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幼稚園戦争  作者: あぐり りょう


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22/33

ガルパン戦役①

「ガガガ……ガガガガ」

『あー、諸君。今日の卵は七個だ。雌が抱いている卵には既に魂が入っておるから、触れてはならん。ラグドウルフに害された分を補充せねばいかんからな!』


 スミレ組男子たちは頷く。

 扉の向こうはコチラの気配を感じ取るように異様な静けさだ。


「では、みんな。扉を開けるまえに作戦行動をもう一度確認するよ?」


 アルベルトの言葉に、九人が頷いた。


「熊手は二本。アーロンとカイルが持って。最初は左右にわかれる。できるだけ多く引きつけて」


「どこまで?」

「追ってきても、奥まで行かない。戻れなくなるから」


「わかった」

「おう」


「残りは二人を援護。ガルパンが中央へ戻ろうとしたら、邪魔して。追いかけすぎちゃダメだよ」


 アルベルトが床を指でなぞる。


「レオンは戦わない。道が開くまで待つ。開いたら卵まで一直線」

「七個、ぜんぶ?」

「ぜんぶ」

「わかった」

「ルシアンとトーマスは、レオンから離れないで」


「卵は七個。全部取ったら、すぐ戻る。帰りも二人がレオンを守って」


「まかせて」


「レオンが扉を越えたら、作戦成功。そこから全員、順番に戻る」


 アルベルトは一人ずつ顔を見た。


「そう。それから――」


 アルベルトは、扉を指差した。


「卵を抱いてるガルパンには、ぜったい近づかない」

「はーい!」


「もし、ガルパンが囮に乗らなかったら?」


 誰かが尋ねた。

 アルベルトは少し考えた。


「そのときは、やりながら考える」

「じゃあ、いくよ」


 熊手を持った二人が前へ出る。

 その後ろで、園児たちがそれぞれの位置についた。


 レオンだけが一歩下がる。


 右にルシアン。

 左にトーマス。


 誰も喋らなくなった。


 さっきまで騒がしかった園児たちが、静かになる。


 扉の向こうからも、何も聞こえない。

 鳴き声ひとつしなかった。


 用務員が扉へ手をかける。


 静かだった。

 あまりにも静かだった。


 扉が開く。

 陽光が差し込んだ。


 その向こう。

 十羽のガルパンが、荒んだ顔で待っていた。


 三羽の雄を中央に。

 七羽の雌が、その左右へ展開している。


 偶然ではない。

 昨日までとは違う。


「……あいつら」


 アルベルトが呟いた。


「まってた」


 次の瞬間。

 一羽が鳴いた。


「ゴルァアアェェェェ――ッ!!」


 十羽が、一斉に動いた。


 ――作戦開始。


 左右へ展開した園児たちに合わせ、七羽の雌も動いた。


 左に三羽。

 右に四羽。


 だが、距離は詰めてこない。


 こちらが一歩外へ開けば、向こうも一歩だけ横へずれる。

 追撃ではない。


 卵を中心に半円を広げ、進路だけを塞いでいる。


 中央には三羽の雄。


 そこだけは、最初から動いていなかった。


「右、四羽!」


 カイルの後ろから報告が飛ぶ。


「左は三羽!」


「雄は!?」


「中央! 三羽とも動いてない!」


 アルベルトは左右を見比べた。


 予定では、アーロンとカイルが敵を引きつける。

 その隙に中央を開け、レオンを通す。


 だが、ガルパンは追ってこない。

 左右へ広がっても、卵から離れすぎない。


 中央の三羽に至っては、扉の前に残るレオンをじっと見ていた。


『金色の髪は?』

『動いてない!』


『両側に二人いるぞ!』

『あれが本命だ。目を離すな!』


「……ばれてる」


 昨日までとは違う。

 ガルパンも学んでいる。


 カイルが熊手の陰から顔を出した。


「やーい!」

『…………』


「昨日、俺から逃げたやつー!」

『逃げてないわよ!!』


 一羽が即座に首を伸ばした。


「逃げたじゃん」

『戦略的後退ですわ!!』


「今日も逃げるのかぁ?」


 カイルがガルパンに背を向けて尻を振る。

 翼が大きく開いた。

 バサッ!


