第2話 最悪の未来だけが見える
税を半分にする。
屋敷の麦を村へ運ぶ。
畑と水路の状態を調べる。
そう命じたあと、屋敷の中は大騒ぎになった。
使用人たちは倉庫へ走り、帳簿係は備蓄を確認し、家令のバルトは何人もの部下に指示を出している。
俺はその様子を見ながら、少しだけ息を吐いた。
ひとまず、最初の破滅フラグは折れた。
……はずだ。
たぶん。
いや、折れていてくれ。
俺はまだ死にたくない。
「若様、こちらが現在の備蓄量でございます」
バルトが帳簿を持ってきた。
数字がびっしり並んでいる。
前世でも書類仕事はしていた。
だから読めないことはない。
ただ、好きではない。
ブラック企業時代を思い出すからだ。
「麦はこれだけか?」
「はい。今年は不作でしたので、例年より少なくなっております」
「村に運んでも、屋敷がすぐ困るほどではないな」
「しばらくは問題ございません。ただ、このまま不作が続けば……」
バルトの声が重くなる。
俺は帳簿を見つめた。
村を助けた。
それはいい。
でも、今日来た村だけが困っているとは限らない。
別の村でも食料が足りなかったら?
配り方を間違えて奪い合いになったら?
商人が足元を見て、食料を買い占めたら?
悪い想像ばかり浮かぶ。
胃が痛い。
その時だった。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
「……っ?」
見えたのは、暗い村だった。
倒れた荷車。
散らばった麦袋。
怒鳴り声。
泣き声。
腹を空かせた村人たちが、屋敷の兵と押し合っている。
『もう限界だ!』
『倉庫には麦があるんだろう!』
『子どもが死ぬんだぞ!』
火のついた松明が投げられた。
外門が燃える。
兵が剣を抜く。
村人が倒れる。
地面に血が広がった。
そして、頭の中に文字が浮かぶ。
【三日後、食料不足により村で暴動が発生します】
「うわっ!」
俺は声を上げた。
視界が戻る。
目の前には、驚いた顔のバルトがいた。
「若様?」
今のは何だ。
夢ではない。
未来を見せられたような感覚だった。
その瞬間、頭の奥に言葉が浮かぶ。
《最悪予測》。
近い未来に起こる、最悪の可能性を見る力。
なぜか、そう理解できた。
つまり、今のは三日後の未来。
しかも、最悪の未来だ。
「バルト」
「はい」
「三日後、村で暴動が起きる」
バルトの顔が固まった。
「暴動、でございますか?」
「ああ。食料が足りない。今日の村だけじゃない。領内の他の村も調べろ」
「は、はい」
「備蓄量、病人の数、子どもの数を確認する。麦は一か所で配るな。村ごとに分けろ。並ばせると奪い合いになる」
言いながら、俺は必死だった。
見えた未来が本当なら、三日しかない。
三日後に暴動。
村人が死ぬ。
屋敷が燃える。
そんなことになったら、断罪イベントまっしぐらだ。
「それから、食料を扱う商人を呼べ。今日中にだ」
「商人を、でございますか?」
「買い占めを防ぐ。値段を吊り上げられる前に、領主家で押さえる」
前世でも似たようなことはあった。
何かが不足すると、必ずそれを利用して儲けようとする人間が出る。
この世界でも同じだろう。
「通常価格に少し上乗せして買う。支払いは即日。協力した商人は、今後の取引で優先する」
バルトが目を見開いた。
「なるほど。商人にとっても悪い話ではありませんな」
「売り渋る商人は名前を控えろ。あとで取引許可を見直す」
「……若様、そこまでお考えでしたか」
違う。
今、死ぬ気で考えただけだ。
けれど説明している暇はない。
「急げ。三日しかない」
「はっ!」
バルトは深く頭を下げ、すぐに部屋を出ていった。
その日の午後。
屋敷には、領内の商人たちが集められた。
その中に、一人だけにやにやしている男がいた。
ゴルドという商人だ。
原作では、食料不足に乗じて大儲けした男だったはずだ。
「若様。食料をお求めとのことですが、今はどこも品薄でしてなあ。価格は、普段の三倍ほどに――」
「いらない」
「は?」
「三倍なら買わない」
ゴルドの顔が引きつる。
俺は他の商人たちを見た。
「通常価格の一割増しで買う。支払いは即日。さらに、今回協力した商人は、今後の領内取引で優先する」
商人たちの目が変わった。
即日払い。
前世でも、これは強かった。
すぐ払う相手は信用される。
「領民を飢えさせないための取引だ。協力してくれる者だけ残れ」
最初に、若い商人が頭を下げた。
「我が商会は協力いたします」
「こちらもです」
「私どもも」
次々と商人が名乗り出る。
ゴルドだけが取り残された。
買い占めは、これで封じられる。
三日後。
村で暴動は起きなかった。
「若様。各村への食料配布、完了いたしました」
バルトが深く頭を下げる。
「病人と子どもを優先したため、大きな混乱も起きておりません」
「そうか」
俺は椅子にもたれた。
助かった。
本当に助かった。
あの未来が外れた。
これでまた一つ、破滅フラグを折ったはずだ。
だが、バルトの顔はなぜか感動していた。
「暴動の可能性を見抜き、商人の買い占めまで先に封じるとは……。若様は、領地の先まで見ておられるのですね」
違う。
先を見ているんじゃない。
最悪だけを見せられているんだ。
でも、そんなことは言えない。
「まだ安心はできない。畑と水路を調べる。食料を配っただけでは、来年また同じことになる」
「かしこまりました」
その時、窓の外から声が聞こえた。
「若様、ありがとうございます!」
「グランヴェルの若様が、俺たちを救ってくださった!」
外を見ると、食料を受け取った村人たちが屋敷の前で頭を下げていた。
その顔には、前のような絶望はない。
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
悪くない。
感謝されるのは、少しだけ悪くない。
そう思った瞬間。
また、視界が歪んだ。
見えたのは、乾いた畑。
割れた水路。
そして、森から出てくる黒い魔物。
【七日後、北の村が魔物に襲われます】
「……次は魔物かよ」
俺は思わずつぶやいた。
せっかく助けた村を、魔物に襲わせてたまるか。
俺は立ち上がる。
「バルト。騎士団を集めろ」
「騎士団でございますか?」
「ああ」
俺は窓の外の村人たちを見た。
「最悪のことが起こる前に、潰す」




