ガルパン戦役②
レオンの背中が見える。
しゃがみ込んだレオンは、ガルパンたちの様子を窺いながら、巣箱へそっと手を伸ばした。
一個。
籠へ入れる。
二個。
三個。
誰も声を出さない。
アーロンとカイルは、熊手を構えたまま左右に分かれている。
二人の前では、引きつけられたガルパンたちが、
「ゴルルゥゥ」
と低い声を上げながら、行ったり来たりを繰り返していた。
四個。
五個。
レオンの手が止まった。
奥を見る。
もう一度、手を伸ばす。
六個。
「あと、ひとつ」
小さな声が聞こえた。
アルベルトは周囲を見回した。
大丈夫。
まだ、こちらを見ている。
「ゴゲェェ……」
七個目。
レオンが卵を持ち上げた。
籠へ入れる。
「とった!」
「レオン、戻って!」
アルベルトが声を上げる。
レオンが立ち上がった。
その時だった。
「ガッ」
一羽のガルパンが動きを止めた。
「ガガッ」
もう一羽。
アーロンの前にいたガルパンが、首を伸ばした。
「……アルベルト」
カイルが呟く。
左右に散っていたガルパンたちが、次々と動きを止めていく。
そして。
一斉に同じ方向を見た。
籠を抱えた、レオンを見つめている。
「レオン! 走って!」
「うん!」
レオンが駆け出す。
「みんな、撤退!」
その声と同時に。
「ゴッゲゴルゥォオオオ!!」
動物舎に、大音量の鳴き声が響いた。
ガルパンたちが走り出した。
『取ったぞ!』
『卵だ!』
『追え!』
地面を蹴る音が一斉に近づいてくる。
「アーロン、カイル! そのまま下がって!」
「わかった!」
二人は熊手を前へ向けたまま、少しずつ後退する。
『熊手だ!』
『昨日のもいるぞ!』
『あいつ嫌いだ!』
「ゴゲェッ!」
「うわっ!」
熊手へ嘴がぶつかった。
アーロンが両手で柄を握り締める。
「押すなよ!」
『どけ!』
「そっちがどけよ!」
「アーロン! 喧嘩しない!」
「むこうがしてる!」
ガルパンを傷つけてはいけない。
熊手で叩くのは禁止。
突くのも駄目。
二人にできるのは、熊手を盾のように構えて進路を塞ぐことだけだった。
「カイル、左!」
「いる!」
横から抜けようとした一羽へ、カイルが熊手を差し出す。
『邪魔だ!』
「ゴゲェェッ!」
「うるさい!」
その間を、レオンが走り抜ける。
籠の中で七個の卵が揺れた。
「レオン、走りすぎないで!」
「でも、くる!」
「卵を割らないで!」
「じゃあ、どうするの!?」
「はやく、ゆっくり!」
「むりだよ!」
レオンの左右に、ルシアンとトーマスがついた。
「籠、もつ?」
「まだ、だいじょうぶ!」
出口までは遠くない。
アルベルトは走りながら後ろを確認した。
全員いる。
熊手を持つ二人も、少しずつ下がっている。
これなら戻れる。
「そのまま! 出口まで――」
「……あ」
カイルの声がした。
アルベルトが振り返る。
カイルは熊手を構えたまま、動物舎の奥を見ていた。
「どうしたの?」
「きた」
「なにが?」
「……あいつら」
奥から三羽の雄が出てきた。
一羽。
その後ろに、一羽。
さらに、その後ろに一羽。
三羽は縦に並び、ゆっくりと首を伸ばす。
「ゴッ」
「ゴッ」
「ゴッ」
カイルの顔が強張った。
「きのうも、いた」
「強いの?」
「……しつこい」
三羽の視線が動いた。
熊手を持つカイルでもない。
アーロンでもない。
出口へ向かって走る、金色の髪。
籠を抱えたレオンで止まった。
『金色だ』
『あいつが持ってる』
『取ったやつだ』
先頭の雄が、低く身体を沈める。
