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第7話 税を下げたら収入が増えた

 翌朝。


 執務室には、徴税役人たちが集められていた。


 全員で五人。


 その中で、一番偉そうな男がいた。


 丸い腹。

 太い指。

 やけに豪華な指輪。


 名前はダレン。


 グランヴェル領の税を取りまとめている役人だ。


 原作では名前も出なかった。

 だが今の俺には分かる。


 こいつは、かなり危ない。


 《最悪予測》で見た未来。


 怒った領民。

 泣く子ども。

 無理やり持っていかれる麦袋。


 その中心にいたのが、この男だった。


「若様。急にお呼びとは、何用でございましょう」


 ダレンは頭を下げた。


 だが、態度は軽い。


 十五歳の俺を、完全に下に見ている。


 まあ、分かる。


 昨日までのレオンなら、帳簿など見なかったのだろう。


 だから今も、誤魔化せると思っている。


「税の取り方を見直す」


 俺が言うと、役人たちが顔を見合わせた。


 ダレンが笑う。


「それは結構なことでございます。しかし、税は昔からの決まりがございますゆえ、急には変えられませぬ」


 出た。


 昔から。


 前世でも何度も聞いた言葉だ。


 だいたい、変えたくない人間が使う。


「今年の税は、すべての村で三割下げる」


 部屋の空気が止まった。


「さ、三割でございますか?」


「ああ」


「若様、それでは領主家の収入が減ります」


「本当に減るのか?」


 俺は帳簿を机に置いた。


「去年、北の村から取った税はこれだけだな」


「はい」


「だが、領主家に入った額はその六割しかない。残りはどこへ行った?」


 ダレンの顔が少しだけ動いた。


「そ、それは輸送費や管理費でございます」


「輸送費が高すぎる。管理費も中身がない」


「必要な費用でして」


「なら、明細を出せ」


 ダレンが黙った。


 他の役人たちも目をそらす。


 分かりやすい。


「出せないのか?」


「急に言われましても……」


「昨日の夜に命じたはずだ。準備する時間はあった」


 ダレンの額に汗が浮かぶ。


 俺は別の紙を出した。


「それから、これは商人ギルドから取った輸送記録だ。実際の輸送費は、帳簿の半分以下だった」


「なっ……」


 ダレンが目を見開く。


 昨日のうちに、バルトに頼んで集めさせたものだ。


 前世で学んだ。


 怪しい数字は、別の資料と比べる。


 それだけで、かなり分かる。


「説明しろ」


「そ、それは……」


「できないなら、こちらで判断する」


 俺は静かに言った。


「お前たちは税を取りすぎていた。しかも、その一部を領主家に納めず、自分たちで抜いていた」


 役人たちの顔が青くなる。


 ダレンだけが、まだ抵抗した。


「若様! そのような証拠もなく!」


「証拠ならある」


 扉が開いた。


 バルトが二人の使用人を連れて入ってくる。


 使用人たちは、木箱を運んでいた。


 中には、金貨と証文が入っている。


「ダレン殿の屋敷から見つかりました」


 バルトの声は冷たい。


「村から取り立てた麦の一部を、王都商人に横流しした証文もございます」


 ダレンの顔から血の気が引いた。


「な、なぜそれを……」


 言った。


 今、言ったな。


 俺は小さく息を吐いた。


「認めるんだな」


「ち、違……」


「もういい」


 俺はバルトに目を向けた。


「ダレンを拘束しろ。他の役人も調べる。不正に関わった者は全員解任だ」


「かしこまりました」


 騎士たちがダレンを押さえる。


 ダレンは暴れた。


「若様! お待ちください! 私は長年グランヴェル家に仕えて――」


「長年仕えて、領民から盗んだのか」


 俺がそう言うと、ダレンは黙った。


 許すつもりはない。


 中途半端に許せば、また同じことをする。


 それに、こういう人間を放っておけば、俺の断罪材料になる。


 悪いが、処分だ。


「牢に入れろ。証拠をまとめて、正式に裁く」


