第9話 王都からの手紙
王都へ送る返答を書く作業は、思ったより大変だった。
税を下げた理由。
徴税役人の不正。
食料配布の記録。
魔物討伐の報告。
領民からの証言。
それらを、一つずつ書類にまとめる。
前世でも報告書は山ほど書いた。
だが、王子に送る報告書は初めてだ。
しかも相手は、未来で俺を断罪する男である。
ミスは許されない。
「レオン様。この表現は少し強すぎます」
隣でセシリアが言った。
「そうなのか?」
「はい。王都の方々は、正論を言われると怒る方もいます」
「面倒くさいな」
「面倒くさいのです」
セシリアが真顔で言った。
思わず笑いそうになった。
公爵令嬢でも、そう思うのか。
彼女は俺の書いた文章に、すらすらと手を入れていく。
俺が書くと、どうしても仕事の報告書になる。
不正がありました。
処分しました。
だから税を下げました。
それだけだ。
だがセシリアが直すと、かなり柔らかくなる。
『領民の負担を一時的に軽くすることで、来年以降の収穫と納税を安定させるための措置です』
なるほど。
同じ意味なのに、だいぶ印象が違う。
「すごいな」
「何がでしょう?」
「言い方がうまい」
そう言うと、セシリアは少しだけ目を丸くした。
そして、ほんのり頬を赤くする。
「……ありがとうございます」
あれ。
今、褒めたことになるのか。
いや、実際助かっているから当然だ。
「セシリア嬢がいてくれて助かった。俺だけなら、王都を怒らせる文章を送っていた」
「レオン様は、率直すぎるところがありますから」
「それは欠点か?」
「場合によります」
セシリアは小さく笑った。
「ですが、私は悪いことだとは思いません」
そう言われると、妙に落ち着かない。
俺はごまかすように書類へ目を戻した。
「とにかく、証拠を全部つける。後から言い逃れできないようにする」
「はい。それがよろしいと思います」
俺たちは夜まで作業を続けた。
バルトは商人との契約書をそろえた。
騎士団長は魔物討伐の報告書を書いた。
村長たちは、食料を受け取った証言を出してくれた。
それらをまとめ、王都へ送る。
これで、少なくとも説明はできる。
王子が納得するかは別だが。
数日後。
王都。
王宮の一室で、王子アルベルトは報告書を読んでいた。
「ふん。ずいぶんと言い訳を並べたものだな」
金髪の王子は、書類を机に放った。
そばには、取り巻きの貴族たちがいる。
「税を下げ、領民に食料を配り、魔物を討伐した、か」
「一見、立派な行いに見えますな」
貴族の一人が言った。
だが、アルベルトは顔をしかめる。
「一見、だ。あのレオン・グランヴェルが、急に善人になると思うか?」
「たしかに、不自然でございます」
「民の人気を集め、領地の兵を動かし、不正役人を処分する。見方を変えれば、領地の支配を強めているとも言える」
取り巻きたちがうなずく。
「さすが殿下。深く見ておられる」
「グランヴェル家は昔から危険な家だと聞きます」
「辺境で力を持ちすぎているとも」
アルベルトは満足げにうなずいた。
「やはり、監視が必要だな」
彼は別の書類を手に取る。
そこには、セシリアの名もあった。
「セシリア嬢まで、あの男に近づいているという話もある」
「婚約者ですから、当然では?」
「違う。あの男が何か吹き込んだのだろう」
アルベルトは不快そうに言った。
「セシリア嬢は聡明な令嬢だ。あのような悪評高い男に、心から従うはずがない」
取り巻きたちは顔を見合わせる。
だが、誰も否定しない。
王子の言葉に逆らう者はいなかった。
「グランヴェル領へ、改めて書状を送る」
アルベルトは言った。
「学園入学前に、レオンを王都へ呼び出す。直接確かめる」
「殿下自らでございますか」
「ああ。あの男が何を企んでいるのか、私が見抜いてやる」
王子は自信に満ちた顔で笑った。
書類の中にある領民の感謝も、商人の証言も、騎士団の報告も。
彼の目には、すべて都合のいい演出に見えていた。
同じころ。
グランヴェル領の屋敷では、俺が新しい帳簿とにらみ合っていた。
「……また費用が合わない」
税の問題は一つ片づいた。
だが、今度は騎士団の装備費がおかしい。
鎧を買った記録がある。
しかし倉庫には、古い鎧しかない。
剣の修理費も高い。
だが、騎士たちの剣は傷だらけだ。
つまり、ここにも誰かがいる。
金を抜いている誰かが。
「この領地、穴だらけだな……」
俺は頭を抱えた。
破滅フラグを折ったと思えば、また別のフラグが出てくる。
本当に休む暇がない。
その時、バルトが入ってきた。
「若様。王都より、再び書状が届きました」
「早くないか?」
嫌な予感しかしない。
俺は封を切った。
そこには、王子アルベルトからの命令が書かれていた。
『学園入学前に、王都へ出向くよう命じる。近ごろの行いについて、直接話を聞きたい』
俺は無言で手紙を置いた。
来た。
王子との接触イベントだ。
原作では、ここでレオンが王子に反発し、悪評をさらに強める。
断罪への大きな一歩。
絶対に失敗できない。
「若様?」
バルトが心配そうに俺を見る。
俺は大きく息を吐いた。
「王都へ行くことになった」
「王都へ……」
「面倒なことになったな」
そう言いながら、俺は手紙をもう一度見る。
王子は、たぶん俺を疑っている。
何をしても悪く取るつもりだろう。
なら、こちらも準備するしかない。
証拠をそろえる。
領地を固める。
セシリアにも相談する。
そして、王都で余計なことを言わない。
怒鳴らない。
威張らない。
挑発に乗らない。
俺は自分に言い聞かせた。
悪役らしくするな。
悪役らしくしたら死ぬ。
「バルト。王都へ持っていく資料をまとめる」
「かしこまりました」
「それと、騎士団の装備費も調べろ。こっちも怪しい」
バルトが一瞬だけ驚き、それから深く頭を下げた。
「若様は、王都へ呼ばれても領地のことをお考えなのですね」
違う。
考えないと死ぬからだ。
だが、もう否定する気力もない。
俺は窓の外を見る。
遠くに、畑と村が見えた。
あの村を守るために動いた。
税を下げた。
食料を配った。
魔物を倒した。
その結果、王都に目をつけられた。
理不尽だ。
かなり理不尽だ。
でも、ここで逃げたら、原作通りに破滅する。
俺は手紙を握った。
「いいだろう。王都でも、破滅フラグを折ってやる」
声は少し震えていた。
それでも、言葉にした。
俺はもう、何もしない悪役貴族ではいられない。




