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第46話 悪役貴族の歴史

 王国宰相クラウス・ヴァーレンが前に出た瞬間、大広間の空気が変わった。


「見事な弁明だ、レオン・グランヴェル」


 宰相は穏やかに言った。


「だが、君個人の行いが正しかったとしても、グランヴェル家そのものの危険性は消えぬ」


 来た。


 個人ではなく、家を攻める。


 グランヴェル家は危険な家。

 王家に従わない家。

 辺境で力を持ちすぎた家。


 王都で何度も聞いた悪評だ。


「皆も知っていよう。グランヴェル家は古くから王家への忠誠を疑われてきた」


 貴族たちがざわめく。


 その話は公式記録にも残っている。


 だから強い。


 俺は深く息を吸った。


「宰相閣下。その悪評は、どの記録に基づくものですか」


「王国の公式記録だ」


「では、その公式記録が不完全だった場合は?」


 広間が静まった。


 宰相の笑みが薄くなる。


「王国の記録を疑うのか」


「疑っているのではありません。確認したいのです」


 俺はセシリアへ目を向けた。


 彼女が、公爵家から届いた古文書の写しを差し出す。


「こちらは、アルディス公爵家に残っていた北方の大侵攻に関する記録です」


 公爵家。


 その名に、広間がざわついた。


 俺は文書を読み上げる。


「北方より魔物の群れ押し寄せる。王都軍、到着遅れ、辺境は孤立す」


 王都軍が遅れた。


 公式記録とは違う。


 俺は続けた。


「グランヴェル辺境伯家、領民を避難させ、森の封石を守る」


 今度は、さらにざわめきが大きくなった。


「グランヴェル家が?」


「そんな記録は聞いたことがない」


 宰相は静かに言う。


「古文書の一つで、公式記録を覆すことはできぬ」


「その通りです。ですので、ほかの資料もあります」


 俺は次の資料を広げた。


 学園図書室で見つけた古い地図の写しだ。


「こちらは王立学園の図書室に残っていた古地図です」


 オルド先生が前に出る。


「その地図は、確かに学園図書室所蔵のものだ」


 俺は地図の端を指した。


「ここに、こうあります。北門の守り、グランヴェルに託す」


 広間が静まり返った。


 北門。


 その言葉の意味を、全員が理解したわけではない。


 だが、重要な言葉だということは伝わった。


「公式記録では、グランヴェル家の功績は少なく、悪評は多い。ですが、古文書と古地図には、王国北方を守った記録が残っています」


 俺は宰相を見る。


「これは、確認すべき矛盾です」


 宰相は黙った。


 王子アルベルトは、困惑した顔をしている。


 彼は、グランヴェル家が悪い家だと信じていただけなのだろう。


「俺は王国の歴史を否定したいわけではありません」


 俺は言った。


「ただ、グランヴェル家が本当に悪徳の家だったのか。そこには確認すべき余地があります」


 セシリアが隣に立つ。


「私も同じ考えです」


 彼女の声が広間に響いた。


「レオン様は、悪評だけで裁かれるべき方ではありません」


 貴族たちの空気が変わる。


 宰相は、ゆっくり拍手した。


「実に巧みだ。最後には王国の歴史そのものに疑問を投げるか」


「事実を確認したいだけです」


「歴史とは国を支える柱だ。軽々しく揺らせば、国そのものが乱れる」


 宰相の目が冷たくなる。


「君は、自分の家の名誉のために王国を揺らすのか」


 まただ。


 こちらを危険人物に見せる言い方。


 だが、セシリアが一歩前に出た。


「宰相閣下。事実を調べることは、王国を揺らす行為ではありません」


 静かな声だった。


「偽りを放置することこそ、王国の柱を腐らせるのではありませんか」


 広間が息をのむ。


 宰相の笑みが、一瞬だけ消えた。


 王子が口を開く。


「宰相。私は、グランヴェル家が危険な家だと教えられてきた。だが、今日出された証拠は……」


「殿下」


 宰相が王子を見る。


 それだけで、王子は言葉を止めた。


 やはり、王子は宰相の影響下にある。


 宰相は広間へ向き直った。


「本件は、この場で結論を出すには大きすぎる」


 そして告げる。


「レオン・グランヴェルへの今日の断罪は、証拠に疑義がある。よって、この場での処分は保留とする」


 処分は保留。


 完全勝利ではない。


 だが、断罪は止まった。


 俺は内心で息を吐く。


 しかし、宰相は続けた。


「ただし、グランヴェル家の過去については、王宮で正式に精査する必要がある」


 嫌な予感がした。


「君の持つ古文書と地図の写しは、王宮へ提出してもらう」


 証拠を取り上げる気だ。


 だが、こちらも想定している。


「写しは提出いたします。原本は所蔵元にありますので」


 公爵家と学園。


 王宮が簡単に消せない場所にある。


 宰相は目を細めた。


「用意がよいな」


「心配性ですので」


 宰相は薄く笑った。


 その笑みには、明らかな敵意があった。


 断罪舞踏会は失敗した。


 だが、宰相はまだ倒れていない。


 それでも、グランヴェル家の悪評が作られたものだという疑惑は、広間に投げ込まれた。


 もう、完全には消せない。


 俺は静かに息を吐いた。


 悪役貴族の歴史。


 その本当の姿を暴く道は、確かに開いた。

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