『俺が追う』
二羽目が首を傾けた。
『右へやれ』
三羽目が反対へ動く。
『左は俺だ』
「ゴルルルルル……」
「レオン!」
アルベルトが叫んだ。
「後ろ!」
レオンが振り返る。
「え?」
三羽が走り出した。
速い。
先頭の一羽が、真っ直ぐレオンの背中を追う。
『行け!』
「ゴゲェェッ!」
「うわっ!」
嘴が伸びる。
レオンは咄嗟に右へ避けた。
『右だ!』
二羽目が、すぐに動いた。
最初から待っていたかのように、右側から回り込んでくる。
「こっちにもいる!」
「レオン、左!」
「うん!」
レオンが左へ進路を変えた。
『戻ったぞ!』
『見えてる!』
三羽目が左から出た。
「えっ!?」
レオンが足を止める。
前に一羽。
右に一羽。
後ろから、最初の一羽が追いついてくる。
『囲んだ!』
『卵を取れ!』
『金色もやれ!』
最後の一言だけ、目的が少し変わった。
「レオン! 籠!」
ルシアンが手を伸ばした。
「これ!」
レオンは迷わず籠を渡す。
ルシアンが両腕で抱え込んだ。
「もった!」
「ルシアン、そのまま出口へ! トーマス、一緒に行って!」
「うん!」
「わかった!」
二人が走り出す。
『卵が行った!』
一羽がルシアンを見る。
『追うか!?』
先頭の雄がレオンを見た。
金色の髪が、すぐそこにある。
『…………』
『金色をやるぞ!』
『おう!』
卵の奪還は、あっさり放棄された。
「なんで!?」
レオンが逃げる。
三羽も追う。
『右へ追え!』
『そっち行った!』
『回れ!』
一羽が横へ膨らむ。
レオンはそれを見て反対へ逃げる。
そこには、もう一羽がいた。
「わっ!」
慌てて方向を変える。
『戻した!』
『行け!』
「ゴゲェェェッ!!」
「きゃっ!」
背中へ衝撃がきた。
レオンの足がもつれる。
前へ倒れた。
「レオン!」
地面が迫る。
レオンは咄嗟に頭を抱えて身体を丸めた。
そこへ。
『やった!』
一羽目が駆け抜ける。
「い゛っ!」
背中を足が踏んだ。
『俺も!』
二羽目。
「い゛た゛っ!」
『どけどけぇ!』
三羽目。
「い゛た゛い゛っ!!」
三羽が、地面に丸まったレオンの上をガスガスと駆け抜けていった。
「う゛ぅ゛……」
レオンは地面に伏せたまま、顔を上げた。
三羽が止まっている。
逃げていくルシアンを追う様子はない。
「……?」
三羽は互いの顔を見た。
『やったな』
『やった』
『金色をやってやったぜ!』
三羽の雄が胸を大きく膨らませた。
「……あ」
少し離れたところで、カイルが嫌そうな顔をした。
バサッ。
バサッ。
三羽が翼を大きく羽ばたかせる。
胸を張ったまま、横へ三歩。
「ゴッ、ゴッ」
首を二度、前へ突き出す。
ダン、ダンッ。
足で地面を踏み鳴らした。
そして。
くるり。
三羽揃って半回転する。
ふりっ。
ふりっ。
尻を二度振った。
『勝った!』
『金色に勝ったぞ!』
『俺たちの勝ちだ!』
「ゴッゲェェェェ!!」
三羽は再び胸を膨らませた。
雄のガルパンが、争いに勝った時に見せる誇示行動。
胸を大きく見せ。
翼を広げ。
足を踏み鳴らし。
自分の強さを、負けた相手へ見せつける。
勝利の舞。
地面に転がされたまま、レオンはそれを見ていた。
「…………」
痛い。
背中も痛い。
踏まれたところも痛い。
でも。
それより。
目の前で三羽が、もう一度尻を振った。
ふりっ。
ふりっ。
「……う゛」
『見たか、金色!』
「う゛ぅ゛……」
『俺たちの方が強いぞ!』
「う゛わ゛ぁぁぁぁぁぁん!!」
遂にレオンが泣いた。




