羽へ、カイルが熊手を差し出す。


『邪魔だ!』

「ゴゲェェッ!」

「うるさい!」


 その間を、レオンが走り抜ける。

 籠の中で七個の卵が揺れた。


「レオン、走りすぎないで!」

「でも、くる!」

「卵を割らないで!」

「じゃあ、どうするの!?」

「はやく、ゆっくり!」

「むりだよ!」


 レオンの左右に、ルシアンとトーマスがついた。


「籠、もつ?」

「まだ、だいじょうぶ!」


 出口までは遠くない。

 アルベルトは走りながら後ろを確認した。


 全員いる。

 熊手を持つ二人も、少しずつ下がっている。

 これなら戻れる。


「そのまま! 出口まで――」

「……あ」


 カイルの声がした。

 アルベルトが振り返る。

 カイルは熊手を構えたまま、動物舎の奥を見ていた。


「どうしたの?」

「きた」

「なにが?」

「……あいつら」


 奥から三羽の雄が出てきた。


 一羽。

 その後ろに、一羽。

 さらに、その後ろに一羽。


 三羽は縦に並び、ゆっくりと首を伸ばす。


「ゴッ」

「ゴッ」

「ゴッ」


 カイルの顔が強張った。


「きのうも、いた」

「強いの?」

「……しつこい」


 三羽の視線が動いた。


 熊手を持つカイルでもない。

 アーロンでもない。

 出口へ向かって走る、金色の髪。


 籠を抱えたレオンで止まった。


『金色だ』

『あいつが持ってる』

『取ったやつだ』


 先頭の雄が、低く身体を沈める。


『俺が追う』

 二羽目が首を傾けた。


『右へやれ』

 三羽目が反対へ動く。


『左は俺だ』

「ゴルルルルル……」


「レオン!」

 アルベルトが叫んだ。


「後ろ!」


 レオンが振り返る。


「え?」


 三羽が走り出した。


 速い。


 先頭の一羽が、真っ直ぐレオンの背中を追う。


『行け!』

「ゴゲェェッ!」

「うわっ!」


 嘴が伸びる。

 レオンは咄嗟に右へ避けた。


『右だ!』


 二羽目が、すぐに動いた。

 最初から待っていたかのように、右側から回り込んでくる。


「こっちにもいる!」

「レオン、左!」

「うん!」


 レオンが左へ進路を変えた。


『戻ったぞ!』

『見えてる!』


 三羽目が左から出た。


「えっ!?」

 レオンが足を止める。


 前に一羽。

 右に一羽。

 後ろから、最初の一羽が追いついてくる。


『囲んだ!』

『卵を取れ!』

『金色もやれ!』


 最後の一言だけ、目的が少し変わった。


「レオン! 籠!」

 ルシアンが手を伸ばした。


「これ!」

 レオンは迷わず籠を渡す。

 ルシアンが両腕で抱え込んだ。


「もった!」

「ルシアン、そのまま出口へ! トーマス、一緒に行って!」

「うん!」

「わかった!」


 二人が走り出す。


『卵が行った!』

 一羽がルシアンを見る。


『追うか!?』

 先頭の雄がレオンを見た。


 金色の髪が、すぐそこにある。


『…………』

『金色をやるぞ!』

『おう!』


 卵の奪還は、あっさり放棄された。


「なんで!?」


 レオンが逃げる。

 三羽も追う。


『右へ追え!』

『そっち行った!』

『回れ!』


 一羽が横へ膨らむ。

 レオンはそれを見て反対へ逃げる。

 そこには、もう一羽がいた。


「わっ!」


 慌てて方向を変える。


『戻した!』

『行け!』


「ゴゲェェェッ!!」

「きゃっ!」


 背中へ衝撃がきた。

 レオンの足がもつれる。

 前へ倒れた。


「レオン!」


 地面が迫る。

 レオンは咄嗟に頭を抱えて身体を丸めた。


 そこへ。


『やった!』

 一羽目が駆け抜ける。


「い゛っ!」


 背中を足が踏んだ。


『俺も!』

 二羽目。


「い゛た゛っ!」


『どけどけぇ!』

 三羽目。


「い゛た゛い゛っ!!」


 三羽が、地面に丸まったレオンの上をガスガスと駆け抜けていった。


「う゛ぅ゛……」


 レオンは地面に伏せたまま、顔を上げた。

 三羽が止まっている。

 逃げていくルシアンを追う様子はない。


「……?」


 三羽は互いの顔を見た。


『やったな』

『やった』

『金色をやってやったぜ!』


 三羽の雄が胸を大きく膨らませた。


「……あ」


 少し離れたところで、カイルが嫌そうな顔をした。


 バサッ。

 バサッ。


 三羽が翼を大きく羽ばたかせる。

 胸を張ったまま、横へ三歩。


「ゴッ、ゴッ」


 首を二度、前へ突き出す。

 ダン、ダンッ。

 足で地面を踏み鳴らした。


 そして。

 くるり。

 三羽揃って半回転する。


 ふりっ。

 ふりっ。


 尻を二度振った。


『勝った!』

『金色に勝ったぞ!』

『俺たちの勝ちだ!』


「ゴッゲェェェェ!!」


 三羽は再び胸を膨らませた。

 雄のガルパンが、争いに勝った時に見せる誇示行動。


 胸を大きく見せ。

 翼を広げ。

 足を踏み鳴らし。


 自分の強さを、負けた相手へ見せつける。

 勝利の舞。


 地面に転がされたまま、レオンはそれを見ていた。


「…………」


 痛い。


 背中も痛い。

 踏まれたところも痛い。


 でも。

 それより。


 目の前で三羽が、もう一度尻を振った。


 ふりっ。

 ふりっ。


「……う゛」

『見たか、金色!』

「う゛ぅ゛……」

『俺たちの方が強いぞ!』

「う゛わ゛ぁぁぁぁぁぁん!!」


 遂にレオンが泣いた。

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