「はっ!」


 ダレンは引きずられていった。


 残った役人たちは震えている。


 俺は彼らを見る。


「不正をしていない者は、正直に働けばいい。だが、領民から必要以上に奪う者は許さない」


「は、はい!」


 返事はそろっていた。


 たぶん、かなり怖がらせた。


 悪役っぽくなかっただろうか。


 少し不安になる。


 だが、セシリアの声がした。


「レオン様」


 いつの間にか、彼女が扉の近くにいた。


 見ていたらしい。


「今のは、必要な厳しさだと思います」


「そうか?」


「はい。民を苦しめる者を罰するのは、領主に必要な役目です」


 そう言われて、少し安心した。


 悪役の怒りではない。


 領主としての処分。


 そう見えたなら、よかった。


 その日のうちに、新しい税の決まりを出した。


 今年の税は三割下げる。


 不作の村はさらに減らす。


 病人や子どもが多い家には、支払いを待つ。


 その代わり、徴税は領主家が直接確認する。


 役人の勝手な上乗せは禁止。


 これだけだ。


 難しい制度ではない。


 だが、村人たちは泣いて喜んだ。


「若様が、税を下げてくださった!」


「これで冬を越せる!」


「もう役人に麦を奪われずに済むんだ!」


 屋敷の前に集まった村人たちが、何度も頭を下げる。


 俺は落ち着かない。


 まただ。


 また褒められている。


 まだ慣れない。


 だが、前よりは少しだけ受け取れる気がした。


「来年も収穫できるよう、畑と水路を直す。無理はするな」


「はい、若様!」


 村人たちの声は明るい。


 その横で、バルトが帳簿を見ていた。


「若様」


「今度は何だ?」


「税を下げたにもかかわらず、領主家に入る額は大きくは減らぬ見込みです」


「そうか」


「不正な中抜きが消えたため、むしろ村によっては収入が増えるかもしれません」


 やっぱりか。


 税が高いから収入が多いとは限らない。


 途中で盗まれていたら意味がない。


 前世の会社でもそうだった。


 現場から搾り取っても、途中で無駄が増えれば利益は消える。


 大事なのは、ちゃんと回る仕組みだ。


「若様は、ここまで読んでおられたのですね」


 バルトが感動した顔をする。


 違う。


 そこまでは読んでいない。


 帳簿が雑すぎただけだ。


「偶然だ」


「ご謙遜を」


 謙遜ではない。


 本当に偶然に近い。


 だが、言っても信じてもらえない。


 横を見ると、セシリアが静かに微笑んでいた。


「レオン様は、領民を苦しめずに領地を豊かにする道を選ばれたのですね」


「そんな大げさなものじゃない」


「いいえ。とても立派なことです」


 やめてくれ。


 また胸がむずがゆくなる。


 俺は視線をそらした。


「まだ問題は残っている。畑も水路も騎士団も、このままでは駄目だ」


「それでも、一つずつ良くなっています」


 セシリアの声はやさしかった。


「あなたが、変えているのです」


 俺は何も言えなかった。


 変えている。


 本当にそうなのだろうか。


 ただ破滅したくなくて動いているだけなのに。


 でも、村人たちの顔は明るくなっている。


 使用人たちの目も変わっている。


 少なくとも、悪い方向ではない。


 なら、このまま進むしかない。


 悪役貴族として断罪されないために。


 そして、できれば。


 この領地を、これ以上壊さないために。


 その時、バルトが一通の手紙を持ってきた。


「若様。王都より書状が届いております」


「王都?」


 嫌な予感がした。


 封蝋には、王家の紋章がある。


 俺は手紙を開いた。


 そこには、王子アルベルトの名があった。


『グランヴェル領における近ごろの政策について、詳しい説明を求める』


 俺は思わずため息をついた。


「次は王都かよ」


 破滅フラグは、折っても折っても生えてくるらしい。

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