ガルパン戦役①
「ガガガ……ガガガガ」
『あー、諸君。今日の卵は七個だ。雌が抱いている卵には既に魂が入っておるから、触れてはならん。ラグドウルフに害された分を補充せねばいかんからな!』
スミレ組男子たちは頷く。
扉の向こうはコチラの気配を感じ取るように異様な静けさだ。
「では、みんな。扉を開けるまえに作戦行動をもう一度確認するよ?」
アルベルトの言葉に、九人が頷いた。
「熊手は二本。アーロンとカイルが持って。最初は左右にわかれる。できるだけ多く引きつけて」
「どこまで?」
「追ってきても、奥まで行かない。戻れなくなるから」
「わかった」
「おう」
「残りは二人を援護。ガルパンが中央へ戻ろうとしたら、邪魔して。追いかけすぎちゃダメだよ」
アルベルトが床を指でなぞる。
「レオンは戦わない。道が開くまで待つ。開いたら卵まで一直線」
「七個、ぜんぶ?」
「ぜんぶ」
「わかった」
「ルシアンとトーマスは、レオンから離れないで」
「卵は七個。全部取ったら、すぐ戻る。帰りも二人がレオンを守って」
「まかせて」
「レオンが扉を越えたら、作戦成功。そこから全員、順番に戻る」
アルベルトは一人ずつ顔を見た。
「そう。それから――」
アルベルトは、扉を指差した。
「卵を抱いてるガルパンには、ぜったい近づかない」
「はーい!」
「もし、ガルパンが囮に乗らなかったら?」
誰かが尋ねた。
アルベルトは少し考えた。
「そのときは、やりながら考える」
「じゃあ、いくよ」
熊手を持った二人が前へ出る。
その後ろで、園児たちがそれぞれの位置についた。
レオンだけが一歩下がる。
右にルシアン。
左にトーマス。
誰も喋らなくなった。
さっきまで騒がしかった園児たちが、静かになる。
扉の向こうからも、何も聞こえない。
鳴き声ひとつしなかった。
用務員が扉へ手をかける。
静かだった。
あまりにも静かだった。
扉が開く。
陽光が差し込んだ。
その向こう。
十羽のガルパンが、荒んだ顔で待っていた。
三羽の雄を中央に。
七羽の雌が、その左右へ展開している。
偶然ではない。
昨日までとは違う。
「……あいつら」
アルベルトが呟いた。
「まってた」
次の瞬間。
一羽が鳴いた。
「ゴルァアアェェェェ――ッ!!」
十羽が、一斉に動いた。
――作戦開始。
左右へ展開した園児たちに合わせ、七羽の雌も動いた。
左に三羽。
右に四羽。
だが、距離は詰めてこない。
こちらが一歩外へ開けば、向こうも一歩だけ横へずれる。
追撃ではない。
卵を中心に半円を広げ、進路だけを塞いでいる。
中央には三羽の雄。
そこだけは、最初から動いていなかった。
「右、四羽!」
カイルの後ろから報告が飛ぶ。
「左は三羽!」
「雄は!?」
「中央! 三羽とも動いてない!」
アルベルトは左右を見比べた。
予定では、アーロンとカイルが敵を引きつける。
その隙に中央を開け、レオンを通す。
だが、ガルパンは追ってこない。
左右へ広がっても、卵から離れすぎない。
中央の三羽に至っては、扉の前に残るレオンをじっと見ていた。
『金色の髪は?』
『動いてない!』
『両側に二人いるぞ!』
『あれが本命だ。目を離すな!』
「……ばれてる」
昨日までとは違う。
ガルパンも学んでいる。
カイルが熊手の陰から顔を出した。
「やーい!」
『…………』
「昨日、俺から逃げたやつー!」
『逃げてないわよ!!』
一羽が即座に首を伸ばした。
「逃げたじゃん」
『戦略的後退ですわ!!』
「今日も逃げるのかぁ?」
カイルがガルパンに背を向けて尻を振る。
翼が大きく開いた。
バサッ!
