拙者、働きたくないでござる!
「ふぉーく! ないふ! ふぉーく! ないふ!」
「ちがう! おまえ、逆だぞ?」
「…………」
「あ? ひだりきき? ごめん! おまえは、ないふ! ふぉーく! ないふ! ふぉーく! だ!!」
「こら! ならべ!! このなわからでるな!!」
「ここをもって!! いち! に! いち! に!」
熱の入った檄が飛ぶ。
「ねー、れんしゅう、しないの?」
「……」
俺は床に両手足をつけたまま動かない。
絶対に、動かない。
「スミレぐみのおにいさんたち、きたよ?」
「……」
「まずは、へやのなかでれんしゅうだ!!」
「ないふ! ふぉーく! ないふ! ふぉーく!」
「しゅっばーつ!! しんこー!!」
「オー!!」
なぜだ。
どうしてこうなった……。
昨日が入園式。
今日は二日目で、初登園という大行事を終わらせたばかりじゃないか……。
なのに、なぜ……。
「いち! に! いち! に!」
「ないふ! ふぉーく! ないふ! ふぉーく!」
「ぜんたーい!! すすめ!!」
五歳児が三歳児の集団行動を仕込んでいるのだ……?
「ねぇ、きみ、いかないの?」
先程からツンツンと俺をつついてくる。
「……ぃやだ。やらない……」
「じゃあ、ぼくもここでこうしよう」
彼は俺と同じように両手足を大きく開き、横たわる。
金色の髪に天使の輪が見える彼は……。
「ユリウスくん!」
女の子の声が響いた。
「なにしてるの!?」
「ねてる」
「ねてるの!?」
「うん」
違う。
俺は寝ているのではない。
これは断固たる意思表示である。
労働を拒否する、強い意思表示なのだ。
「ユリウス!! おまえもれんしゅうだ!!」
五歳児の怒号が飛んでくる。
「いやだ」
「なんでだ!?」
「ぼく、いま、このこ、といっしょにいるから」
やめろ。
俺を理由にするな。
「ねぇ、ユリウスくん。れんしゅう、はじまるよ?」
「うん」
「いかないの?」
「うん」
「なんで?」
「このこ、まだないてるから」
「……っ」
言うな。
俺は泣いていない。
これは……。
これは、あれだ。
生理現象だ。
朝から泣き続けた結果、涙腺が正常な機能を取り戻していないだけだ。
ぐすっ。
「おまえも!!」
来た。
五歳児が俺の前に仁王立ちする。
今の俺が知る世界――オルディス学園幼稚舎における最上位。
スミレ組。
前世なら取締役クラスだ。
「たて!!」
「……ぃや」
「れんしゅうするぞ!!」
「やらない……」
「なんでだ!?」
なんで……。
なんで、だと?
俺はゆっくりと顔を上げた。
「……きょう、きたばっかり、だから」
「?」
「おうちから、ここまで、きた」
「うん」
「もう、がんばった」
「…………」
そうだ。
俺は今日、朝起きた。
着替えた。
朝飯を食った。
歯も磨いた。
靴も自分で履いた。
母親と別れ、馬車に乗り、こうして幼稚舎までやってきた。
新社会人ならば、出社しただけで一仕事終えたようなものだ。
しかも俺は三歳。
十分だろう。
「だから、きょうは、もう、がんばらない」
「…………」
五歳児が固まった。
ユリウス少年が隣で俺を見る。
「そっかぁ」
納得するな。
ユリウス少年は頷きながら、にっこりと俺に笑いかける。
「じゃあ、ぼくも、もうがんばらない」
「ユリウスくん!?」
また悲鳴が上がった。
「こらー!!」
五歳児が叫ぶ。
「ふたりとも、たてー!!」
「ぃやだ」
「いやだ」
「たて!!」
「ぃや」
「いや」
「れんしゅう!!」
「しない」
「しない」
俺たちは床に張りついた。
五歳児が拳を握る。
そして――。
「……お゛う゛ち゛、か゛え゛り゛た゛い゛!!! ……ヒィッ……ク……ぉ゛え゛っ!! ……」
三歳児の肉体が勝手に喋った。
そもそも、生を受け、社畜となり、社畜がゆえに死んだ。
そして、目覚めた先は労働とはほど遠い乳児。
しかも、生まれた家は裕福な子爵家。
今世のガチャはSSR級。
大人になっても実家の不労所得で芸術家気取りで過ごしても十分食っていける。
宮仕などしなくていいのだ。
正に、勝ったも同然だった。
俺の仕事は食う、寝る、出す。
暇になれば泣く。
いい匂いの母や乳母に抱かれて、三食昼寝付き。
縦のものを横にせずともよい人生の始まりだった。
勝利を確信していた。
あの日までは……。
一枚の封書により、俺は今。
ここにいる。
オルディス神よ……。
なぜ、俺を選んだのだ。
俺は選ばれたくなかった。
俺は、実家でまだまだ惰眠を貪る生活をする予定だったのだ。
「せっしゃ、はたらきたくないでござる!」
「ござる?」
隣りに寝転ぶユリウス少年は天使のような顔で俺の言葉を真似る。
「ヤンくん?」
隣りのユリウス少年とよく似た顔立ちの、やたらキラキラした五歳児が話かけてくる。
これは、あれか?
