第4話 悪役らしくしない努力
北の村へ向かう馬車の中で、俺はずっと考えていた。
七日後、魔物が出る。
場所は北の村。
森から黒い魔物が出て、村人を襲う。
《最悪予測》が見せた未来だ。
これを防がないと、村人が死ぬ。
村人が死ねば、俺は恨まれる。
恨まれれば、断罪イベントで証言される。
つまり、魔物対策は俺の命に直結している。
だが、問題はそれだけではない。
向かいの席に、セシリアが座っている。
俺の婚約者。
原作では、俺を見限る少女。
彼女に悪い印象を与えるわけにはいかない。
怒鳴らない。
偉そうにしない。
婚約者を雑に扱わない。
俺は心の中で何度も唱えた。
「レオン様」
「は、はい」
返事が変になった。
セシリアが少し不思議そうに俺を見る。
「お疲れですか?」
「いや、大丈夫だ」
大丈夫ではない。
魔物も怖いし、婚約者も怖い。
だが、そんなことは言えない。
「北の村には、よく行かれるのですか?」
「いや。正直、あまり行けていなかった」
言ってから、しまったと思った。
悪役貴族っぽい答えだ。
領地を見ていない。
民の暮らしを知らない。
完全に駄目な領主候補である。
しかし、嘘をついても仕方ない。
「だから、これから見る。知らなかったで済ませると、後で大きな問題になるからな」
前世で嫌というほど学んだ。
現場を見ない上司ほど、だいたい無茶を言う。
そして最後に、現場が壊れる。
俺はそうなりたくない。
いや、そうなったら死ぬ。
セシリアは少し目を伏せた。
「知らなかったことを、認められるのですね」
「認めないと直せないだろう」
何気なく答えると、セシリアは驚いたように俺を見た。
また何か変なことを言ったか。
貴族的には駄目だったか。
俺が内心で焦っていると、彼女は小さく笑った。
「いえ。とても大切なことだと思います」
やめてくれ。
その笑顔は心臓に悪い。
北の村に着くと、村人たちが不安そうに集まっていた。
騎士団が来ると聞いて、何か罰を受けるのではないかと思ったのだろう。
老人が震えながら頭を下げる。
「若様、私どもが何か粗相を……?」
まずい。
怖がらせている。
ここで偉そうにすると、悪役貴族一直線だ。
俺はできるだけ穏やかな声を出した。
「違う。罰ではない。水路と森の確認に来ただけだ」
「水路、でございますか?」
「ああ。不作の原因を見たい。壊れているなら直す」
村人たちが顔を見合わせる。
疑っている。
当然だ。
いきなり領主の息子が来て、水路を直すと言っているのだ。
怪しいに決まっている。
その時、セシリアが一歩前に出た。
「皆さん、レオン様は本気でこの村を案じておられます。どうか、村の状況を教えてください」
柔らかい声だった。
それだけで、村人たちの空気が少し和らぐ。
さすが公爵令嬢。
俺が言うより説得力がある。
……いや、婚約者に頼りきりでどうする。
俺もちゃんとしないと。
「まず、病人と子どもを広場に集めてくれ。水路を見る間、騎士に村の周囲を見回らせる」
「騎士様を、ですか?」
「森が近い。念のためだ」
魔物が出るとは言わない。
言えば混乱する。
今は避難しやすい形を作る方が先だ。
俺は騎士団長に指示を出した。
「森側に三人。村の入口に二人。残りは広場の周囲だ」
「はっ」
「誰も一人で森に入れるな。薪拾いも今日は中止」
「承知しました」
騎士団長がすぐに動く。
村人たちは驚いた顔でそれを見ていた。
「若様が、ここまで……」
「水路のために騎士様まで……」
違う。
本当は魔物対策だ。
でも、今はそう思ってくれていい。
水路は思った以上に傷んでいた。
石は崩れ、泥が詰まり、水が畑まで届いていない。
これでは麦が育たない。
「ひどいな」
思わず声が出た。
そばにいた村長が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「人手が足りず、直せませんでした」
「責めているわけじゃない。直せなかった理由を知りたいだけだ」
俺はしゃがみ、泥で詰まった場所を見る。
ここを掃除する。
崩れた石を積み直す。
水の流れを変える。
専門家ではない。
でも、最低限やることは分かる。
「明日から人を出す。村だけではなく、屋敷からも作業員を送る」
「そ、そこまでしてくださるのですか?」
「水が戻らなければ、来年も飢える。今直した方がいい」
村長の目が潤んだ。
「若様……」
泣くな。
頼むから泣くな。
俺はただ、来年また破滅フラグが立つのを防ぎたいだけだ。
その時、背後からセシリアの声がした。
「レオン様は、目の前だけではなく、先のことまで見ておられるのですね」
違う。
見えているのは、最悪の未来だけだ。
でも、そう言えない。
「先を見ないと、あとで困るからな」
「だからこそ、皆さんを救えるのだと思います」
やめてくれ。
そんなまっすぐ褒められると、どう返していいか分からない。
俺はごまかすように立ち上がった。
「森も確認する」
「私も行きます」
「危ないから、ここで――」
そう言いかけた時だった。
森の奥から、鳥が一斉に飛び立った。
騎士団長が顔を上げる。
「若様」
「ああ」
俺の背筋に冷たいものが走った。
まだ七日後ではない。
だが、未来はもう動き始めているのかもしれない。
森の奥で、何か黒い影が揺れた。
俺は息をのむ。
「全員、広場へ下がれ」
声が震えないように、必死で抑えた。
「魔物が来る前に、村人を集める」




