第44話 悪役貴族の反論
「俺からも、証拠を提出いたします」
そう言うと、大広間が静まり返った。
断罪される側が、証拠を出す。
その空気は、原作にはなかった。
夢で見た断罪の場では、俺は怒鳴っていた。
言い訳をし、王子を罵り、周囲に呆れられていた。
だが、今は違う。
怒らない。
焦らない。
順番に崩す。
俺はまず、王子側が出した書類を持ち上げた。
「殿下。こちらの帳簿ですが、いくつか確認したい点があります」
王子アルベルトは眉を寄せた。
「確認?」
「はい。まず日付です」
俺は書類の一部を指さした。
「この契約日は、グランヴェル領と商人ギルドが正式契約を結ぶ三日前になっています」
広間がざわつく。
「三日前?」
「では、この契約は存在しないのか?」
エドガーが声を荒げた。
「日付の写し間違いだ!」
「一か所なら、そうかもしれません」
俺は別の箇所を示した。
「ですが、こちらも同じです。商人ギルド長の署名形式も違う。さらに、金額が本物の契約書と合っていません」
「本物だと?」
「はい」
俺はバルトに目を向けた。
バルトは一歩前に出て、深く礼をする。
「グランヴェル家家令、バルトでございます。本物の契約書の写しを持参しております」
バルトが書類を差し出す。
オルド先生が受け取り、確認する。
さらに、商人ギルド長マルクも前へ出た。
「商人ギルド長マルクでございます。その契約には、私も立ち会っております」
マルクは王子側の書類を見て、はっきり言った。
「こちらは偽物です」
広間が大きくざわめいた。
偽物。
その言葉は重い。
王子側が出した最初の証拠が、いきなり揺らいだ。
エドガーの顔が赤くなる。
「商人風情が、何を根拠に!」
「私の署名が違います」
マルクは落ち着いていた。
「私は名前の最後に、商会印の小さな線を入れます。偽造防止のためです。こちらの書類には、それがありません」
オルド先生が確認する。
「確かに、本物の写しには線がある。王子側の書類にはない」
貴族たちがざわめく。
俺は続けた。
「さらに、商人から多額の金を受け取ったとの指摘ですが、これは領地改革に必要な物資の代金処理を誤って書き換えたものです」
「書き換えただと?」
王子の声が低くなる。
「本物の帳簿では、領主家から商人へ支払った金です。王子側の書類では、商人から領主家へ渡された金になっています」
俺は一度、広間を見た。
「支払いの向きが逆です」
静まり返る。
これは分かりやすい。
金を払ったのか。
受け取ったのか。
そこが逆なら、もう別物だ。
マルクが深く頭を下げる。
「我々商人は、若様より正当な代金を受け取りました。賄賂など渡しておりません。むしろ、即日払いで助けられたのはこちらでございます」
広間の一部から、感心するような声が漏れた。
「即日払いだと?」
「辺境でそこまで整えているのか」
「商人が味方するのも当然か」
空気が少しずつ変わる。
エドガーは歯を食いしばっていた。
王子はまだ引かなかった。
「たとえ帳簿に不備があったとしても、騎士団を強めた事実は変わらない」
「はい。強めました」
俺はあっさり認めた。
広間がまた静かになる。
王子の目が細くなった。
「認めるのか」
「認めます。魔物から領民を守るためです」
「王都を通さぬ物資ルートまで整えている」
「それも認めます」
「なぜだ」
「王都貴族に物資を止められたからです」
広間が凍った。
王都貴族。
その言葉に反応した者が何人もいた。
俺はバルトに合図する。
次に出されたのは、物資停止の記録だ。
薬草。
金具。
油。
紙。
どの商会が止めたか。
誰から圧力を受けたか。
そこには、ローレン伯爵家の名もあった。
エドガーの顔が青くなる。
「それは……!」
「領地の水路修理と騎士団整備に必要な物資でした」
俺は言った。
「止められたため、南の商人たちと別ルートを作りました。これは反逆の準備ではありません。領地を止めないための対策です」
ガルドが前へ出る。
「騎士団長ガルドでございます」
彼は深く礼をした。
「我らは、黒牙狼から村を守りました。若様が騎士団を整えなければ、村人に被害が出ていたでしょう」
力強い声だった。
「若様は、私兵を作ったのではありません。領民を守る盾を作られたのです」
セシリアが隣で小さくうなずいた。
俺は胸が熱くなるのを感じた。
領民を守る盾。
もとは彼女が言った言葉だ。
それが今、ガルドの言葉になっている。
王子は黙っていた。
だが、エドガーが叫んだ。
「それでも、グランヴェル領では過去に装備費の不正があったはずだ!」
「ありました」
俺はまた認めた。
エドガーが一瞬、勝ち誇る。
だが、すぐに続けた。
「それを調べ、ゴルド商会の不正を発見しました。そして、その件で王都から来た査察官ハウゼン男爵も、ゴルド商会との癒着が疑われています」
広間に衝撃が走った。
「査察官まで?」
「王都財務局の?」
バルトが証拠書類を出す。
ゴルド商会の水増し請求。
ハウゼン男爵家への贈答記録。
査察中断の報告。
オルド先生だけでなく、王宮の文官も確認に入った。
文官は顔をしかめる。
「これは……確かに王都側で再調査中の件です」
その一言で、空気が決定的に変わった。
王子側が出した証拠は偽物。
騎士団整備は領民防衛のため。
物資ルートは、王都貴族の妨害への対策。
さらに、王都側の査察官に不正疑惑。
王子の断罪は、最初の柱から崩れ始めた。
王子アルベルトは、俺を見ていた。
その顔には怒りと戸惑いが混ざっている。
「レオン。君は、これらを最初から用意していたのか」
「はい」
「私が断罪すると予想して?」
「最悪の可能性として、考えていました」
王子の表情が歪む。
「君はいつもそうだ。最悪、最悪と」
「俺は心配性ですので」
いつもの言葉。
だが、今回は少し意味が違った。
「最悪を考えたから、領民を飢えさせずに済みました。魔物を村に入れずに済みました。孤児院の火事も防げました。そして今日、偽の証拠で断罪される未来にも備えられました」
広間は静かだった。
誰も笑わない。
俺は王子を見た。
「殿下。俺は、王国に反逆するつもりなどありません」
これは本音だ。
「ただ、領民を守るために必要なことをしただけです」
セシリアが隣に立つ。
バルトも、ガルドも、マルクも後ろにいる。
俺は一人ではない。
だから、声は震えなかった。
「それを罪と呼ぶなら、どうか本物の証拠で示してください」
広間の空気が重くなる。
王子は答えない。
答えられない。
だが、まだ終わりではない。
王子側には、もう一つ大きな武器がある。
グランヴェル家そのものの悪評。
悪役貴族という名。
そこへ踏み込むのは、次だ。
俺は静かに息を吐いた。
「次に、学園での不正工作についても確認いたしましょう」
断罪舞踏会は、もう王子だけの場ではない。
こちらの反論の場に変わり始めていた。




