第8話 セシリア、味方になる
王都から届いた手紙には、王子アルベルトの名があった。
『グランヴェル領における近ごろの政策について、詳しい説明を求める』
短い文章だった。
だが、圧は強い。
つまり、こういうことだ。
勝手に税を下げるな。
勝手に領民を助けるな。
王都に逆らうつもりか。
そう言われている気がした。
「面倒なことになったな……」
俺は手紙を机に置いた。
王子アルベルト。
原作の攻略対象。
そして、最後に俺を断罪する相手。
正義感が強い。
ただし、自分の見たいものしか見ない。
原作では、レオンを悪と決めつけて追い詰める。
そんな相手から、早くも目をつけられた。
最悪だ。
俺はまだ、領地の問題すら片づけきれていないのに。
「若様。いかがいたしますか」
バルトが不安そうに聞いてくる。
「説明は出す。税を下げた理由、不正役人の処分、食料配布、魔物対策。全部まとめる」
「正直にお伝えするのですか?」
「ああ。変に隠すと余計に怪しまれる」
前世でもそうだった。
トラブルの報告を遅らせると、だいたいもっと面倒になる。
最初から資料をそろえて出す方がいい。
ただし。
「問題は、王子がそれを正しく読むかどうかだ」
王子は、俺を悪役として見る。
善政をしても、人気取りだと言うかもしれない。
不正役人を裁いても、権力を固めていると言うかもしれない。
領民を助けても、王都に対抗するための演出だと言うかもしれない。
考えれば考えるほど、胃が痛くなる。
俺は椅子にもたれた。
「結局、どう動いても悪く取られる可能性があるんだよな……」
「レオン様」
静かな声がした。
振り向くと、セシリアが立っていた。
いつからいたのか。
彼女の手には、王都からの手紙の写しがある。
「すみません。バルト様から事情をうかがいました」
「いや、構わない」
むしろ助かる。
セシリアは公爵令嬢だ。
王都の貴族事情には、俺よりずっと詳しい。
「王子殿下は、昔から少し思い込みの強い方です」
セシリアは言葉を選ぶように言った。
少し、というのは優しい表現だと思う。
「一度悪い印象を持つと、その後の行動まで悪く見てしまうところがあります」
「だろうな」
まさに原作通りだ。
「では、やはり俺は疑われるか」
「はい」
即答だった。
ちょっと傷つく。
だが、セシリアは続けた。
「ですが、疑われることと、罪があることは違います」
俺は彼女を見る。
「王都が何かを言ってきても、事実を積み重ねればよいのです。税を下げたこと。村を救ったこと。不正を裁いたこと。魔物から民を守ったこと」
セシリアの声は落ち着いていた。
「それらは、すべて本当のことです」
「だが、王子は信じないかもしれない」
「ならば、信じざるを得ない形にすればよいのです」
セシリアは机の上の帳簿を見た。
「領民の証言。商人との契約書。処分した役人の証拠。騎士団の報告書。すべてそろえましょう」
「……そこまでやるのか?」
「はい。王都では、正しいことをしただけでは足りません。正しいことをした証拠が必要です」
俺は思わず感心した。
強い。
この子、想像以上に有能だ。
原作では、王子側につく令嬢という印象しかなかった。
だが今、目の前にいるセシリアは違う。
冷静で、現実を見ている。
「セシリア嬢は、王都のやり方に詳しいんだな」
「公爵家の娘ですから」
彼女は少しだけ苦笑した。
「笑顔でほめながら、次の日には足を引く方もおります。きれいな言葉だけを信じてはいけないと、父から教えられました」
怖いな、王都。
できれば一生関わりたくない。
だが、無理だ。
俺は悪役貴族。
王都と学園からは逃げられない。
だったら準備するしかない。
「分かった。証拠をそろえる」
「私も手伝います」
その言葉に、俺は少し固まった。
「いや、そこまでしなくていい。君を巻き込むわけには――」
「もう巻き込まれています」
セシリアははっきり言った。
「私はレオン様の婚約者です。あなたが疑われれば、私にも関係します」
「それは、そうだが」
「それに」
彼女は少しだけ目を伏せた。
「私は、自分の目で見ました」
静かな声だった。
「領民の方々が、あなたに感謝しているところを。北の村で、あなたが誰より先に危険へ備えたところを。不正を許さず、民を守ろうとしたところを」
セシリアは顔を上げる。
「だから、私は王都の噂より、自分が見たものを信じます」
言葉が出なかった。
胸の奥が変に熱い。
俺はただ、破滅したくなくて動いていただけだ。
死にたくない。
断罪されたくない。
そのために必死だった。
でも、セシリアはそれを見ていた。
見た上で、信じると言っている。
「……本当にいいのか?」
「はい」
「王子に目をつけられるかもしれない」
「構いません」
「王都の貴族に悪く言われるかもしれない」
「慣れています」
「俺は、噂では悪役貴族だぞ」
そう言うと、セシリアは初めて少しだけ笑った。
「噂と違うことは、もう知っています」
ずるい。
そんなふうに言われたら、何も返せない。
俺は視線をそらした。
「では、頼む。力を貸してほしい」
「はい」
セシリアは嬉しそうにうなずいた。
「あなたが領民を守るなら、私はあなたを守ります」
その言葉は、静かだった。
けれど、不思議なくらい強かった。
バルトが横で感動した顔をしている。
やめろ。
泣くな。
俺はまだ何も成し遂げていない。
ただ、少しだけ状況が変わっただけだ。
原作で俺を見限るはずだった婚約者が、今は俺の味方になっている。
これは大きい。
かなり大きい。
破滅フラグが一本、折れた気がする。
「では、まずは資料をまとめる。バルト、商人との契約書を全部出してくれ。騎士団長には魔物討伐の報告書を書かせる」
「かしこまりました」
「セシリア嬢、王都向けの言い回しを見てもらえるか?」
「もちろんです」
セシリアはすぐに席へついた。
その姿は、とても頼もしかった。
俺は机の上の手紙を見る。
王子アルベルト。
いずれ俺を断罪する相手。
だが、今の俺は一人ではない。
バルトがいる。
領民がいる。
そして、セシリアがいる。
そう思うと、少しだけ息がしやすくなった。
もちろん、安心はできない。
王都は敵になるかもしれない。
断罪イベントも消えたわけではない。
それでも、今はやることがはっきりしている。
証拠を集める。
領地を立て直す。
悪役らしいことを全部やめる。
そして、絶対に破滅しない。
俺はペンを取った。
「よし。王都に、きっちり説明してやる」
セシリアが隣で微笑む。
「はい。私もお手伝いします、レオン様」
こうして俺は、婚約者という最強の味方を得た。