『アタクシ、もう我慢なりませんわ!』
『待て! 乗るな!』
止める声は聞こえている。
だが、遅い。
一羽は既に二歩、前へ出ていた。
その動きにつられて、隣の一羽も前へ出る。
「右、二羽動いた!」
報告が飛んだ。
反対側では、アーロンも熊手を左右に振る。
「こっちのガルパン、よわーい!」
『なんだと!?』
今度は左翼がざわめいた。
「昨日もぜんぜん痛くなかった!」
『泣いてたじゃないか!!』
「泣いてない!」
『泣いてた!』
「泣いてませーん! じゃあ、もう一回来てみろ!」
アーロンもガルパンに尻を振ってみせる。
『上等だぁ!!』
『行くな! 挑発だ!』
「こわいの?」
『…………』
「えー! こわいんだぁ!」
『誰が怖いかぁぁぁ!!』
左翼の一羽が飛び出した。
もう一羽。
さらに一羽。
「左、三羽!」
「全部来た!」
「ヨシ!」
『ヨシじゃない! 戻れぇぇ!!』
「うわあああ! ほんとに来たぁぁ!!」
「自分で呼んだんだろ!」
「そうだったぁぁ!!」
戦線が、一気に動いた。
左右から羽音が膨れ上がる。
地面を蹴る足。
広がる翼。
低く突き出された嘴。
さっきまで互いに距離を測っていた左右の戦線が、ほぼ同時に激突した。
ガンッ!
カイルの熊手が大きく揺れた。
「重っ!」
嘴を受けただけではない。
一羽はそのまま身体ごと押し込んでくる。
五歳児の腕では支えきれず、カイルの靴が土の上をずるりと滑った。
「カイル、右から一羽!」
「どっち!?」
「外!」
カイルが顔を向けた瞬間。
『アタクシの足技を、とくと味わうがイイわ!!』
「それ昨日もやっただろ!」
『今日は二発ですわ!!』
「増えてるぅぅ!!」
翼が激しく羽ばたく。
一発目。
「うわっ!」
カイルが熊手ごと身体を捻った。
空を切る。
「避けた!」
『甘い!!』
「え?」
地面へ降りるはずだったガルパンが、もう一度翼を打った。
二発目。
ドンッ!
「痛ぁぁぁぁい!!」
今度は肩へまともに入った。
カイルが横倒しになる。
熊手が手から離れ、土の上を滑った。
『オーッホッホッホ!!』
「やっぱこいつ嫌いぃ!!」
「熊手!」
一人が拾いに走る。
『取らせるな!』
別の一羽が進路を変えた。
「一羽、中央寄り!」
「止めて!」
援護の園児が身体を入れる。
「うわあああ!」
『退け!』
「やだ!」
嘴が飛ぶ。
「痛っ!」
それでも退かない。
右ではもう、予定していた隊形など残っていなかった。
倒れたカイル。
地面に転がった熊手。
それを拾おうとする一人。
その進路を塞ぐ一羽。
さらに外側から回り込もうとする二羽。
四羽すべてが、目の前の園児に食いついている。
「右、四羽ぜんぶ動いてる!」
その報告を聞いて、アルベルトは左を見た。
アーロンたちも三羽と接触している。
熊手を盾に下がるアーロンを、三羽が追う。
追いすぎないよう互いに声を掛けているが、先ほどまで守っていた位置からは明らかに離れていた。
七羽。
雌はすべて、左右で戦闘に入った。
「……ヨシ」
ここまでは成功。
だが。
「レオン行く!?」
「まだ!」
アルベルトは中央を見る。
三羽の雄たちが、動いていない。
左右で仲間が叫んでいる。
ガルパンが蹴り、園児が転び、熊手が地面を滑っている。
それでも三羽だけは戦闘へ加わらなかった。
その視線の先にいるのは、レオン。
『金色の髪、動きなし』
『護衛二人もいる』
『そのまま見張れ』
完全に見抜かれている。
七羽を引き離したところで、中央の三羽を突破できなければ意味がない。
レオンは戦えない。
ルシアンとトーマスだけで三羽を押さえながら、卵まで抜けるのは難しい。
「……どうしよう」
アルベルトが呟いた、その時だった。
「アルベルト! 一羽抜けた!」
「どこ!?」
「右! そっち行く!」
見る。
カイルたちの脇を抜けた一羽が、中央へ向かって走ってくる。
「僕が止める!」
アルベルトが駆け出した。
中央へ戻されれば、四羽になる。
それだけは避けたい。
「こっち!」
『お前か!』
一羽が首を低くした。
「うわっ!」
嘴を避ける。
一歩下がる。
