楽しいオルディス
大泣きむしのチビを乗せてなわきしゃはぐるりときょうしつをぐるりといっしゅうする。
「いち!に!いち!に!」
「まもなく、しゅうてん!ヒヨコホームにとうちゃくします!」
「はーい!」
しゅっぱつちてんに、かえってきた。
「ほら、まだまだ、ないふ!ふぉーく!ないふ!ふぉーく!」
「いち!に!いち!に!」
「ぜんたーい!とまれ!って言ったら、いち!に!でとまるんだよ?できるひと?」
「はーい!」
チビたちのげんきなこえが、かえってくる。
カイルがごうれいをかける。
「ぜんたーい!とまれ!!」
「いち、に!い?」
バラバラにこうしんを止めるチビたち。
それを見ていたレオンが、なわの周りにクラス全員をあつめる。
「いいかい?こんどは、みんなでとまるれんしゅうだよ?」
「カイルお兄さんが、とまれ!って言ったら、ナイフ!フォーク!でピタ。お兄さんたちが一度みほんを見せるからね」
カイル、レオン、アルベルト、俺のじゅんばんにならぶ。
カイルが合図をする。
「いち!に!いち!に!」
俺たちも続ける。
「いち!に!いち!に!」
「ぜんたーい!とまれ!!」
「いち!に!」
あしなみをそろえてきれいに止まる。
チビたちは、おどろいたかおをしている。
「だいじょうぶ!カンタンだから!今度は皆んなでやってみよー」
「はーい」
「じゃあ、いくぞ!いち!に!いち!に!」
みぎ、ひだり、とチビたちも動きがだんだん合う。
「ぜんたーい!とまれ!!」
「いち!に!」
なんにんかが、つぎのあしをあげたけれど、進まずにとまれた。
「いいね!じょうずだよ!」
レオンはわらう。
いつものキラキラしたわらいかたは、チビたちをむちゅうにさせる。
「では、もういっかい」
おなじことを、できるまでくりかえす。
その場であしふみだけだとあきるので、チビたちだけで、なわきしゃをはしらせる。
とまる時にかけごえをかける。
「いち!に!」
ピタリととまるようになった。
「そうだ、せんせぃ!ぼくたちはえんかのれんしゅうでしょ?」
「そうよ!早く教室に戻って!ジョアンナ先生、お邪魔しました」
そう言ってきょうしつからでようとする。
しかし、レオンは
「スミレ組、みんな来てるし、ここでれんしゅうすれば、年少さんも覚えるでしょ?いいよね?ジョアンナ先生!」
「もちろんです。私が伴奏しましょうか?」
「ううん、アンナ先生はまだ弾いたことがないから、アンナ先生にお願いする!」
「だ、そうですよ?アンナ先生?」
「え?私ですか?」
「ピアノ、弾けるよね?無理ならジョアンナ先生に代わって……」
「弾きますよ!」
アンナがピアノの椅子に座り、手をピアノのうえにおく。
ぜんそうが……、つまる。
「……」
スミレ組のむごんのしせんが、アンナにあつまる。
「アンナせんせぃ『は』、スミレ組でれんしゅうしろよ?」
「……はい。放課後に練習します」
レオンはため息をはいてからジョアンナせんせぃの方をむく。
「はい、演奏ですね。お任せください」
アンナとこうたいするのを俺たちは黙って見ていた。
※※※
ジョアンナ先生が鍵盤に手を構える。
一呼吸の後に紡ぎ出された音の数々は、荘厳にして重厚。
アンナは思わず楽譜へ視線を落とした。
――難しい。
先ほど前奏で詰まったのは、初見だったからだ。
そう自分に言い聞かせていたが、改めて聴いてみても、幼稚舎の園歌の伴奏としては明らかに難易度が高い。
もっと子どもたちが歌いやすい、明るく軽やかな曲だと思っていた。
しかし、これは――。
低音が教室の床を這うように響く。
その上に幾重にも音が重なり、まるで大聖堂で聴く賛歌のような響きが広がっていく。
どうして、幼稚舎の園歌がこんなに大仰なのだろう。
アンナが首を傾げている間に、スミレ組の子どもたちは自然に並び終えていた。
全員が息を吸う。
そして――。
子どもたちの歌声が、一斉に重なった。
アンナは目を瞬いた。
先ほどまで年少児を相手に「ないふ! ふぉーく!」と叫んでいた子どもたちとは思えない。
よく揃っている。
音程も。
歌い出しも。
息を吸う場所まで。
まだ五歳の子どもたちだ。
朝日に映ゆる 学び舎の
甍は高く 空を衝く
久遠の叡智 ここにあり
集える若人 胸を張れ
