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第45話 偽りの証言

「次に、学園での不正工作について確認いたしましょう」


 俺がそう言うと、広間の視線がまた集まった。


 王子アルベルトは、まだ厳しい顔をしている。


 だが、先ほどまでの勢いはない。


 偽帳簿。

 商人との契約。

 騎士団の整備。

 物資停止。

 査察官の不正疑惑。


 王子側の証拠は、かなり崩れた。


 だが、まだ終わりではない。


 学園での不正工作。


 俺が平民生徒を利用し、自分の評判を作ったという疑い。


 これを残せば、王子はまだ言える。


 レオンは人を操る危険な男だ、と。


 だから、ここで潰す。


 俺はオルド先生へ向き直った。


「オルド先生。学園での濡れ衣事件について、ご説明いただけますか」


 オルド先生は一歩前に出た。


「承知した」


 教師が舞踏会の中央に立つ。


 その光景に、貴族たちは少しざわついた。


 だが、オルド先生は動じない。


「先日、グランヴェルに答案の不正と魔道具破壊の疑いがかけられた」


 王子派の生徒たちが目を伏せる。


 エドガーの顔もこわばる。


「しかし、事前にグランヴェルから相談があり、私は答案と魔道具を確認していた。結果、後から差し込まれた偽答案と、壊された予備部品が見つかった」


 広間がざわつく。


「つまり、グランヴェルが不正をしたのではなく、彼に不正の濡れ衣を着せようとした者がいた」


 オルド先生ははっきり言った。


「これは学園の正式記録にも残してある」


 強い。


 教師の証言は重い。


 俺が言うより、ずっと効く。


 エドガーが慌てて叫んだ。


「ですが! グランヴェル卿が先に動いていたからこそ、仕込みだった可能性も――」


「仕込み?」


 オルド先生の声が低くなる。


「私の立ち会いも含めて、仕込みだったと言うのか」


 エドガーは言葉に詰まった。


「い、いえ、そういう意味では……」


「ならば慎重に発言しろ。学園の教師を侮辱することになる」


 エドガーは黙った。


 広間の空気がまた変わる。


 俺は少しだけ心の中で拍手した。


 先生、強い。


 かなり強い。


 俺は次に、トーマスを見た。


 彼は広間の端で青ざめていた。


 平民の特待生が、貴族ばかりの舞踏会で証言する。


 怖いに決まっている。


「トーマス」


「は、はい!」


「無理はしなくていい。見たことだけを話してくれ」


 トーマスは何度も深呼吸した。


 それから前へ出る。


「僕は、平民出身の特待生です」


 声は震えている。


 だが、彼は逃げなかった。


「入学初日、僕は廊下で転びかけました。グランヴェル様は、僕を怒鳴らず、助けてくださいました」


 広間の一部がざわめく。


 平民を助けた話は、すでに学園内で広がっていた。


「食堂でも、僕が転びそうになった時、助けてくださいました。グランヴェル様は、僕を利用したわけではありません」


 トーマスは拳を握る。


「僕が勝手に、感謝しているだけです」


 その言葉は、まっすぐだった。


 計算ではない。


 だからこそ、広間に響いた。


 王子が静かに言う。


「だが、君はグランヴェルに頼まれて、王子派の動きを見ていたそうだな」


 トーマスの肩が跳ねる。


 俺はすぐに口を開きかけた。


 だが、トーマスが先に答えた。


「はい。頼まれました」


 広間がざわつく。


 王子の目が鋭くなる。


 まずい。


 だが、トーマスは続けた。


「でも、危ないことはするなと言われました。誰が東棟の小部屋に出入りしたかだけ、遠くから見てほしいと」


 トーマスはリリアを見た。


「リリアさんが、何度も呼ばれていたからです。困っているように見えたから、僕はグランヴェル様に知らせました」


 リリアの顔が揺れる。


 そして、一歩前へ出た。


「私も、証言します」


 広間が静まる。


 リリアは震えていた。


 だが、今度は逃げなかった。


「私は、東棟の小部屋に何度も呼ばれました。そこで、グランヴェル様が私を傷つけたと証言するように言われました」


 エドガーが叫ぶ。


「嘘だ!」


 リリアはびくっとした。


 だが、セシリアがすぐに前へ出た。


「リリア様。大丈夫です。続けてください」


 その声は優しかった。


 リリアは涙を浮かべながらうなずく。


「証言すれば、王子殿下が守ってくださると言われました。逆らえば、平民の特待生など学園にいられなくなるとも……」


 広間が大きくざわめいた。


 平民を脅して偽証させようとした。


 これは重い。


 かなり重い。


 リリアはオルド先生に渡した紙を指さした。


「あれは、私が読むように渡された台本です。私の言葉ではありません」


