第39話 断罪舞踏会の予測
断罪舞踏会。
その言葉を口にした瞬間、セシリアの顔が強ばった。
「舞踏会で、レオン様が断罪されるのですか」
「ああ。たぶん、そういう未来だ」
俺は食堂を離れ、人気の少ない中庭へ移動した。
ここなら、少しは話しやすい。
ただし、油断はできない。
学園のどこに王子派の耳があるか分からない。
「見えたものを整理する」
「はい」
セシリアはすぐにうなずいた。
取り乱さない。
それだけで、本当に助かる。
俺は息を整え、さっき見えた未来を思い出した。
大広間。
舞踏会。
王子アルベルト。
俺を指さす姿。
床に散らばる書類。
誰かの泣き声。
そして、周囲の冷たい視線。
「王子は、俺の罪を暴くと言っていた」
「罪、ですか」
「内容までは全部見えなかった。ただ、書類があった。証拠として出すつもりだと思う」
「偽の証拠ですね」
「たぶんな」
今までの流れから見て、正しい証拠のはずがない。
答案のすり替え。
魔道具破壊の濡れ衣。
物資停止。
査察官の粗探し。
王子派は、もう何度もそういう手を使っている。
舞踏会でも同じことをするだろう。
俺は地面を見た。
「床に散らばっていた紙には、領地の帳簿みたいなものが見えた」
「グランヴェル領の帳簿を偽造するつもりでしょうか」
「あり得る」
税を下げた。
商人と取引した。
騎士団を整えた。
そこを悪く見せるなら、帳簿が一番使いやすい。
領民を助けた費用を、私兵を集めるための資金に見せる。
商人との契約を、賄賂に見せる。
騎士団の装備を、反逆準備に見せる。
考えるだけで胃が痛い。
「偽帳簿への対策は、本物の帳簿と証人だ」
「はい。バルト様、マルク様、ガルド様の証言が必要になりますね」
「領地から呼ぶことになるかもしれない」
「準備しておきましょう」
セシリアは迷わず答えた。
心強い。
だが、問題はそれだけではない。
「もう一つ、泣いている誰かがいた」
「誰か、ですか?」
「ああ。はっきり顔は見えなかった。でも、女性だった気がする」
セシリアの表情が少しだけ変わる。
「リリア様でしょうか」
「可能性はある」
原作では、リリアは王子側に立つ。
悪役貴族レオンに傷つけられた被害者として、断罪の場にいる。
今の流れでも、王子派はリリアを使うかもしれない。
平民特待生。
可憐な少女。
王子に近づいている存在。
彼女が涙ながらに証言すれば、周囲は信じやすい。
「でも、俺はリリア嬢に何もしていない」
「だからこそ、何かを作るのでしょう」
セシリアの声は静かだった。
しかし、少しだけ冷たい。
「レオン様がリリア様を傷つけた。脅した。利用した。そのような話を作るかもしれません」
「面倒すぎる」
「はい。ですが、警戒できます」
セシリアは真剣な顔で言った。
「今後、リリア様と二人きりにならないでください」
「絶対にならない」
即答した。
これはかなり大事だ。
ヒロイン候補と二人きり。
それだけで噂を作られる。
俺は破滅したくないし、セシリアに変な心配もかけたくない。
「リリア嬢と話す時は、必ずセシリア嬢か教師がいる場にする」
「はい」
「できれば話さない」
「それが一番です」
セシリアが少しだけ強く言った。
静かな圧があった。
可愛い。
いや、今はそれどころではない。
俺はさらに記憶を探る。
「周囲の貴族たちは、かなり俺を冷たい目で見ていた。でも、全員ではなかった」
「味方もいたのですね」
「たぶん。何人かは迷っていた」
これは重要だ。
完全に孤立する未来ではない。
今までの行動で、俺を見る目は少し変わっている。
断罪舞踏会でも、最初から全員が敵というわけではないかもしれない。
なら、準備次第で反転できる。
「王子派は、舞踏会で一気に決めるつもりだ」
「人前で罪を突きつけ、レオン様が反論できない空気を作る」
「ああ。原作のレオンなら、怒鳴って終わりだ」
「ですが、今のレオン様は違います」
セシリアがまっすぐ俺を見る。
「証拠で返せます」
その言葉に、少しだけ息が楽になった。
そうだ。
今まで何度もそうしてきた。
怒らず、証拠を集め、先に動く。
今回も同じだ。
ただし、規模が大きいだけ。
かなり大きいだけだ。
「やることを決める」
俺は指を折った。
「一つ、領地の本物の帳簿を用意する」
「はい」
「二つ、商人、騎士団、領民の証言を集める」
「はい」
「三つ、リリア嬢を利用されないように動きを見る」
「はい」
「四つ、王子派が偽証拠を作る経路を探す」
「そこが一番難しいですね」
「だが、必要だ」
偽証拠を出されてから反論するのでは遅い。
誰が作ったかまで押さえたい。
エドガー。
ローレン伯爵家。
宰相派。
どこかでつながっているはずだ。
その時、校舎の影から声がした。
「……グランヴェル様」
振り向くと、トーマスが立っていた。
顔が青い。
「聞いていたのか?」
「す、すみません! 全部ではありません。ただ、その……」
トーマスは周囲を気にしてから、小声で言った。
「リリアさんが、王子派の方々に何度も呼ばれているのを見ました」
俺とセシリアは顔を見合わせる。
やはりか。
「どこで?」
「放課後、東棟の小部屋です。エドガー様の取り巻きもいました」
「内容は聞いたか?」
「いえ。ただ、リリアさんは困っているように見えました」
困っている。
利用されている可能性がある。
それとも、演技か。
まだ分からない。
だが、調べる価値はある。
「トーマス。無理に近づくな。危険だ」
「はい」
「ただ、また見かけたら教えてくれ。誰と会っていたかだけでいい」
「分かりました!」
トーマスは真剣にうなずいた。
「僕も、グランヴェル様のお役に立ちたいです」
また重い言葉だ。
だが、今はありがたい。
「助かる。ただし、自分の安全を優先しろ」
「はい!」
トーマスは走りかけて、すぐに歩き直した。
少し笑いそうになった。
ちゃんと覚えているらしい。
トーマスが去ったあと、セシリアが言った。
「もう動き始めていますね」
「ああ」
断罪舞踏会は、まだ先のはずだ。
だが、準備はもう始まっている。
偽証拠。
偽証人。
リリアの利用。
王子の正義感。
全部が一つの場に集められようとしている。
だが、今回は違う。
俺はもう、何も知らない悪役貴族ではない。
味方もいる。
証拠も集められる。
先に動ける。
「セシリア嬢」
「はい」
「今度は、破滅フラグを折るだけじゃない」
俺は静かに言った。
「断罪舞踏会そのものを、こっちの反撃の場にする」
セシリアは少しだけ微笑んだ。
「はい。私も隣におります」
その言葉に、腹が決まった。
原作最大の破滅イベント。
それを、評価アップイベントに変える。
いや、それだけでは足りない。
グランヴェル家を悪役にした者たちの尻尾をつかむ。
俺は拳を握った。
今度は、こちらから動く番だ。