真理の道を 究めつつ
新たな時代 拓かなん
誉れは高し 我が母校
ああ オルディス
オルディス学園
――この歌、知っている。
アンナはようやく気づいた。
王都に暮らしていれば、どこかで一度は耳にする歌だ。
式典。
祝賀会。
卒業生たちの集まり。
国を代表する名門、オルディス学園を象徴する歌として、あまりにも有名だった。
アンナ自身、ずっと高等部の校歌だと思っていた。
まさか。
三歳から歌うのか。
ちらりと年少児たちを見る。
意味などほとんど分かっていないだろう。
それでも、スミレ組の歌声を真似して、小さな口を一生懸命に動かしている。
「あーさーひーにー……」
「まなびやのー!」
ところどころ怪しい。
それでも「ああ オルディス」になると、全員が急に自信を取り戻した。
「ああー! オルディスー!」
「オルディスがくえーん!」
そこだけは完璧だった。
アンナは思わず頬を緩める。
なるほど。
こうして、まだ歌詞の意味も分からない頃から覚えていくのだろう。
年長児の歌を年少児が聞き、真似をする。
やがてその子たちが年長になり、今度は新しく入ってきた子どもたちの前で歌う。
百年以上続く学園ならではの伝統なのかもしれない。
――それにしても。
アンナはもう一度、楽譜へ視線を落とした。
放課後、相当練習しなければならない。
「じゃあ、にばんを歌うからおぼえてね」
レオンが年少組ににこやかに言う。
「はーい」
「待って、二番あるの?始業式や入園式では歌わなかったよね?普通、斉唱って全部歌うよね?」
「あぁ、アンナせんせぃはまだ一週間だから知らなくてとうぜんだね。三番まであるよ?」
「歌詞、載ってないんだけど?」
「うーん……。それは、そうなんだけど。園長先生に聞いてくれる?」
レオンが首を傾げながら答える。
アルベルトが横から補足する。
「公表されているのは一番のみで、二番、三番は園児のみが継承を許されるのです。小中高等部とは歌詞が違うと兄が言っていました」
「僕たちはくわしいことはわかんないもんねー」
「ねー!!」
スミレ組の園児たちはレオンの語尾を真似する。
そして、ジョアンナ先生が、間奏を弾く。
あおぐみそらに みなをよび
とうときみひかり みにうけて
あまねくみつる みめぐみに
つどえるともの こえひとつ
ちよにかわらぬ みいつもて
われらがうえに かがやかん
ああ オルディス
とうときオルディス
われらとともに オルディス
また間奏がある。
その間に園児たちは円陣を組むようにお互いに肩を組む。
いざやもろびと ふるいたて
わかきちしおを たぎらせて
われらがひかり いやまさり
われらがほまれ いやたかし
ならぶものなき そのなこそ
くおんにかがやく わがほこり
オルディス オルディス
さかえあるオルディス
オルディス オルディス
ほまれのオルディス
オルディス オルディス
われらがオルディス
秘められた歌詞。
名門校の秘密を覗き見るような気持ちで、アンナは最後まで黙って聴いた。
正直に言おう。
――どこの過激派の応援歌だ。
オルディス。
オルディス。
またオルディス。
どれだけ母校の名前を連呼するのだ。
一番はまだよかった。
歴史ある学び舎を讃え、真理を究め、新たな時代を拓く。
実に名門校らしい、格調高い学園歌だ。
二番も……、まあいい。
少々宗教的な響きを感じなくもないが、百年以上の歴史を持つ学校なら、古い言い回しが残っていても不思議ではない。
問題は三番だ。
肩を組んでいる。
五歳児たちが肩を組み、身体を揺らしながら、満面の笑みでオルディスを連呼している。
「オルディス! オルディス!」
年少児まで真似を始めた。
「おるでぃす! おるでぃす!」
楽しそうだ。
実に楽しそうなのだが。
作詞家も作曲家も、少々母校愛が強すぎないだろうか。
いや、少々ではない。
かなり強い。
アンナは熱唱する子どもたちを眺めながら、なんとも言えない気持ちになった。
これを三歳から歌い続けるのか。
卒業する頃には、筋金入りのオルディス生が完成しているのではないだろうか。
ふと、式典でこの歌を誇らしげに歌う大人たちの姿を思い出す。
――なるほど。
アンナは妙なところで納得した。
あれは、三歳から仕込まれていたのか。




