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第42話 舞踏会開始

 舞踏会当日。


 王宮の大広間は、まぶしいほど明るかった。


 高い天井。

 大きなシャンデリア。

 磨かれた床。

 着飾った貴族たち。


 どこを見ても華やかだ。


 だが、俺には処刑場に見えた。


 ここが、原作で俺が断罪される場所。


 王子に罪を突きつけられ、セシリアに見限られ、貴族たちに冷たい目で見られる場所。


 目覚めた日に見た夢と、よく似ていた。


 俺は無意識に息を止めていた。


「レオン様」


 隣から、セシリアの声がする。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫ではない」


「はい。ですが、顔には出ておりません」


「なら成功だ」


 俺は小さく息を吐いた。


 セシリアは淡い青のドレスを着ていた。


 派手すぎない。


 だが、広間の誰よりも目を引く。


 俺の婚約者。


 原作では、俺を見限るはずだった少女。


 今は、俺の隣に立っている。


「昨日の約束、覚えていますか?」


「一曲踊ることだろう」


「はい」


 セシリアは少しだけ微笑んだ。


「断罪されるためではなく、踊るために来た。そうでしたね」


「かなり無理のある考え方だがな」


「でも、少しは気が楽になりませんか?」


「少しだけ」


 本当に少しだけだ。


 でも、その少しがありがたかった。


 広間には、すでに多くの顔がそろっていた。


 王子アルベルト。


 その近くにエドガーと取り巻きたち。


 少し離れた場所には、リリア・ノートン。


 彼女は緊張した顔で、何か小さな紙を握っている。


 やはり使われているのか。


 それとも、自分の意思で動いているのか。


 まだ分からない。


 壁際には、オルド先生がいた。


 学園側の監督役として招かれているらしい。


 俺と目が合うと、先生は小さくうなずいた。


 心強い。


 さらに、別の入口から見知った顔が入ってきた。


 バルト。

 ガルド。

 商人ギルド長のマルク。


 証人として王都へ呼んだ三人だ。


 彼らは俺を見つけると、深く頭を下げた。


 胸の奥が熱くなる。


 領地の味方が、ここまで来てくれた。


 俺は一人ではない。


「皆さん、間に合いましたね」


 セシリアが言う。


「ああ」


「これで、証拠はそろっています」


「問題は、出すタイミングだな」


 早すぎても駄目だ。


 遅すぎても危ない。


 王子が断罪を始めるなら、その場で返す。


 ただし、怒らない。


 焦らない。


 証拠を順番に出す。


 何度も頭の中で繰り返す。


 その時、広間の奥から王子が近づいてきた。


 周囲の貴族たちが自然と道を開ける。


 アルベルト王子は、いつもの整った笑顔を浮かべていた。


 だが、目は笑っていない。


「レオン。来たのだな」


「ご招待を受けましたので」


「今日は良い夜になるといいな」


「そうですね」


 短く答える。


 余計なことは言わない。


 王子はセシリアへ視線を向けた。


「セシリア嬢。今夜もレオンの隣にいるのか」


「はい」


 セシリアは迷わず答える。


「私は、レオン様の婚約者ですから」


 王子の笑顔が少しだけ固まった。


 何度言われても慣れないらしい。


 俺も慣れていない。


 別の意味で。


「そうか」


 王子は短く言い、リリアの方へ目を向けた。


 リリアは小さく肩を震わせる。


 やはり、何かある。


 王子は俺へ戻ってくる。


「後ほど、君に話がある」


「承知しました」


「逃げるなよ」


「逃げません」


 逃げたい。


 ものすごく逃げたい。


 だが、逃げない。


 王子はそれだけ言って去っていった。


 エドガーがすれ違いざま、小さく笑う。


「今夜で終わりだ、グランヴェル」


 分かりやすい。


 とても分かりやすい。


 俺は何も答えなかった。


 答えれば、相手の土俵に乗る。


 今はまだ、待つ。


 音楽が始まった。


 最初の曲だ。


 貴族たちが次々と踊り始める。


 華やかな舞踏会。


 だが、広間の隅々に緊張がある。


 誰もが何かを待っている。


 王子が何を言うのか。


 俺がどう反応するのか。


 それを見ている。


 俺はセシリアへ手を差し出した。


「約束の一曲を」


 セシリアは一瞬だけ目を見開いた。


 それから、とても嬉しそうに微笑んだ。


「はい」


 彼女の手が、俺の手に重なる。


 温かい。


 昨日と同じだ。


 俺は緊張しながら、広間の中央へ進んだ。


 視線が集まる。


 王子も見ている。


 リリアも見ている。


 エドガーは面白くなさそうに顔を歪めている。


 だが、今だけは気にしない。


 断罪されるためではなく、踊るために来た。


 セシリアの言葉を思い出す。


 曲に合わせて、一歩進む。


 ぎこちない。


 だが、セシリアが合わせてくれる。


「大丈夫です」


 彼女が小さく言う。


「私が合わせますから」


「助かる」


「今夜は、私を信じてください」


「いつも信じている」


 言ってから、少し恥ずかしくなった。


 セシリアの頬がほんのり赤くなる。


「……はい」


 その返事だけで、胸の奥が少し軽くなった。


 俺は踊りながら、広間を見た。


 ここは断罪の場になる。


 その未来は変わっていない。


 だが、原作とは違う。


 俺の隣にはセシリアがいる。


 壁際にはバルトたちがいる。


 学園で得た味方もいる。


 証拠もある。


 なら、戦える。


 曲が終わると、広間から小さな拍手が起きた。


 俺たちは礼をして、中央から下がる。


 セシリアが静かに言った。


「約束、果たしていただきました」


「ああ。これで少しは舞踏会らしいことをしたな」


「はい」


 彼女は嬉しそうだった。


 その笑顔を見た瞬間、俺は改めて思った。


 この笑顔を、断罪の場で曇らせたくない。


 絶対に。


 その時、広間の音楽が止まった。


 ざわめきも、少しずつ消えていく。


 王子アルベルトが、広間の中央へ進み出た。


 その隣には、エドガー。


 少し後ろには、リリア。


 彼女の手には、やはり紙が握られていた。


 来る。


 俺は息を整えた。


 王子がこちらを見る。


 広間中の視線が、俺に集まる。


 アルベルト王子は、よく通る声で言った。


「レオン・グランヴェル」


 その声を聞いた瞬間、目覚めた日の夢が重なった。


 だが、俺はもうあの時の俺ではない。


 セシリアが、そっと隣に立つ。


 俺は静かに前へ出た。


「はい、殿下」


 王子は俺を指さした。


「今宵、この場で貴様の罪を明らかにする」


 断罪舞踏会が、始まった。

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