入園式
大講堂は、静謐な空気に包まれていた。
高い天井。
正面には、オルディス学園の紋章が掲げられている。
壇上には学園長をはじめ、幼稚舎の教師たちが並ぶ。
そして、その前。
真新しい制服に身を包んだ、小さな子どもたちがいる。
その背中を、保護者席から見つめる。
ようやく。
ここまで来た。
真冬の夜から始まった長い入園選考を越えて、我が子が今、オルディス学園幼稚舎の園児として座っている。
すすり泣く声が聞こえた。
目元をハンカチで押さえる母親。
黙ったまま我が子を見つめる父親。
それを咎める者はいない。
誰もが、同じような思いでこの日を迎えている。
やがて。
壇上に、一人の老人が立った。
オルディス学園、学園長。
元宰相。
この国の政治を長く支え、多くの人々から敬意を集める人物である。
大講堂が静まり返る。
学園長は、ゆっくりと会場を見渡した。
保護者ではない。
その視線が向けられたのは――子どもたちだった。
「新入園児のみなさん。オルディス学園幼稚舎へ、ようこそ」
優しい声が、大講堂に響く。
きょろきょろしていた子どもたちが、壇上を見る。
「これから君たちは、ここでたくさんのおともだちと出会います。遊んだり、笑ったり、ときには喧嘩もするでしょう」
学園長は微笑んだ。
「その前に。オルディスで過ごす君たちに、覚えておいてほしいことがあります」
一本、指を立てる。
「君たちには、一つの権利があります」
園児たちが見つめる。
今度は、もう一本。
「そして、一つの義務があります」
「少し難しい言葉ですね」
何人かの園児が頷いた。
「だから今日は、二つの言葉だけ覚えてください」
学園長は、一本目の指を示した。
「まず――『入れて』」
「いれて?」
どこかから、小さな声がした。
「そう。『入れて』です」
学園長が頷く。
「君がおともだちの遊びに入りたいとき。勇気を出して、こう言ってください」
「入れて」
「これは、オルディスにいるすべての子どもが持っている権利です」
そして、二本目の指を示した。
「もう一つは――『いいよ』」
「いいよ!」
今度は何人もの声が重なった。
「そうです。よくできました」
学園長は笑った。
「おともだちから『入れて』と言われたら、君たちは『いいよ』と答えてください」
そして。
穏やかな声のまま、はっきりと言った。
「それが、君たちの義務です」
保護者席は静かだった。
単なる幼児同士の約束事ではない。
この学園が、何を子どもたちに教えようとしているのか。
大人たちには、その意味が分かる。
「君が誰であっても」
「相手が誰であっても」
「オルディスにいる間、この二つの言葉は、すべての子どもに等しく与えられます」
「『入れて』と言えること」
「『いいよ』と迎えること」
「まずは、そこから始めてください」
少しだけ間を置く。
「仲良くできるかどうかは――そのあと、君たち自身で考えればいい」
保護者席の空気が、わずかに変わった。
「先生が、おともだちを決めるのではありません」
「お父さんやお母さんが、決めるのでもありません」
「君たちが自分で話し、自分で考え、自分で決めてください」
「失敗しても構いません」
「喧嘩をしても構いません」
「分からなくなったら、先生に聞いてください」
「けれど、最初から誰かを仲間の外へ置くことだけは、してはいけません」
学園長は、新入園児たちを見渡した。
「それが、オルディスで最初に学ぶことです」
そして、微笑む。
「では、もう一度」
「君たちが、仲間に入りたいときは?」
「いれてー!」
「おともだちが『入れて』と言ったら?」
「いいよー!」
「よろしい」
学園長は満足そうに頷いた。
「今日から、この学園は君たちの学園です」
「たくさん遊びなさい」
「たくさん考えなさい」
「失敗することを恐れず、自分で選びなさい」
「そして、おともだちと共に、自分たちの世界を作っていきなさい」
学園長は、ゆっくりと両手を広げた。
「これから始まる、君たちの学園生活に――」
「オルディス神のご加護を賜らんことを!」
大講堂に、厳かに声が響いた。




