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幼稚園戦争  作者: あぐり りょう


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18/33

悲しいお知らせ

 講堂に園児たちが集まる。

 壁側には職員、先生たちが控えている。


 副園長が壇上から園児たちを見下ろす。

 その顔はとても悲しげだった。


「きょう、どうしたんだろうね?」

「さあ、ね?」


 子どもたちは何が始まるのかそわそわとその一言を待つ。


「……」

「……」


 静まった講堂にようやく副園長が話を始めた。


「今日は、みなさんに……悲しいお知らせと、お願いがあります」


「かなしい、お知らせ?」

「なんだろうね?」


 ざわめく園児たち。

 だが、唯一騒がないクラスを見て、ハッと我に返り黙る。


 ようやくまた静まる。


「昨日の夜……。園内にラグドウルフが一頭入り込みました」


「!!」

「園長先生は!!」

「え!!だいじょうぶ?!!」


 また講堂が揺れる。


「みなさん、静かに……」


「昨日の夜……」


 園児たちが息を呑む。


「動物舎が襲われ……何匹かの動物たちが、死んでしまいました」


「……!」


「園長先生は、動物たちを守ろうとしてラグドウルフと戦い、大怪我をしました」


「そんな!!」

「園長せんせぇ〜!!」


 子どもたちが心配の声を上げる。


「皆さんの心配はわかります。とても怖いですね。では何故、そんな事になったか……」


「それは、動物舎の扉が開いていたからです」


「皆さんとお約束しましたね?動物舎に入ったら、最後に必ず扉を閉めることと……」


「……はい!」


「誰が、閉め忘れたのか……それは聞きません。だから、皆さんにお願いです。動物舎の扉は必ず閉めることを忘れないでください」


「はい!!」


 子どもたちの真剣な表情が壇上の副園長にはよく見えた。

 どの子もこの出来事を重く受け止めている。


「園長先生ですが……。大怪我ですが、ちゃんと生きています。近くの施術所で、聖女の奇跡により回復しています」


 子どもたちから良かったと安堵の表情が見られた。


「ここで、皆さんにもう一つ、お願いがあります。園長先生が一日も早く元気になるよう、オルディス神に祈ってください。そして、惜しくも亡くなった命が大地へ還り、無事に選択の場へ辿り着けるよう祈りましょう。では、スミレ組、ヨハネ君」


