第49話 領地へ帰る
王都を出る朝。
見送りに来た者は、思ったより多かった。
セシリア。
バルト。
ガルド。
マルク。
そして、王宮から派遣された騎士たち。
王子アルベルトの姿もあった。
彼は少し離れた場所に立ち、こちらを見ている。
昨日までのような敵意はない。
だが、完全な信頼もない。
迷っている顔だった。
「レオン」
王子が近づいてくる。
「北の封石について、報告を怠るな」
「承知しました」
「君を信じたわけではない」
「分かっています」
「だが、もし君の言う最悪が本当なら、王国全体の危機だ」
王子の声は硬かった。
正義感だけで突っ走っていた時とは違う。
自分の目で確かめようとしている。
それだけで、かなりましだ。
「殿下からお預かりする騎士たちは、こちらで指揮しても?」
「現地では君の判断に従わせる」
少し驚いた。
「よろしいのですか?」
「辺境の魔物については、君たちの方が詳しい」
王子は少し悔しそうに言った。
「それくらいは、私にも分かる」
変わり始めている。
そう感じた。
俺は一礼する。
「必ず報告します」
「ああ」
王子は短くうなずいた。
馬車が動き出す。
王都の門が遠ざかっていく。
長かった。
王子との初対面。
孤児院。
模擬戦。
学園。
断罪舞踏会。
何度も破滅フラグを踏みかけた。
それでも、生き残った。
断罪されなかった。
セシリアにも見限られなかった。
むしろ、彼女は今も隣に座っている。
「レオン様」
「何だ?」
「少しだけ、ほっとしておられますね」
「分かるか?」
「はい」
「正直、王都を出られてかなり安心している」
セシリアは小さく笑った。
「ですが、次は北の封石ですね」
「そうなんだよな」
安心した直後に次の最悪。
本当に休ませてくれない。
だが、以前とは違う。
今の俺は、ただ破滅から逃げているだけではない。
何を守るべきか、少しずつ分かってきた。
グランヴェル領。
領民。
封石。
三つの印。
そして、隣にいるセシリア。
守るものが増えた。
面倒だ。
でも、悪くない。
数日後。
グランヴェル領へ戻ると、屋敷の前には領民たちが集まっていた。
俺たちの馬車を見るなり、歓声が上がる。
「若様!」
「お帰りなさいませ!」
「王都で断罪されなかったと聞きました!」
情報が早い。
というか、言い方が直球すぎる。
断罪されなかったって何だ。
いや、事実だが。
村長が前へ出て、深く頭を下げた。
「若様。ご無事で何よりでございます」
「心配をかけた」
「若様が悪い方ではないことを、王都の者たちも少しは分かったでしょう」
領民たちがうなずく。
「若様は俺たちを救ってくれた!」
「悪役貴族なんかじゃない!」
「若様はグランヴェルの誇りです!」
重い。
感情が重い。
だが、胸の奥が熱くなった。
俺はここに戻ってきた。
王都ではなく、ここが俺の場所なのだと、少し思ってしまった。
「まだ安心するな」
俺は領民たちに向けて言った。
「北の森に異変があるかもしれない。森には近づくな。子どもだけで外へ出るな。水と食料も数日分、各村で備えろ」
領民たちはすぐに表情を引き締めた。
もう誰も笑わない。
俺が最悪を口にした時、それをただの心配性だと笑う者はいなかった。
「分かりました!」
「森には近づかせません!」
「村の備蓄を確認します!」
動きが早い。
信じてくれている。
それが、ありがたくて少し怖かった。
屋敷に入ると、すぐに報告が来た。
北の森を見張っていた騎士からだ。
ガルドが厳しい顔で書状を読む。
「若様。封石の表面に、黒い筋が出たとのことです」
息が止まる。
予測通りだ。
「霧は?」
「まだ出ておりません。ただ、周囲の草が一部枯れていると」
視界で見た光景に近い。
猶予はある。
だが、長くはない。
「すぐに森へ向かう」
俺が言うと、セシリアが立ち上がった。
「私も参ります」
「危険だ」
「だからこそです」
また即答だ。
バルトも頭を下げる。
「若様。私も同行いたします」
「屋敷の指揮は?」
「副官に任せます。古文書の解読には、私もお役に立てるかと」
確かに、古いグランヴェル家の記録ならバルトが詳しい。
ガルドは剣に手を置いた。
「騎士団も準備済みです」
王宮騎士の隊長も一礼した。
「殿下より、現地ではグランヴェル卿の判断に従うよう命じられております」
味方がいる。
王宮騎士まで。
少し前なら考えられなかったことだ。
俺はうなずいた。
「では行く。だが、無理に封石へ近づくな。黒い霧が出たら下がれ。草が枯れるほど危険だ」
「はっ!」
全員の声がそろった。
北の森へ向かう道。
空は曇っていた。
森に近づくほど、風が冷たくなる。
嫌な感じだ。
前に来た時より、空気が重い。
セシリアが隣で小さく言った。
「レオン様」
「何だ?」
「怖いですか?」
「かなり」
「私もです」
意外だった。
彼女はいつも強い。
だから、怖いと言うとは思わなかった。
だが、セシリアは続けた。
「でも、あなたが隣にいるので進めます」
また心臓に悪いことを言う。
俺は少しだけ笑った。
「俺は君が隣にいるから逃げられない」
「それは良い意味ですか?」
「かなり良い意味だ」
セシリアは少し頬を赤くした。
こんな状況なのに、なぜか少しだけ気が楽になった。
やがて、森の奥に石碑が見えてきた。
古いグランヴェル家の紋章。
剣と盾。
麦の穂。
その表面には、黒い筋が走っていた。
予測で見た通りだ。
俺は息をのむ。
石碑の足元では、草が黒く枯れている。
ガルドが低く言った。
「若様……」
「ああ」
俺は封石を見つめた。
断罪舞踏会を越えた先にあった、本当の危機。
グランヴェル家が守ってきたもの。
その封印が、今まさに崩れかけている。
その時、石碑の黒い筋が、わずかに広がった。
ぴしり、と乾いた音が森に響く。
全員が息を止めた。
俺の視界がまた歪む。
見えたのは、黒い霧に包まれた村。
そして、セシリアが倒れる未来。
【今夜、封石が崩壊します】
俺は拳を握った。
最悪が来る。
だが、今度も先に見えた。
なら、まだ間に合う。
「全員、準備しろ」
俺は言った。
「今夜、この封石を守る」