『アタクシ、もう我慢なりませんわ!』

『待て! 乗るな!』


 止める声は聞こえている。

 だが、遅い。

 一羽は既に二歩、前へ出ていた。


 その動きにつられて、隣の一羽も前へ出る。


「右、二羽動いた!」


 報告が飛んだ。

 反対側では、アーロンも熊手を左右に振る。


「こっちのガルパン、よわーい!」


『なんだと!?』


 今度は左翼がざわめいた。


「昨日もぜんぜん痛くなかった!」

『泣いてたじゃないか!!』

「泣いてない!」

『泣いてた!』


「泣いてませーん! じゃあ、もう一回来てみろ!」

 アーロンもガルパンに尻を振ってみせる。


『上等だぁ!!』

『行くな! 挑発だ!』


「こわいの?」

『…………』

「えー! こわいんだぁ!」

『誰が怖いかぁぁぁ!!』


 左翼の一羽が飛び出した。

 もう一羽。

 さらに一羽。


「左、三羽!」

「全部来た!」

「ヨシ!」


『ヨシじゃない! 戻れぇぇ!!』

「うわあああ! ほんとに来たぁぁ!!」


「自分で呼んだんだろ!」

「そうだったぁぁ!!」


 戦線が、一気に動いた。

 左右から羽音が膨れ上がる。


 地面を蹴る足。

 広がる翼。

 低く突き出された嘴。


 さっきまで互いに距離を測っていた左右の戦線が、ほぼ同時に激突した。


 ガンッ!

 カイルの熊手が大きく揺れた。


「重っ!」


 嘴を受けただけではない。

 一羽はそのまま身体ごと押し込んでくる。


 五歳児の腕では支えきれず、カイルの靴が土の上をずるりと滑った。


「カイル、右から一羽!」

「どっち!?」

「外!」


 カイルが顔を向けた瞬間。


『アタクシの足技を、とくと味わうがイイわ!!』

「それ昨日もやっただろ!」

『今日は二発ですわ!!』

「増えてるぅぅ!!」


 翼が激しく羽ばたく。


 一発目。


「うわっ!」


 カイルが熊手ごと身体を捻った。

 空を切る。


「避けた!」

『甘い!!』


「え?」


 地面へ降りるはずだったガルパンが、もう一度翼を打った。


 二発目。

 ドンッ!