「はい!」


 呼ばれたヨハネが壇上に上がる。


「みんな! まずは亡くなった友達が大地へ帰って、ちゃんと選択の場所へ行けるように祈ろう!」


 ヨハネは胸の前で両手を重ねた。


「みんな、目を閉じて」


 講堂にいる園児たちが、一斉に目を閉じる。


「ぼくのあとにつづいて」


 ヨハネも目を閉じた。


「大地よ、受け取りたまえ」

「大地よ、受け取りたまえ」


「巡る命を、抱きたまえ」

「巡る命を、抱きたまえ」


「迷える道に、光を」

「迷える道に、光を」


「選びの場所へ、導きたまえ」

「選びの場所へ、導きたまえ」


「終わりし命に、安らぎを」

「終わりし命に、安らぎを」


「新たな巡りに、祝福を」

「新たな巡りに、祝福を」


「大地より生まれ、大地へ還り」

「大地より生まれ、大地へ還り」


「命は再び、巡りゆく」

「命は再び、巡りゆく」


「――どうか、よき選択を」

『――どうか、よき選択を』


 最後の言葉が、静かな講堂に消えていった。

 しばらく、誰も声を出さなかった。


 ヨハネは閉じていた目を開く。


「……ありがとう」


 それから、少しだけ笑った。


「つぎは、園長先生のために祈ろう!」

「はい!」

「みんな、立って!」


 園児たちが一斉に立ち上がる。


「大きな輪をつくって! 年少さんは、先生のおててを借りてもいいからね!」


「はーい!」


 講堂に、いくつもの輪ができていく。

 ヨハネはそれを確認すると、胸の前で両手を合わせた。


「園長先生が元気になるように、オルディス神へお願いを届けます」


 そして。

 ほんの少しだけ、ヨハネの表情が変わった。


「でも――」


 幼い声が、静かな講堂によく響く。


「生きることも、死ぬことも、ぼくたちが決めることじゃありません」


 先生たちは黙ってヨハネを見つめている。


「オルディス神が、園長先生の天命はまだ終わっていないと選んでくださるなら――」


 ヨハネは笑った。


「ぼくたちは、いっぱい元気を届けよう!」

「はい!!」

「楽しく祈ろう!」

「はいっ!!」


 ヨハネが右へ一歩踏み出した。


 とん。


 両手を合わせる。


「エル・オルディア」

『エル・オルディア』


 もう一歩。


 とん。

 合わせた手を、花が開くように左右へ広げる。


「サルヴァ・ネイ」

『サルヴァ・ネイ』


 とん。

 両手を大地へ。


「イル・マナ・エルダ」

『イル・マナ・エルダ』


 とん。

 今度は大きく空へ掲げる。


「アル・ネイ・オルディス」

『アル・ネイ・オルディス』


 また最初に戻る。


 とん。


「エル・オルディア」

『エル・オルディア』


 とん。


「サルヴァ・ネイ」

『サルヴァ・ネイ』


 右へ。

 右へ。


 ゆっくりと輪が巡っていく。


 年少の子が反対へ進みそうになり、先生に手を引かれて戻ってくる。


 手を合わせて。

 ひらいて。


 大地へ。

 空へ。


 もう一度。


「エル・オルディア」

『エル・オルディア』


「サルヴァ・ネイ」

『サルヴァ・ネイ』


 何度も。

 何度も。

 同じ言葉を繰り返す。


 最初は小さかった子どもたちの声が、少しずつ大きくなっていく。


 とん。

 とん。

 ぱん、ぱん。


 いつの間にか、笑顔も混じっていた。

 ヨハネも笑う。


「もっと元気に!」

『エル・オルディア!』


「もっと!」

『サルヴァ・ネイ!』


「園長先生に届けよう!」

「はい!!」


 とん、とん。

 ぱん、ぱん。

 くるり。


 年少組の誰かが楽しくなって跳ねた。

 それを見て、隣の子も跳ねる。

 輪が少し乱れた。

 それでもヨハネは止めなかった。


 祈りに、正しい形などない。

 大切なのは、ただひとつ。

 届けたいと願う心。


 ヨハネは両手を空へ伸ばした。

 そして、古い言葉を紡ぐ。


「エル・オルディア。サルヴァ・ネイ。

 イル・マナ・エルダ、アル・ネイ・オルディス」


 子どもたちの声が重なる。


『エル・オルディア。サルヴァ・ネイ。

 イル・マナ・エルダ、アル・ネイ・オルディス』


「天命、未だ尽きぬなら――」

『天命、未だ尽きぬなら――』


「巡る血に力を」

『巡る血に力を』


「息吹く命に力を」

『息吹く命に力を』


 ヨハネは両腕を大きく広げる。


「その翼、未だ折れる時にあらず」

『その翼、未だ折れる時にあらず』


「その声、未だ絶える時にあらず」

『その声、未だ絶える時にあらず』


 ゆるやかな輪が巡る。

 一歩。

 また一歩。

 合わせた手を開き、大地へ。

 再び空へ。


「エル・オルディア――サルヴァ・ネイ」

『エル・オルディア――サルヴァ・ネイ』


「イル・マナ・エルダ――アル・ネイ・オルディス」

『イル・マナ・エルダ――アル・ネイ・オルディス』


 ヨハネの声が、さらに高く響く。


「偉大なるオルディスよ」

『偉大なるオルディスよ』


「汝が選択、未だ生にあるならば」

『汝が選択、未だ生にあるならば』


「我らが祈りを糧とせよ」

『我らが祈りを糧とせよ』


「我らが息吹を力とせよ」

『我らが息吹を力とせよ』


「その翼に、再び風を」

『その翼に、再び風を』


「その身に、再び力を」

『その身に、再び力を』


 ヨハネは両手を天へ掲げた。


「天命の尽きる、その時まで――」

『天命の尽きる、その時まで――』


「立て。息吹け。生きよ」

『立て。息吹け。生きよ』


 同時刻。

 施術所のカゴの中にいた、一羽のペルカディアの身体が光に包まれる。


 傷ついた翼が、淡い光を帯びた。

 裂けた傷が、ゆっくりと塞がっていく。


 そして――。


 傷の跡をなぞるように、翼から身体の一部へ、鮮やかな青い紋様が浮かび上がった。


 光が消える。


「ガガガガガ!!!!」

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