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第47話 王家が隠した真実

 断罪舞踏会は、終わった。


 いや、正確には止まっただけだ。


 俺への処分は保留。

 グランヴェル家の過去は、王宮で精査。

 古文書と地図の写しは、王宮へ提出。


 完全勝利ではない。


 だが、断罪は回避した。


 それだけで今夜は十分だった。


 そう思いたかった。


 けれど、胸の奥のざわつきは消えなかった。


 宰相クラウス・ヴァーレン。


 あの男は、最後まで余裕を崩さなかった。


 俺を見る目は、敵を見る目というより、予定外に動いた駒を見る目だった。


 それが、妙に気持ち悪い。


「レオン様」


 セシリアが隣で声をかけてくる。


「顔色が悪いです」


「かなり疲れた」


「当然です。あれだけの場で反論されたのですから」


「でも、まだ終わっていない」


 俺は小さく言った。


「宰相は、証拠を取りに来た。調査するためじゃない。たぶん、管理するためだ」


 消すため。


 とは言わなかった。


 だが、セシリアには伝わったようだった。


「原本は公爵家と学園にあります。すぐには消せません」


「ああ。だからまだ戦える」


 そう答えたものの、安心はできなかった。


 王宮は大きい。


 王家の名も、宰相の権限も重い。


 こちらが写しを持っているだけでは、いずれ押し潰されるかもしれない。


 だから、次の証拠が必要だった。


 もっと強く、消せない証拠が。


 俺たちは大広間を出て、王宮の控え室へ向かっていた。


 その途中、バルトが近づいてきた。


 手には古い封筒がある。


「若様。先ほど、公爵家の使者より預かりました」


「公爵家から?」


「はい。セシリア様のお父上より、至急お渡しするようにと」


 セシリアの表情が変わる。


「父が……?」


 封を開く。


 中には、短い手紙と一枚の写しが入っていた。


 手紙には、こう書かれていた。


『王家の公式記録に出ない名を見つけた。グランヴェル家は、北門の守護者であった』


 北門の守護者。


 俺は息をのんだ。


 その言葉は、学園の古地図にもあった。


 北門の守り、グランヴェルに託す。


 偶然ではない。


 やはり、つながっている。


 俺は写しに目を落とした。


 そこには、三つの印の名が記されていた。


 井戸の印。

 孤児舎の印。

 祈堂の印。


 その横には、古いグランヴェル家の紋章。


 剣と盾。

 麦の穂。


 村の古井戸。

 王都の孤児院。

 まだ見つかっていない祈堂。


 そして、その下に一文。


『三印崩れし時、北門開き、魔の流れ再び王国へ至る』


 背筋が冷たくなった。


 これは、ただの昔話ではない。


 封石と印は、今も意味を持っている。


「レオン様……」


 セシリアの声が震えた。


「あの井戸も、孤児院の石板も、ただの遺跡ではなかったのですね」


「ああ」


 俺は紙を握る。


「王家は、それを知っていたのか?」


 知っていて隠したのか。


 知らずに消したのか。


 どちらでも最悪だ。


 もし三つの印が本当に王国を守っているなら、グランヴェル家を潰すことは、王国そのものを危険にする。


 それなのに、宰相は断罪を進めた。


 なぜだ。


 考えた瞬間、視界が歪んだ。


 《最悪予測》。


 見えたのは、北の森。


 雨も降っていないのに、木々がざわめいている。


 森の奥にある古い石碑。


 あれは、俺が見つけたグランヴェル家の紋章入りの石碑だ。


 その表面に、黒いひびが走る。


 ひびは、ゆっくり広がった。


 石碑の下から、黒い霧が漏れ出す。


 騎士たちが剣を抜く。


 だが、霧に触れた草が一瞬で枯れた。


 次に見えたのは、村だった。


 逃げる村人。

 倒れる馬。

 泣く子ども。


 そして、森の奥で、封じられていた何かがゆっくり目を開く。


【北の封石が崩れます】


 俺は壁に手をついた。


「レオン様!」


 セシリアが支えてくれる。


 息が荒い。


 今の未来は、今までのものと違った。


 個人の破滅ではない。


 領地全体。


 いや、王国全体に関わる未来だ。


「……北だ」


「北?」


「グランヴェル領の森。あの石碑が崩れる」


 バルトの顔色が変わった。


「封石が、でございますか」


「ああ。黒い霧が出ていた。触れた草が枯れていた」


 セシリアが手紙を見つめる。


「三つの印と封石。すべてつながっているのですね」


 俺はうなずいた。


 そして、ようやく少し分かった。


 《最悪予測》は、俺の破滅だけを見せているわけではない。


 グランヴェル家が守るべき最悪を、見せている。


 だから、領民の飢えも見えた。

 魔物の襲撃も見えた。

 孤児院の火事も見えた。

 断罪舞踏会も見えた。


 全部、グランヴェル家の役目に関わっていたのかもしれない。


「若様」


 バルトが震える声で言った。


「では、その力は……」


「分からない」


 俺は正直に答えた。


「でも、ただの便利な未来予知じゃない。たぶん、グランヴェル家に関係する力だ」


 便利。


 そう言ったが、便利とはほど遠い。


 見えるのは、いつも最悪だけだ。


 誰かが死ぬ未来。

 領地が壊れる未来。

 俺が断罪される未来。


 楽な未来など、一度も見えない。


 だが、その最悪を防げるなら。


 この力にも意味がある。


 セシリアが俺の手を握った。


「なら、なおさら戻らなければなりません」


「ああ」


 俺は手紙をたたむ。


 断罪舞踏会を乗り切った。


 だが、次の最悪はもう見えている。


 北の封石。


 三つの印。


 王家が隠した真実。


 すべてが、グランヴェル領へつながっている。


「バルト。すぐ領地へ早馬を出せ。森の石碑に騎士を置け。誰も近づけるな」


「かしこまりました!」


「それから、古井戸も見張らせろ。祈堂についても調べる。村の古老、教会、古い地図、何でもいい」


「すぐに」


 バルトは深く頭を下げ、走るように去っていった。


 俺はセシリアを見る。


「セシリア嬢」


「はい」


「すまない。また面倒に巻き込む」


 彼女は静かに首を振った。


「私は、あなたの隣にいると決めました」


 その言葉に、少しだけ息が楽になる。


「それに、これはグランヴェル家だけの問題ではありません。王国全体の問題です」


「そうだな」


 断罪は止まった。


 だが、本当の危機はこれからだ。


 悪役貴族の正体。


 王家が隠した歴史。


 そして、北から来る最悪。


 俺はもう逃げられない。


 いや。


 逃げる気は、もうなかった。


「領地へ戻る」


 俺は静かに言った。


「今度は、王都ではなく北の最悪を止める」


 セシリアは迷わずうなずいた。


「はい。私も参ります」


 その即答に、胸の奥が熱くなった。


 俺は公爵家から届いた写しを握る。


 断罪舞踏会で、俺は悪役として終わらなかった。


 なら次は、グランヴェル家が本当に何を守ってきたのか。


 それを、自分の目で確かめる番だ。

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