第6話 俺はただ破滅したくないだけだ
北の村から屋敷へ戻ると、なぜか使用人たちが玄関前に並んでいた。
その先頭に、家令のバルトがいる。
「若様。北の村の件、すでに報告を受けております」
「早いな」
「村の者が、涙ながらに知らせに参りました」
嫌な予感がした。
いや、悪い報告ではない。
むしろ良い報告なのだろう。
だが、こういう空気は落ち着かない。
バルトは深く頭を下げた。
「魔物の襲撃を事前に見抜き、村人を一人も失わず守り切るとは……。まことに見事でございます」
後ろの使用人たちも頭を下げる。
「若様、すばらしいお働きでございました」
「村の者たちも、若様に大変感謝しておりました」
「グランヴェル家の誇りでございます」
やめてくれ。
本当にやめてくれ。
俺はそんな立派なことを考えていない。
未来が見えた。
怖かった。
死にたくなかった。
だから動いた。
それだけだ。
しかし、ここで「俺は自分のためにやっただけだ」と言うのも変だ。
俺は咳払いした。
「皆が動いてくれたおかげだ。騎士団と村人にも礼を伝えてくれ」
そう言うと、バルトの目がさらに潤んだ。
「手柄を独り占めなさらぬとは……」
違う。
そういう意味ではない。
俺はただ、褒められるのに慣れていないだけだ。
前世では、褒められることなどほとんどなかった。
失敗すれば怒鳴られた。
成功しても、次の仕事が増えるだけだった。
だから、まっすぐ感謝されると困る。
どう反応していいか分からない。
「レオン様」
横からセシリアの声がした。
彼女も馬車から降りたところだった。
「皆さんは、本当にあなたに感謝しているのです。受け取って差し上げてもよいのでは?」
「……そういうものか?」
「はい」
セシリアは小さく微笑む。
「助けた方が、感謝を拒まれてしまうと、助けられた方も困ってしまいますから」
なるほど。
そういう考え方もあるのか。
俺は少し迷ってから、使用人たちに向き直った。
「分かった。皆、ありがとう。これからも力を貸してくれ」
使用人たちの顔が明るくなった。
「はい、若様!」
声が揃う。
なんだろう。
少しだけ、胸がむずがゆい。
その夜。
俺は執務室で帳簿を広げていた。
魔物は倒した。
村人も助けた。
セシリアからの印象も、たぶん悪くはない。
だが、安心はできない。
問題は、山ほどある。
税。
食料。
畑。
水路。
騎士団。
商人。
村ごとの備蓄。
帳簿を見るほど、頭が痛くなってきた。
「これ、断罪以前に領地が死ぬやつだろ……」
思わず声が漏れた。
税は高い。
だが、領主家の収入は思ったほど多くない。
なぜか。
途中で消えている金があるからだ。
徴税役人の手数料。
輸送費。
保管費。
よく分からない特別管理費。
名前だけで中身のない項目が多すぎる。
前世でも見たことがある。
こういう帳簿は、だいたい誰かが抜いている。
しかも悪いことに、税が高いせいで領民は弱っている。
領民が弱れば畑も荒れる。
畑が荒れれば収穫が減る。
収穫が減れば、さらに税を上げる。
完全な悪循環だ。
原作のレオンは、この状態を放置した。
いや、むしろ悪化させた。
その結果、領民から恨まれ、断罪された。
当然だ。
俺でも断罪する。
「若様」
バルトが茶を持ってきた。
「まだお休みになられないのですか?」
「この帳簿を見たら眠れなくなった」
バルトが少し気まずそうな顔をする。
「やはり、問題がございますか」
「かなりある」
俺は帳簿の一部を指さした。
「この特別管理費は何だ?」
「徴税役人たちが、村ごとの管理に必要だと申しておりました」
「具体的には?」
「それは……」
バルトが言葉に詰まる。
つまり、誰も分かっていない。
「この輸送費も高すぎる。食料を運ぶだけで、なぜここまでかかる」
「昔から、その形で処理されておりまして」
「昔から、か」
危険な言葉だ。
前世でもよく聞いた。
昔からこうだから。
前任者もこうしていたから。
今さら変えられないから。
そして問題は大きくなる。
「見直す」
「は?」
「税の取り方を見直す。不明な費用も全部調べる。徴税役人を呼べ」
バルトの顔が引き締まった。
「かしこまりました」
「あと、村ごとの収穫量も出してくれ。払える村と払えない村を同じ扱いにするな」
「それは……かなり手間がかかります」
「手間を惜しんで領地が壊れたら、もっと面倒だ」
俺は本気だった。
面倒ごとは嫌いだ。
だが、放置した面倒ごとはもっと嫌いだ。
前世で嫌というほど知っている。
小さい火種を無視すると、あとで大火事になる。
「若様は、そこまで……」
「感動するな。まだ何もしていない」
そう言うと、バルトは少し笑った。
「失礼いたしました」
その時、また視界が揺れた。
来た。
《最悪予測》だ。
見えたのは、村の広場。
怒った領民。
偉そうな役人。
無理やり持っていかれる麦袋。
そして、泣いている子ども。
【五日後、徴税役人の不正により、領民の反発が広がります】
「……次は役人か」
俺は額を押さえた。
本当に休ませてくれない。
「若様?」
「バルト。徴税役人を明日の朝、全員呼べ」
「全員でございますか?」
「ああ」
俺は帳簿を閉じた。
「この領地の税を、根本から見直す」
俺はただ破滅したくないだけだ。
だが、破滅を避けるには、領地を立て直すしかないらしい。
無理ゲーだ。
でも、やるしかない。
悪役貴族として断罪されるよりは、ずっとましだ。




