第43話 王子の断罪宣言
「今宵、この場で貴様の罪を明らかにする」
王子アルベルトの声が、大広間に響いた。
音楽は止まっている。
貴族たちは息を潜め、こちらを見ていた。
夢で見た光景と同じだ。
王子。
大広間。
冷たい視線。
俺に向けられた断罪の言葉。
だが、一つだけ違う。
俺の隣には、セシリアがいる。
その手が、ほんの少しだけ俺の袖に触れた。
大丈夫です。
そう言われた気がした。
俺は深く息を吸う。
怒らない。
焦らない。
相手に全部出させる。
ここで怒鳴れば原作通りだ。
絶対に乗らない。
「殿下」
俺は静かに一礼した。
「罪とは、何のことでしょうか」
広間がざわついた。
王子は少し目を細める。
俺が取り乱すと思っていたのだろう。
残念だったな。
心臓はかなり暴れている。
だが、顔には出さない。
「とぼけるのか、レオン」
「身に覚えがないため、確認しております」
「よかろう」
王子はエドガーに目を向けた。
エドガーは待っていましたとばかりに前へ出る。
その手には、数枚の書類があった。
「まず一つ目の罪」
王子は言った。
「グランヴェル領における不正蓄財だ」
広間がざわめく。
不正蓄財。
予測通り、帳簿を使ってきた。
俺は黙って聞く。
エドガーが書類を掲げた。
「こちらは、グランヴェル領の帳簿の写しです。税を下げたと称しながら、実際には裏で商人から多額の金を受け取っていた証拠がございます」
商人から金を受け取った。
なるほど。
商人ギルドとの契約を、賄賂に見せる気か。
広間にいる貴族たちがこちらを見る。
「税を下げたのは、民のためではなかったのか?」
「商人と結託していた?」
「やはり偽善だったのか」
声が広がる。
だが、前ほど一気には燃えない。
俺が今まで積み上げたものがあるからだ。
疑う者もいるが、迷う者もいる。
まだ戦える。
王子は続けた。
「二つ目。騎士団の私兵化」
来た。
これも予想通りだ。
「君は領地の騎士団を強化し、王都を通さぬ物資ルートを整えた。これは王国への備えではないか」
王都を通さないルート。
王都貴族に物資を止められたから作った道だ。
だが、見方を変えれば独自の軍備に見える。
悪意があれば、いくらでも曲げられる。
「そして三つ目」
王子の声が少し低くなった。
「学園内での不正工作」
広間がまたざわめく。
「実技試験、濡れ衣事件、平民生徒への接近。君は自分に都合のよい評判を作るため、周囲を操っていた疑いがある」
無茶苦茶だ。
いや、言い方は分かる。
俺が先回りして動いたことを、全部仕込みだと言うつもりなのだ。
暴動を防いだのも。
魔物を倒したのも。
孤児院を助けたのも。
学園で平民生徒を助けたのも。
全部、評判作り。
そう見せたいのだ。
腹が立つ。
かなり腹が立つ。
だが、怒らない。
ここで怒れば、相手の思うつぼだ。
「殿下」
俺は静かに言った。
「証拠を拝見しても?」
広間が静まり返る。
王子の表情が少し動いた。
「……よかろう」
エドガーが書類を近くの従者に渡す。
従者が俺の前へ持ってきた。
俺はその書類を受け取る。
ざっと見る。
数字が雑だ。
商人ギルドとの契約金額が、本物より大きく書かれている。
日付もおかしい。
騎士団の装備費も、水路修理費と混ざっている。
偽造だ。
しかも、俺が領地で整えた帳簿を知らない者が作った偽物だ。
内心で少しだけ安心した。
勝てる。
まだ油断はできないが、これは崩せる。
俺は書類を閉じた。
「確認しました」
「何か言い訳はあるか?」
エドガーが笑う。
俺は答えない。
まだ早い。
相手に全部出させる。
「殿下。証拠は以上でしょうか」
「まだある」
王子はそう言い、リリアへ視線を向けた。
来た。
偽証人。
リリア・ノートンが、ゆっくり前へ出た。
顔は青い。
手には小さな紙を握っている。
緊張している。
怯えているようにも見える。
