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第3話 婚約者が来た

「バルト。騎士団を集めろ」


 俺がそう言うと、家令のバルトはすぐに頭を下げた。


「かしこまりました」


 七日後、北の村が魔物に襲われる。


 《最悪予測》が見せた未来だ。


 せっかく食料を配った村を、魔物に襲わせるわけにはいかない。


 領民が死ねば、俺への恨みになる。

 恨みが積もれば、断罪イベントで使われる。


 つまり、魔物を倒さないと俺が死ぬ。


 なんで悪役貴族に転生しただけで、こんなに忙しいんだ。


「若様。もう一つ、ご報告がございます」


「なんだ?」


「アルディス公爵家より、セシリア様がお越しになります」


 俺は固まった。


「……誰が?」


「若様の婚約者、セシリア・フォン・アルディス様でございます」


 終わった。


 いや、まだ終わってはいない。

 だが、かなり危ない。


 セシリア・フォン・アルディス。


 原作では、俺の婚約者。

 そして最後には、俺を見限って王子側につく令嬢だ。


 断罪イベントで、俺を冷たい目で見ていた少女。


 あの目は怖かった。


「いつ来る」


「本日の昼過ぎには」


「早いな!」


 思わず声が出た。


 まずい。

 心の準備ができていない。


 原作のレオンは、セシリアに冷たかった。

 婚約者なのに、会話もろくにしない。

 機嫌が悪いと八つ当たりする。


 そんな相手に好かれるわけがない。


 今の俺は違う。


 絶対に冷たくしない。

 怒鳴らない。

 見下さない。


 普通に丁寧に接する。


 それだけだ。


 ……それが一番難しいのだが。


 昼過ぎ。


 屋敷の前に、公爵家の馬車が止まった。


 俺は玄関前で待っていた。


 逃げたい。

 だが逃げたら悪印象だ。


 馬車の扉が開く。


 降りてきたのは、銀に近い金髪の少女だった。


 青い瞳。

 まっすぐ伸びた背筋。

 派手ではないのに、すぐに育ちの良さが分かる。


 セシリア・フォン・アルディス。


 ゲーム画面で見るより、ずっと綺麗だった。


「よ、ようこそ、セシリア嬢。長旅で疲れただろう」


 少し声が裏返った。


 終わった。


 いや、まだ致命傷ではない。


 セシリアは静かに俺を見る。


 その目には、わずかな警戒があった。


「お出迎え、ありがとうございます。レオン様」


 丁寧な声。

 でも、距離がある。


 当然だ。


 彼女にとって、俺は悪評だらけの婚約者である。


「部屋を用意してある。まずは休んでくれ」


「ありがとうございます」


「それと、何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってほしい」


 セシリアが少しだけ目を開いた。


 今の発言が意外だったらしい。


 原作のレオン、どれだけひどかったんだ。


 その時、屋敷の門の外から声が聞こえた。


「若様!」


 見ると、数人の村人が頭を下げていた。


 食料を受け取った村の者たちだ。


 その一人が、野菜の入った小さな籠を持っている。


「これを、若様に。大した物ではありませんが……」


「いや、今はお前たちの方が大変だろう。持って帰れ」


「いえ。若様のおかげで、子どもたちが食べられました。どうか、受け取ってください」


 困った。


 断ると傷つける。

 受け取ると負担になる。


 俺は少し考えてから、籠を受け取った。


「分かった。ありがたく受け取る。ただし、次からは村で余った時だけでいい」


「はい!」


 村人たちは何度も頭を下げて帰っていった。


 俺は籠を使用人に渡す。


「厨房へ。今日の食事に使ってくれ。あと、あの村へ薬を少し送れ。顔色が悪い者がいた」


「かしこまりました」


 そこで、セシリアの視線に気づいた。


 彼女が、じっとこちらを見ている。


「……何か?」


「いえ」


 セシリアは少し考えてから、静かに言った。


「噂と、ずいぶん違いますのね」


 来た。


 原作との違いに気づかれた。


 まずいのか。

 いや、良い意味か。


 分からない。


「噂は、あまり当てにならないこともある」


 本当は、かなり当たっていた。

 原作のレオンなら。


 セシリアは村人たちが帰った方を見た。


「領民の方々が、あなたを慕っているように見えました」


「慕うというほどではない。少し食料を回しただけだ」


「少し、ですか」


 彼女の声が、少しやわらかくなった。


「飢えている方にとっては、それが命を救うこともあります」


 俺は返事に困った。


 別に、立派な理由でやったわけではない。

 死にたくないからだ。

 断罪されたくないからだ。


 でも、そうは言えない。


「領民が倒れれば、領地も倒れる。だから先に手を打っただけだ」


「……そういう考え方をされるのですね」


 警戒はまだ消えていない。


 でも、さっきより少しだけ表情がやわらかい。


 よし。


 たぶん、初対面は最悪ではない。


 その後、俺はすぐに執務室へ戻った。


 のんびりしている時間はない。


 七日後には、北の村に魔物が来る。


 地図を広げ、森と村の位置を確認する。


「まずは避難路を決める。騎士団は森側に配置。村人には、水路修理の名目で広場に集まってもらう」


 魔物が来ると言っても、信じてもらえるか分からない。


 だから、別の理由を作る。


 危険が起きてからでは遅い。


 先に動くしかない。


「レオン様」


 扉の方から声がした。


 セシリアだった。


「先ほど、北の村と聞こえました。何か起こるのですか?」


 聞かれていたか。


 未来が見えた、とは言えない。


「まだ確定ではない。ただ、北の村が危ないかもしれない」


「だから、騎士団を?」


「ああ。起きてからでは遅い」


 セシリアは驚いたように俺を見た。


 そして、ほんの少しだけ微笑んだ。


「あなたは、本当に噂と違う方なのですね」


 その笑顔に、俺は言葉に詰まった。


「危険かもしれない。君は屋敷で休んでいてくれ」


「いいえ。私も行きます」


「いや、危ない」


「だからこそです。私は公爵家の娘です。村の方々を落ち着かせる役には立てるかもしれません」


 困った。


 断りたい。

 巻き込みたくない。


 だが、彼女の目は真剣だった。


 俺は小さく息を吐く。


「分かった。ただし、俺の指示には従ってくれ」


「はい」


 セシリアはまっすぐうなずいた。


「レオン様の邪魔はいたしません」


 七日後、北の村に魔物が来る。


 この未来を変える。


 そのために俺は、婚約者と一緒に村へ向かうことになった。

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