表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
41/50

第41話 舞踏会前夜

 断罪舞踏会まで、あと一日。


 机の上には、書類の山があった。


 領地の帳簿。

 商人ギルドの証言。

 騎士団の報告書。

 孤児院の火災記録。

 濡れ衣事件の報告書。

 古い地図の写し。

 公爵家の秘密文書。


 できる準備は、ほとんど終えた。


 それでも、不安は消えない。


 明日、俺は大勢の貴族の前で断罪されるかもしれない。


 原作では、そこで終わる。


 婚約者に見限られ、王子に罪を暴かれ、国外追放される。


 目覚めた日に見た夢。


 あの冷たい舞踏会場が、何度も頭に浮かぶ。


「……胃が痛い」


 思わずつぶやいた。


 その時、扉が叩かれた。


「レオン様。入ってもよろしいですか?」


 セシリアの声だった。


「ああ」


 扉が開き、セシリアが入ってくる。


 白い夜着の上に、薄い上着を羽織っていた。


 いつもより少し柔らかい雰囲気で、俺は一瞬だけ言葉に詰まる。


「まだ起きておられたのですね」


「眠れると思うか?」


「思いません」


「即答か」


 セシリアは少し笑った。


 その笑顔を見て、少しだけ肩の力が抜ける。


 彼女は机の上の書類を見た。


「準備は十分だと思います」


「十分でも、負ける時は負ける」


「レオン様らしいですね」


「褒めているのか?」


「はい。最後まで油断しないところは、あなたの強さです」


 強さ。


 そう言われても、あまり実感はない。


 俺はただ、怖がりなだけだ。


 最悪を見て、慌てて、必死に避けてきただけ。


 税も、食料も、魔物も、王都も、学園も。


 全部、死にたくないから始めた。


「セシリア嬢」


「はい」


「明日、もし俺が負けたら――」


「負けません」


 言い切られた。


 俺は少し目を丸くする。


 セシリアはまっすぐ俺を見ていた。


「レオン様は、負けません」


「根拠は?」


「あります」


 彼女は机の書類に手を置いた。


「領地の皆さんがいます。バルト様も、ガルド様も、マルク様も、トーマス様も、オルド先生も。あなたが助けた人たちが、あなたを支えています」


「……そうだな」


「そして」


 セシリアは少しだけ頬を赤くした。


「私もいます」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。


 何度も言われた。


 私は隣にいる。

 信じている。

 守る。


 そのたびに、俺は助けられてきた。


「本当に、いいのか?」


「何がですか?」


「俺の隣にいることだ。明日、王子は君を巻き込むかもしれない」


「もう巻き込まれています」


 セシリアは穏やかに言った。


「そして、私は自分で選びました」


「セシリア嬢……」


「私は、王子殿下の隣ではなく、レオン様の隣に立ちます」


 静かな声だった。


 だが、強かった。


「あなたが悪役貴族だと言われても。王都が疑っても。私は、自分の目で見たあなたを信じます」


 俺は何も言えなかった。


 原作では、彼女は俺を見限るはずだった。


 断罪の場で、冷たい目を向けるはずだった。


 だが今、目の前のセシリアは違う。


 俺を信じると言っている。


 隣に立つと言っている。


 俺は、こんな未来を知らない。


「……ありがとう」


 ようやく、それだけ言えた。


 セシリアは微笑んだ。


「はい」


 少し沈黙が落ちる。


 嫌な沈黙ではなかった。


 むしろ、今までで一番落ち着く沈黙だった。


「レオン様」


「何だ?」


「明日の舞踏会で、一曲だけ踊っていただけますか?」


 俺は固まった。


「踊る?」


「はい。舞踏会ですから」


「いや、断罪される予定の舞踏会だぞ」


「だからこそです」


 セシリアは少しだけ悪戯っぽく笑った。


「断罪されるためではなく、私と踊るために行く。そう考えた方が、少しは気が楽になりませんか?」


 ならない。


 と言いたかった。


 だが、少しだけ気が楽になったのも事実だった。


「俺は、あまり踊りに自信がない」


「大丈夫です。私が合わせます」


「普通、男が合わせるものでは?」


「レオン様は、明日たくさん戦わなければなりませんから」


 セシリアは、そっと手を差し出した。


「踊りくらい、私に任せてください」


 反則だ。


 これは反則だろう。


 俺は迷った末に、その手を取った。


 細くて、温かい手だった。


「では、一曲だけ」


「はい」


 セシリアは嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見た瞬間、俺の中で何かが決まった。


 明日、絶対に負けない。


 俺のためだけではない。


 領地のため。

 バルトたちのため。

 そして、セシリアと踊るため。


 断罪されて終わるわけにはいかない。


 セシリアが部屋を出たあと、俺はもう一度、机の書類を見た。


 証拠はある。


 味方もいる。


 そして、隣に立ってくれる人がいる。


 怖さは消えない。


 だが、もう一人ではない。


 俺は公爵家の秘密文書を手に取った。


 悪役にされた家。


 奪われた功績。


 作られた悪評。


 明日、そのすべてを一度に暴けるわけではない。


 だが、最初の反撃にはできる。


 王子が俺を断罪するなら、こちらは証拠で返す。


 偽の悪役貴族ではなく、本当のグランヴェル家として。


 俺は深く息を吐いた。


「断罪されるためじゃない」


 机の上に招待状を置く。


「ひっくり返すために行く」


 そう決めて、ようやく俺は灯りを消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