どうか、よきせんたくを
ジョアンナ先生の後ろにヒョコヒョコとついて歩く小さな集団。
クラス名のとおりの『ヒヨコ』だった。
スミレ組の園児たちは各自が用意した花束を一つずつ年少の『ヒヨコ』組の園児に渡す。
アンナはその様子を見ている。
年少には、先輩だと威張るだけではなく、ちゃんとお兄さん、お姉さんの役割を果たす。
そこは感心する。
「じゃあ、お花を持っていないお手ては、お兄さんかお姉さんと繋いでね。では動物舎へ行きましょう!」
ジョアンナ先生が先頭になり、動物舎へ移動する。
『ヒヨコ』組の園児たちは手渡された色とりどりの花束に夢中になり、足元が危なくなる。
スミレ組はその子が転ばないように、二人ずつついて歩き、必要ならば支えている。
誰が教えたわけではない。
アンナはここへ来てまだ数日だが、スミレ組の善行を度々目にしている。
それから、自分に対する行動のチグハグさに若干眩暈を感じる。
(私、やっぱり舐められているよね??)
幼稚舎の園舎から少し離れたところにある動物舎。
さまざまな種類の小動物の鳴き声が賑やかに聞こえる。
その声に花から顔を上げて走り出そうとするヒヨコたちを繋いだ手で押さえる。
ヨハネが集団の一歩前へ出る。
「どうぶつたち、まだちょっと怖がっているから、静かに、『シー』して入ろうね」
いつの間にか、用務員さんが来て動物舎の扉を開ける。
騒がしく鳴いていた動物たちの声が途切れ、アンナは動物たちの警戒に満ちた圧を感じた。
「用務員さん、ここに子どもたち入って大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。彼らも子どもたちは警戒しません。ですが、大人はまだ様子見の方が良いでしょう。まもなく園長先生も来ますから、我々はそのあとに入りましょう」
「園長先生、まだ来られてないんですね……」
「いや、今診察中で席を外しているだけですよ」
用務員さんはアンナに向けて苦笑する。
アンナと一緒に話を聞いていたジョアンナ先生がヨハネに告げた。
「先生たちは、園長先生が来られるのを待ってから動物舎に入ります。ヨハネ君、お願いできますか?」
「わかった! いちど誰がいないか見てから、みんなでお別れかいするね」
ヨハネはレオンやアルベルト、他のスミレ組の子どもたちに手順を伝えている。
アンナは疑問に思った事をジョアンナ先生に尋ねた。
「ジョアンナ先生、先日からウチのクラスのヨハネ君が一人目立ってますが……。大丈夫なんですか?」
「……大丈夫とは?」
「みんなの前でお祈りを先導したり、今回も私たちが仕切るのではなくて、ヨハネ君に頼んでるじゃないですか……」
「他の園児や保護者の方から抗議はこないのかな?って思って……」
「……他の?」
「ええ。だって、『平等じゃない』じゃないですか。やっぱり一人が目立つのってどうなのかなぁと……」
ジョアンナはきょとんとした顔の後に小さく笑った。
「ジョアンナ先生! 笑い事じゃないですよ! 私は今後のクラス運営について、ちょっと考えてるだけです!」
「……ふふ。ごめんなさい。でもアンナ先生、もっと力を抜いてください。人には役割があって、ヨハネ君はこのオルディスの中で一番、神に近い子どもなんですよ……」
「……クラス編成表は読みましたが、意味がわかりません」
アンナはしかめ面で答える。
「将来的に神職につく事がもう決まっています」
「……え? まだ五歳ですよ? もっと他の職に就く可能性だって……」
「生まれつき、オルディス神の選抜を受けた子どもなんですよ。だから、儀式は彼が仕切る。そういう決まりなんです」
「ここは……。変な決まりが多いですね。私ちょっとついていけるか自信ないかも……」
「大丈夫ですよ! アンナ先生! 子どもたちを見ていればわかります。私が一年続いているんですから! 子どもたちと過ごしていたらあっという間に一年ですよ!」