演技か。
本当に追い詰められているのか。
まだ分からない。
王子は彼女に優しく言った。
「リリア。君が見たことを話せ」
リリアは唇を震わせた。
広間中の視線が彼女に集まる。
俺は彼女を見た。
脅すような目はしない。
ただ、静かに待つ。
リリアは一度、俺を見た。
その目には迷いがあった。
「わ、私は……」
エドガーが小さく声をかける。
「大丈夫です。正義のためです」
正義。
便利な言葉だ。
リリアは紙を握りしめる。
「私は、東棟の小部屋で……グランヴェル様についての話を聞きました」
広間がざわつく。
「グランヴェル様が、平民生徒を利用して、自分の評判を上げていると……」
言いながら、リリアの声は小さくなっていく。
俺は黙っていた。
セシリアが隣で、ほんの少しだけ拳を握る。
怒っている。
俺のために。
だが、彼女も声を出さない。
リリアは続ける。
「それから、私にも……証言すれば守ってもらえると……」
そこで、言葉が止まった。
王子が眉を寄せる。
「リリア?」
リリアは紙を見た。
そして、震える声で言った。
「……すみません。私は、分かりません」
広間の空気が変わった。
エドガーの顔が引きつる。
「リリア嬢?」
「私は、グランヴェル様に何かをされたわけではありません」
リリアは顔を上げた。
目には涙が浮かんでいた。
「むしろ、助けられた人を見ました。トーマスさんも、食堂の時も……」
王子の表情が硬くなる。
リリアは震えながらも、言葉を続けた。
「でも、エドガー様たちに、これを読めと言われました」
彼女は握っていた紙を差し出した。
広間が大きくざわめく。
エドガーが青ざめた。
「なっ、何を言っている!」
リリアはびくっと震えた。
だが、引かなかった。
「ごめんなさい。でも、嘘は言えません」
その瞬間、断罪の場の空気が崩れた。
偽証人として用意されたはずのリリアが、台本を拒んだ。
これは大きい。
かなり大きい。
王子は動揺を隠せていない。
「リリア、その紙をこちらへ」
王子が言う。
だが、セシリアが一歩前に出た。
「その紙は、まず中立の立会人に預けるべきです」
声は静かだった。
しかし、広間によく通った。
「偽証を強要された可能性があります。殿下側の方がすぐに回収するのは、公平ではありません」
完璧だ。
俺が言えば、言い訳に聞こえる。
セシリアが言うから意味がある。
オルド先生が壁際から前に出た。
「学園で起きたことに関わるなら、私が預かろう」
王子は一瞬だけ口を閉じた。
断る理由がない。
リリアは紙をオルド先生へ渡した。
先生はそれを受け取り、厳しい顔で目を通す。
そして、低く言った。
「これは証言の台本だな」
広間が一気にざわめいた。
エドガーが叫ぶ。
「違う! それは、その女が勝手に――」
「静かに」
オルド先生の声が響いた。
エドガーは黙る。
俺はそこで、ようやく一歩前へ出た。
すべてはまだ終わっていない。
むしろ、ここからだ。
王子が出した偽帳簿。
騎士団私兵化の疑い。
評判作りの疑い。
そして、リリアの偽証台本。
相手は、十分に手札を見せた。
なら、次はこちらの番だ。
「殿下」
俺は静かに言った。
「今の証言について、確認してもよろしいでしょうか」
王子は俺を睨む。
「……何を確認する」
「まず、俺を断罪するための証拠が、本当に正しいものかどうかです」
俺はバルトたちの方を見る。
彼らはすでに、準備していた書類を持っていた。
セシリアが隣に立つ。
その姿だけで、俺は落ち着けた。
怖さはある。
だが、もう震えてはいない。
「俺からも、証拠を提出いたします」
広間が静まり返る。
断罪されるはずだった悪役貴族が、今度は証拠を出す。
その空気が、はっきりと変わった。
俺は王子を見た。
「順番に、確認させていただきます」
ここから、断罪舞踏会をひっくり返す。