「痛ぁぁぁぁい!!」


 今度は肩へまともに入った。


 カイルが横倒しになる。

 熊手が手から離れ、土の上を滑った。


『オーッホッホッホ!!』

「やっぱこいつ嫌いぃ!!」


「熊手!」

 一人が拾いに走る。


『取らせるな!』

 別の一羽が進路を変えた。


「一羽、中央寄り!」

「止めて!」


 援護の園児が身体を入れる。


「うわあああ!」

『退け!』

「やだ!」


 嘴が飛ぶ。


「痛っ!」


 それでも退かない。

 右ではもう、予定していた隊形など残っていなかった。


 倒れたカイル。

 地面に転がった熊手。

 それを拾おうとする一人。


 その進路を塞ぐ一羽。

 さらに外側から回り込もうとする二羽。


 四羽すべてが、目の前の園児に食いついている。


「右、四羽ぜんぶ動いてる!」


 その報告を聞いて、アルベルトは左を見た。


 アーロンたちも三羽と接触している。

 熊手を盾に下がるアーロンを、三羽が追う。


 追いすぎないよう互いに声を掛けているが、先ほどまで守っていた位置からは明らかに離れていた。


 七羽。

 雌はすべて、左右で戦闘に入った。


「……ヨシ」

 ここまでは成功。


 だが。


「レオン行く!?」

「まだ!」


 アルベルトは中央を見る。

 三羽の雄たちが、動いていない。


 左右で仲間が叫んでいる。


 ガルパンが蹴り、園児が転び、熊手が地面を滑っている。


 それでも三羽だけは戦闘へ加わらなかった。


 その視線の先にいるのは、レオン。


『金色の髪、動きなし』

『護衛二人もいる』

『そのまま見張れ』


 完全に見抜かれている。


 七羽を引き離したところで、中央の三羽を突破できなければ意味がない。


 レオンは戦えない。


 ルシアンとトーマスだけで三羽を押さえながら、卵まで抜けるのは難しい。


「……どうしよう」


 アルベルトが呟いた、その時だった。


「アルベルト! 一羽抜けた!」

「どこ!?」

「右! そっち行く!」


 見る。


 カイルたちの脇を抜けた一羽が、中央へ向かって走ってくる。


「僕が止める!」


 アルベルトが駆け出した。

 中央へ戻されれば、四羽になる。

 それだけは避けたい。


「こっち!」

『お前か!』


 一羽が首を低くした。


「うわっ!」


 嘴を避ける。

 一歩下がる。

 追ってくる。


 もう一歩。


「そう、こっち!」

『逃がすか!』


 アルベルトはさらに左へ走った。

 中央へ戻そうとするのではなく。

 逆に、中央から遠ざける。


「アルベルト、上!!」

「え?」


 視界が暗くなった。

 バサッ。

 次の瞬間。

 頭がずっしりと重い。


 先ほど中央へ抜けようとしていた一羽が、アルベルトの頭へ飛び乗っていた。


『ゴゲェェェェェェェェ――ッ!!』


「うわあああああああ!!」


 頭上で雄叫びが炸裂した。


「なに!? なに!? 取って!!」

『我、敵将を討ち取ったりぃ!!』


「討ち取られてない!!」


 翼が耳の横でバサバサと暴れる。

 爪が髪に絡む。


 アルベルトは両手で頭を押さえ、その場をぐるぐる回った。


『動くな!』

「無理だよぉ!!」

『揺れる! 揺れるぞ!!』

「だったら降りてよ!!」


「アルベルト! 右!」

「いま無理!!」


「押されてる!」

「ちょっと待ってぇぇ!!」


『ヨシ! 敵の指揮が止まった!』

「止まってない!!」


 止まっていた。

 少なくとも、その数秒間。

 アルベルトから指示は一つも出なかった。


 その隙をガルパンは逃さない。


『右、押せ!』

『熊手を取らせるな!』

『左も前へ!』


「来た来た来た!」

「うわあああ!!」


「下がる!?」

「知らない!」

「アルベルトぉぉ!!」


「ごめん! 各自なんとかしてぇぇぇ!!」


 指揮を失った園児側の戦線が、左右同時に押し込まれた。


 だが。


 押したガルパンもまた、前へ出た。

 左翼はさらに外へ流れた。

 右翼もカイルたちを押しながら、中央から離れていく。


 そして。


 アルベルトを追った一羽まで、そのまま左側へ寄っていた。


 戦線が歪む。

 アルベルトの頭から、ようやく一羽が飛び降りた。


「はぁ……はぁ……」

「アルベルト!」

「待って!」


 乱れた髪のまま顔を上げる。

 予定していた陣形は、もうどこにもなかった。


 右では、カイルが熊手を取り戻している。

 左では、アーロンが三羽に追われている。


 そして、中央へ戻るはずだった一羽はアルベルトを追ったせいで左へ流れ、そのまま戻れずにいた。


「左、四羽!」


 報告が飛ぶ。


「右は!?」

「三羽!」

「中央!」

「雄三羽!」


 四。

 三。

 三。


 アルベルトの視線が動く。

 左へ偏った四羽。

 右でカイルたちと噛み合った三羽。

 動かない中央の雄三羽。


 その中で。


 左へ引き伸ばされた四羽と、中央の三羽との間だけが開いている。


 最初から狙っていた中央ではない。

 戦っているうちに偶然生まれた、細い隙間。


「……道」

「え?」

「道、できてる」

 レオンが顔を上げた。


「いける?」

 アルベルトは一度だけ距離を測った。

 雄三羽が気づけば、すぐ塞がれる。

 迷っている時間はない。


「レオン!」

「うん!」


「いま! 左から!」

 レオンが走り出した。


『金色の髪が動いた!!』

 雄の声が戦場を貫いた。


『本命だ!!』

『左の隙間!』

『塞げぇ!!』


 三羽が初めて動く。


「ルシアン、前!」

「うん!」


「トーマス、後ろ!」

「いく!」


 三人が縦に並んだ。

 先頭のルシアンが間隙へ飛び込む。

 レオンが続く。

 最後尾をトーマスが守る。


「雄、一羽来る!」

「見えた!」


『退け!』

「やだ!」


 ルシアンと一羽がぶつかる。

 翼が広がった。


「うわっ!」

「そのまま!」


 レオンが横を抜ける。


『抜けた!』

『二羽目、行け!』


「トーマス!」

「任せて!」


「うわああああ!!」

『ゴルァアアア!!』


 トーマスが正面から飛び込んだ。

 ドンッ!


「うわっ!」


 尻餅をつく。

 それでも両腕を広げたまま退かない。


『どけ!』

「やだ!」


『またそれか!』

「やだ!」


「レオン走って!」

「うん!」


 三歩。

 二歩。


『右から一羽戻れ!』


「カイン!」

「行かせない!」


 熊手が進路を塞ぐ。


『どけぇ!』

「やだぁ!」


 一歩。

 レオンが卵の前へ滑り込んだ。


「ついた!」

「ヨシ!!」


 歓声が上がる。

 だが。

 まだ一個も取っていない。


『喜ぶのは早いぞ!』

「わかってる!」


 レオンは膝をついた。

 戦場の喧騒を背中に。


 一個目の卵へ、そっと手を伸ばした。

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