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第40話 断罪前の証拠集め

 断罪舞踏会の未来を見た翌日。


 俺は、すぐに動いた。


 まず、グランヴェル領へ早馬を出した。


 宛先はバルト。


 内容は短い。


 領地の本物の帳簿を写しで用意すること。

 税を下げた記録。

 食料配布の記録。

 水路と井戸の修繕記録。

 騎士団装備費の記録。

 商人ギルドとの契約書。


 全部だ。


 相手が偽の帳簿を出すなら、こちらは本物を出す。


 当たり前のことだが、それが一番強い。


 次に、マルクへ手紙を出した。


 商人ギルド長のマルク。


 王都貴族に物資を止められた時、別ルートを用意してくれた男だ。


 商人たちの証言。

 取引の記録。

 ゴルド商会の不正。

 ローレン伯爵家からの圧力。


 それらをまとめてもらう。


 さらに、ガルドにも手紙を送った。


 騎士団長ガルド。


 黒牙狼討伐。

 森の魔物討伐。

 騎士団装備の不正。

 王都査察官への対応。


 これらを証言できる。


 俺一人の言葉では弱い。


 だが、領地の者たちの証言がそろえば違う。


 証拠は、一つより三つ。


 三つより十。


 相手が声で押すなら、こちらは数と事実で返す。


「レオン様」


 セシリアが机の横で書類を整えていた。


「こちら、王都での記録です」


「助かる」


 彼女がまとめてくれたのは、王都で起きた出来事だ。


 孤児院の火災未然防止。

 模擬戦。

 濡れ衣事件。

 実技試験。

 図書室の古い地図。

 公爵家の古文書。


 どれも重要だった。


 特に濡れ衣事件は、王子派が偽証拠を作ることの前例になる。


 これを押さえておけば、舞踏会でまた偽証拠が出ても反論しやすい。


「レオン様は、本当に書類で戦われるのですね」


「剣で戦うよりは生き残れる」


「それはそうかもしれません」


 セシリアは少し笑った。


 俺は笑えなかった。


 書類戦は地味だ。


 だが、断罪の場では剣より強い。


 たぶん。


 学園では、トーマスにも頼んだ。


「東棟の小部屋を見張る?」


 トーマスは目を丸くした。


「見張ると言っても、近づきすぎるな。誰が出入りしているかだけでいい」


「分かりました!」


「危険だと思ったらすぐ逃げろ」


「はい!」


「あと、走るな」


「あっ、はい!」


 トーマスは慌てて歩き出した。


 本当に素直だ。


 だからこそ、危険なことはさせたくない。


 だが、平民生徒の動きは、貴族の俺より目立ちにくい。


 王子派がリリアを呼んでいるなら、出入りだけでも分かる。


 次に、オルド先生にも相談した。


「また濡れ衣の可能性か」


「はい」


 俺は正直に言った。


「舞踏会で、偽の証拠を出されるかもしれません」


 オルド先生は腕を組んだ。


「証拠の偽造は、学園でも重い処分になる」


「ですので、前回の件の記録を残しておきたいのです」


「すでに報告書は書いてある。必要なら写しを渡そう」


「ありがとうございます」


 オルド先生は俺をじっと見た。


「グランヴェル。お前は、敵が多いな」


「否定できません」


「だが、味方も増えている」


 その言葉に、少しだけ驚いた。


 先生は淡々と続ける。


「平民生徒。下級貴族。教師の一部。お前を悪役として見ない者は増えている」


「そうでしょうか」


「そうだ。だからこそ、慎重に動け」


「はい」


 ありがたい言葉だった。


 教師にそう言ってもらえるとは思わなかった。


 放課後。


 トーマスから報告が来た。


「リリアさんは、今日も東棟の小部屋へ呼ばれていました」


「誰がいた?」


「エドガー様の取り巻きが二人。それから、王宮の使者らしい人が一人」


「王宮の使者?」


 俺とセシリアは顔を見合わせた。


 学園の生徒だけではない。


 王宮の者が関わっている。


 つまり、王子派か。


 あるいは、宰相派だ。


「リリア嬢の様子は?」


「困っているように見えました。でも、何か紙を受け取っていました」


 紙。


 嫌な予感がする。


 証言文か。

 偽の手紙か。

 それとも、俺に関する何かか。


「分かった。よく知らせてくれた」


「はい!」


「もう無理に追わなくていい。次からは、遠くから確認するだけだ」


「分かりました」


 トーマスが去ったあと、セシリアが低く言った。


「やはり、リリア様を利用するつもりですね」


「ああ」


 だが、まだ断定はしない。


 リリア自身が加担しているのか。

 それとも、利用されているのか。


 そこを見誤ると危ない。


「リリア嬢とは、こちらから接触しない。ただし、彼女が困っているなら助ける準備はする」


「はい」


 セシリアはうなずいた。


 少しだけ、表情がやわらかくなる。


「レオン様らしいです」


「警戒しているだけだ」


「それでも、見捨てないのでしょう?」


「……状況による」


「はい。そういうことにしておきます」


 なぜか、少し笑われた。


 数日後。


 領地から返事が届いた。


 バルトからは、分厚い書類の束。


 マルクからは、商人たちの証言。


 ガルドからは、騎士団の報告書。


 どれもきちんと整っていた。


 特にバルトの手紙には、こう書かれていた。


『若様が王都でいかなる場に立たれようとも、グランヴェル領は若様の正しさを証明いたします』


 重い。


 ものすごく重い。


 だが、胸の奥が熱くなった。


 俺は一人ではない。


 それを強く感じた。


「レオン様」


 セシリアが書類を見ながら微笑む。


「これで、かなり準備が整いましたね」


「ああ。まだ足りないが、戦える」


「戦える、ですか」


「書類でな」


 俺がそう言うと、セシリアは小さく笑った。


 その時だった。


 扉が叩かれた。


 入ってきた学園の使いが、一通の封筒を差し出す。


「レオン・グランヴェル様。王宮より招待状が届いております」


 王宮。


 俺は封筒を受け取る。


 封蝋には、王家の紋章。


 中には、舞踏会への招待状が入っていた。


『王立学園交流舞踏会への出席を命ずる』


 日付は、七日後。


 俺の手が少しだけ止まった。


 来た。


 断罪舞踏会。


 原作最大の破滅イベント。


 セシリアが隣で、静かに招待状を見る。


「レオン様」


「ああ」


 俺は招待状を閉じた。


「ついに来たな」


 怖い。


 正直、かなり怖い。


 だが、以前のようにただ怯えているだけではない。


 証拠はある。

 味方もいる。

 セシリアも隣にいる。


 それなら、戦える。


 俺は机の上に招待状を置いた。


「断罪されるためじゃない」


 静かに言う。


「断罪をひっくり返すために、舞踏会へ行く」


 セシリアはまっすぐうなずいた。


「はい。私も隣におります」


 その言葉だけで、腹が決まった。


 第五章。


 断罪舞踏会。


 悪役貴族として終わるはずだった場へ、俺は証拠を持って向かう。

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