 オルド先生が紙を掲げる。


「確かに、証言の文面が事前に書かれている。しかも、筆跡はリリア本人のものではない」


 王子派の空気が崩れていく。


 王子アルベルトは、エドガーを見た。


「エドガー。説明しろ」


「で、殿下、私は……私は殿下のために!」


「私のため?」


 王子の声が冷たくなった。


「平民生徒を脅し、偽証をさせることがか?」


「違います! グランヴェルは危険な男です! 殿下もそうおっしゃっていたではありませんか!」


 エドガーは必死だった。


「だから、少しでも証拠を――」


「少しでも、とは?」


 王子の目が細くなる。


 エドガーは、そこで自分の失言に気づいた。


 広間が静まり返る。


 少しでも証拠を。


 それは、本物の証拠が足りなかったことを意味する。


 だから作った。


 そう聞こえる。


 王子の顔が歪む。


 エドガーは青ざめた。


「ち、違……」


 もう遅い。


 俺は何も言わなかった。


 追撃しなくても、王子派は自分で崩れている。


 ここで俺が笑えば悪役になる。


 だから、静かに立っていた。


 セシリアが隣で小さく言う。


「レオン様」


「何だ?」


「今、少しだけ悪い顔をしていました」


「してない」


「していました」


 まずい。


 顔に出ていたらしい。


 気をつけよう。


 オルド先生がリリアの前に立つ。


「リリア・ノートン。君は脅されていた。学園として保護する」


「ありがとうございます……」


 リリアは涙をこぼした。


 俺は彼女に声をかける。


「リリア嬢」


「はい」


「正直に話してくれて助かった」


「私こそ……申し訳ありませんでした」


「嘘を言わなかった。それで十分だ」


 リリアはまた泣きそうな顔になった。


 周囲の貴族たちの目も変わっている。


 彼女を責める空気ではない。


 むしろ、王子派への不信が広がっていた。


 平民生徒を利用し、偽の証言をさせようとした。


 それは、王子が掲げていた正義とは真逆だ。


 王子自身も、それを理解しているようだった。


 顔が硬い。


 怒り。

 困惑。

 そして、少しの焦り。


 俺は静かに言った。


「殿下。学園での不正工作については、俺が仕組んだものではありません」


 王子は答えない。


「むしろ、俺に濡れ衣を着せるための工作が行われていました」


 オルド先生。

 トーマス。

 リリア。


 三人の証言がある。


 偽証台本もある。


 これで、学園の疑いは崩れた。


 広間の空気は、もう最初とは完全に違っていた。


 断罪される悪役を見る空気ではない。


 偽の断罪を見せられていることに気づき始めた空気だ。


 それでも、まだ終わりではない。


 王子アルベルトは、苦しそうに俺を見た。


「では、なぜだ」


「何がでしょうか」


「なぜ、君の周りではこうも都合よく人が助かる。なぜ、君は事前に動ける」


 その問いは、まっすぐだった。


 偽証拠とは違う。


 王子自身の疑問だ。


「君は本当に、ただの善良な領主候補なのか」


 広間が静まる。


 俺は少しだけ息を止めた。


 《最悪予測》。


 その力を、すべて話すことはできない。


 だが、ここで逃げてもいけない。


「俺は、善良だから動いているわけではありません」


 俺は言った。


 広間がざわつく。


 セシリアだけは黙って聞いていた。


「俺は心配性です。いつも最悪を考えています。飢えたらどうなるか。魔物が出たらどうなるか。火事になったらどうなるか。誰かに濡れ衣を着せられたらどうなるか」


 俺は王子を見る。


「だから先に動きました」


 これは嘘ではない。


 全部ではないが、本当だ。


「結果として、助かった人がいる。それだけです」


 王子は黙っていた。


 俺は続けた。


「それでもなお罪だと言うなら、次は本物の証拠を出してください」


 広間に沈黙が落ちた。


 王子側の証拠は崩れた。


 偽証人も崩れた。


 残るのは、グランヴェル家そのものへの悪評。


 王都の歴史に刻まれた、悪役貴族という名。


 そして、そこでようやく。


 広間の奥から、静かな拍手が聞こえた。


 ぱち、ぱち、と。


 王国宰相、クラウス・ヴァーレン。


 彼が、ゆっくりと前へ出てきた。


「見事な弁明だ、レオン・グランヴェル」


 その声は穏やかだった。


 だが、背筋が冷えた。


 ついに、本当の敵が出てきた。


 宰相は薄く笑う。


「では、次はグランヴェル家そのものについて語ろうか」


 断罪舞踏会は、まだ終わらない。

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