乙女ゲームの世界か?
隣りのユリウス少年は天使なので間違いなく、攻略対象だろう。
将来はピンク頭と仲良くするがいい。
さようなら。
俺は攻略されないモブがいい。
悪役のご令息にくっつく三流雑魚にはならん!
「ヤンくん! ほら、立って」
「いやでござる! せっしゃは、はたらかない侍……」
ゴロンと転がり顔を隠して身体を丸める。
「はらたかないない……ざむらい?」
「ユリウスは、まねしない!」
「あれ? でんかっていわないの?」
「ここはオルディス幼稚舎だからね。みぶんはかんけいないんだよ? だから、でんかってよべないんだ」
「……そう。じゃあ、このこもユーリをユーリって呼んでいいの?」
「そうだね」
キラキラ、チカチカする二人の会話は全力で聞かない事にする。
『殿下』に『ユーリ』なんて。
そんなの死亡フラグでしかない。
前世があるからこそ、わかるのだ。
絶対に関わらない!
そしてまた一つ足音が聞こえる。
「ユリウス君。天の如き君がそのように地面に横たわると、下々の者は土竜のように地面の中に潜らねばなりません。さぁ、下々の為にも立ち上がってください」
凄く難しい事を平然と言うヤツも攻略対象だ。
アレ? 乙女ゲームの開始って幼稚園からか? 高校生じゃなくて?
まぁ、いい。
基本的にこの手の連中は馬鹿が嫌いだから馬鹿なフリして、やり過ごそう。
やり過ごしたいのだが……。
なぜ、俺の周りに集まっているんだ?
「ヤンくん」
「……」
「ヤンくん?」
「……」
聞こえない。
俺には何も聞こえない。
俺はただの三歳児。
泣いて、寝て、飯を食うだけの無害な三歳児だ。
「ねぇ、ヤンくん」
「……あー」
よし。
馬鹿っぽい。
「あー?」
「あー」
ユリウス少年が真似をする。
「ユリウス。なにしてるの?」
「あー」
やめろ。
王族を馬鹿にしたみたいになるだろ。
「……。こまったなぁ、れんしゅうがんばったら、今日はご褒美あるよってさっきジョアンナ先生が言ってたよ?」
「ごほうび?」
「ごほうびだって! なにかな?」
クラスメイトが口々にご褒美と呟く。
「でも、がんばらない子がいたらご褒美はナシだねぇ……」
「え?」
「え! ごほうびないの?!」
続けて頑張りたくないと言う自分に非難の視線が集まる。
「集団行動には、連帯責任が生じるものです。頑張っている皆さんには、関係ないことですが……。みんなは、一人のために我慢しないといけないのですよ」
なんだよ。
煽ってやがる。
俺の大嫌いな『連帯責任』
部下の失敗は上司の責任、同期の納期は同期でカバーする。
要するにいいように扱われてきた。
わかっている。
ここは自由な幼稚舎、オルディス学園。
断る権利はある。
ある……はずだが……。
「れんたいせきにん……じゃ、しょうがないので……」
もそもそと俺は立ち上がり、列の方へ歩く。
「しゅっぱーつ!!」
「……いーれーてー!!」
無情にも縄汽車が動き出す。
さらに近寄る。
すると、
「あっ、かけこみじょうしゃは、ごえんりょください!」
「あぶないので、しろいせんまでさがって! つぎのきしゃをごりようください」
「発車よーし」
左右を指差し確認する。
上級生。
「つぎのきしゃは、さんぷんごにまいります!」
俺は今、たった一人ホームに残された。
これだから公共交通機関は嫌いなんだ。
縄を握った三歳児たちが、俺の目の前を通り過ぎていく。
「ばいばーい!」
「……」
「……ヒィッ……ク……」
全俺氏が泣いた。