ジョアンナ先生が励ますようにアンナの肩を叩く。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ーーん゛ん゛ん゛!!!」
動物舎から子どもの泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
「ミ゛ィ゛ち゛ゃ゛ん゛が゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
動物舎の中が騒がしくなったので、ヨハネが全員を一度外へ出した。
スミレ組の女の子、ソフィアが泣きながら動物舎から飛び出してくる。
その後ろをマリーとリナが追いかけてくる。
「ミ゛ィ゛ち゛ゃ゛ん゛が゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
ソフィアは地面を叩きながら、泣き叫ぶ。
地方から出てきたばかりの頃。
知っている子は、誰もいなかった。
何もかもが知らないものばかりで、不安だった。
そんなソフィアが、動物舎で仲良くなったミミル。
顔を見せれば側へ来て、いつも寄り添ってくれた。
可愛い、大切な相棒だった。
不意に訪れた別れに心が軋む。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ーーん゛ん゛ん゛!!!」
ヒヨコ組の園児たちはソフィアの様子を見ている。
自分たちより、立派なお姉さんが大きな声で泣いている。
キョトンとした顔。
少し困った顔。
お姉さんのあまりにも哀しむ様子に釣られて泣きだす顔。
外に出てきた子どもたちの顔を、アンナは確認する。
アーベルの目も赤い。
アーロンも鼻水を啜る。
スミレ組の半数以上が潤んだ目をしている。
アンナはその顔を見て、ようやく年相応なのだと実感した。
そして、寄り添うために一歩踏み出した。
何を伝えたらよいのか?
どう声をかけるべきか?
教育論の参考書にはきちんと書いてあったのかもしれない。
ただ、アンナは覚えていなかった。
「……あのね、みんな」
ここで先生らしく。
そう考えたのが伝わってしまった。
ヨハネが小さく首を振る仕草をする。
それを見て、アンナは何も言えなくなった。
子どもたちの慟哭が響く。
どれくらい経ったのか……。
この騒動を静かに見ていた一羽のペルカディアがゆったりと近づいてきた。
「ガガガガ」
大きな翼を羽ばたかせながら地面を歩く鳥。
「……」
アンナは鳥の鋭い目と合った気がした。
先に動いたのは子どもたちだった。
「えんちょーせんせー!!」
「……。えん鳥?」
アンナは怪訝な顔をした。
「な゛ん゛で゛!! な゛ん゛で゛!? ミ゛ィ゛ち゛ゃ゛ん゛ん゛ん゛ん゛ーーー!!」
ソフィアはちゃんと理解っている。
どうしようもない事を……。
それでも、怒りをぶつけてしまう。
「ガガガガ」
ペルカディアの嘴がカタカタと音を立てる。
「……わかってる!! でも!! でも!!」
ソフィアの両目からポロポロといくつもの雫がとめどなく地面に落ちる。
「ガガガガ」
鳥はカタカタと再度嘴を鳴らし、羽を数度はためかせる。
ヨハネが動く。
「ヒヨコさんたち、お花を持って集まって」
「スミレさんたちは、外側でまるを作って」
ヒヨコ組の小さな円と外側にスミレ組の大きな円。
中心にソフィアがいる。
ヨハネが唄いはじめる。
めぐれ めぐれ
いのちよ めぐれ
つちから きたこは
つちへと かえれ
ないてるこ だあれ
よんでるこ だあれ
いちばん かなしい
あなたが まんなか
あいたい あいたい
それでも はなせ
かえっておいでと
よんでは ならぬ
いったこ だあれ
のこったこ だあれ
いったこ すすむ
のこったこ おくる
くるり くるり
いのちは めぐる
ここから さきには
ついては ゆけぬ
いったこ えらべ
あなたの みちを
のこった わたしは
ここから いのる
めぐれ めぐれ
いのちよ めぐれ
――どうか よきせんたくを
「……ミ゛ィ゛ち゛ゃ゛ん゛……」
泣いて掠れたソフィアの声が風に溶けていった。