追ってくる。
もう一歩。
「そう、こっち!」
『逃がすか!』
アルベルトはさらに左へ走った。
中央へ戻そうとするのではなく。
逆に、中央から遠ざける。
「アルベルト、上!!」
「え?」
視界が暗くなった。
バサッ。
次の瞬間。
頭がずっしりと重い。
先ほど中央へ抜けようとしていた一羽が、アルベルトの頭へ飛び乗っていた。
『ゴゲェェェェェェェェ――ッ!!』
「うわあああああああ!!」
頭上で雄叫びが炸裂した。
「なに!? なに!? 取って!!」
『我、敵将を討ち取ったりぃ!!』
「討ち取られてない!!」
翼が耳の横でバサバサと暴れる。
爪が髪に絡む。
アルベルトは両手で頭を押さえ、その場をぐるぐる回った。
『動くな!』
「無理だよぉ!!」
『揺れる! 揺れるぞ!!』
「だったら降りてよ!!」
「アルベルト! 右!」
「いま無理!!」
「押されてる!」
「ちょっと待ってぇぇ!!」
『ヨシ! 敵の指揮が止まった!』
「止まってない!!」
止まっていた。
少なくとも、その数秒間。
アルベルトから指示は一つも出なかった。
その隙をガルパンは逃さない。
『右、押せ!』
『熊手を取らせるな!』
『左も前へ!』
「来た来た来た!」
「うわあああ!!」
「下がる!?」
「知らない!」
「アルベルトぉぉ!!」
「ごめん! 各自なんとかしてぇぇぇ!!」
指揮を失った園児側の戦線が、左右同時に押し込まれた。
だが。
押したガルパンもまた、前へ出た。
左翼はさらに外へ流れた。
右翼もカイルたちを押しながら、中央から離れていく。
そして。
アルベルトを追った一羽まで、そのまま左側へ寄っていた。
戦線が歪む。
アルベルトの頭から、ようやく一羽が飛び降りた。
「はぁ……はぁ……」
「アルベルト!」
「待って!」
乱れた髪のまま顔を上げる。
予定していた陣形は、もうどこにもなかった。
右では、カイルが熊手を取り戻している。
左では、アーロンが三羽に追われている。
そして、中央へ戻るはずだった一羽はアルベルトを追ったせいで左へ流れ、そのまま戻れずにいた。
「左、四羽!」
報告が飛ぶ。
「右は!?」
「三羽!」
「中央!」
「雄三羽!」
四。
三。
三。
アルベルトの視線が動く。
左へ偏った四羽。
右でカイルたちと噛み合った三羽。
動かない中央の雄三羽。
その中で。
左へ引き伸ばされた四羽と、中央の三羽との間だけが開いている。
最初から狙っていた中央ではない。
戦っているうちに偶然生まれた、細い隙間。
「……道」
「え?」
「道、できてる」
レオンが顔を上げた。
「いける?」
アルベルトは一度だけ距離を測った。
雄三羽が気づけば、すぐ塞がれる。
迷っている時間はない。
「レオン!」
「うん!」
「いま! 左から!」
レオンが走り出した。
『金色の髪が動いた!!』
雄の声が戦場を貫いた。
『本命だ!!』
『左の隙間!』
『塞げぇ!!』
三羽が初めて動く。
「ルシアン、前!」
「うん!」
「トーマス、後ろ!」
「いく!」
三人が縦に並んだ。
先頭のルシアンが間隙へ飛び込む。
レオンが続く。
最後尾をトーマスが守る。
「雄、一羽来る!」
「見えた!」
『退け!』
「やだ!」
ルシアンと一羽がぶつかる。
翼が広がった。
「うわっ!」
「そのまま!」
レオンが横を抜ける。
『抜けた!』
『二羽目、行け!』
「トーマス!」
「任せて!」
「うわああああ!!」
『ゴルァアアア!!』
トーマスが正面から飛び込んだ。
ドンッ!
「うわっ!」
尻餅をつく。
それでも両腕を広げたまま退かない。
『どけ!』
「やだ!」
『またそれか!』
「やだ!」
「レオン走って!」
「うん!」
三歩。
二歩。
『右から一羽戻れ!』
「カイン!」
「行かせない!」
熊手が進路を塞ぐ。
『どけぇ!』
「やだぁ!」
一歩。
レオンが卵の前へ滑り込んだ。
「ついた!」
「ヨシ!!」
歓声が上がる。
だが。
まだ一個も取っていない。
『喜ぶのは早いぞ!』
「わかってる!」
レオンは膝をついた。
戦場の喧騒を背中に。
一個目の卵へ、そっと手を伸ばした。




