第1話 悪役貴族に転生した
「レオン・グランヴェル! 貴様との婚約を、ここに破棄する!」
広い舞踏会場に、王子の声が響いた。
周りの貴族たちが、冷たい目で俺を見ている。
その隣には、美しい令嬢がいた。
セシリア・フォン・アルディス。
俺の婚約者だった少女だ。
「お前は領民に重税をかけ、逆らう者を痛めつけ、セシリア嬢をも苦しめた! その悪行、もはや見過ごせぬ!」
待ってくれ。
俺は何もしていない。
そう言おうとして、気づいた。
この場面を、俺は知っている。
乙女ゲーム『聖女と王国の花冠』。
その終盤で起こる、悪役貴族の断罪イベント。
最後に破滅する悪役貴族。
その名前が、レオン・グランヴェルだった。
「悪役貴族レオン! 貴様を国外追放とする!」
「いやだ……」
声が震えた。
終わった。
俺は、破滅する。
「若様!」
目を開けると、そこは寝室だった。
舞踏会場ではない。
俺は広い寝台の上にいた。
横には、初老の男が立っている。
家令のバルト。
そう名前が浮かんだ瞬間、頭の中に大量の記憶が流れ込んできた。
レオン・グランヴェル。
十五歳。
グランヴェル辺境伯家の嫡男。
そして、乙女ゲームに出てくる悪役貴族。
「……最悪だ」
「若様?」
バルトが心配そうに俺を見る。
俺は額の汗をぬぐった。
前世の俺は、日本の会社員だった。
毎日働き、怒鳴られ、気づけば会社の机で意識を失った。
そして今、悪役貴族になっている。
しかもこのレオンは、かなり評判が悪い。
領民から税をしぼり取る。
使用人を怒鳴る。
婚約者に冷たくする。
最後は王子に断罪される。
さっきの夢は、たぶん未来だ。
だが、まだ十五歳。
断罪イベントまでは時間がある。
今から悪行をやめれば、助かるかもしれない。
そう思った時、扉が叩かれた。
「失礼いたします」
若い使用人が入ってきた。
顔が青い。
「若様。村の者たちが、屋敷の前に来ております」
「村の者?」
「はい。税の減免を願いたいと……」
心臓が嫌な音を立てた。
知っている。
これも原作にあった。
不作で苦しむ村人たちが、税を待ってほしいと願いに来る。
だがレオンは怒鳴って追い返す。
その後、村では餓死者が出る。
領民の恨みは深くなり、断罪の時に証言される。
つまり、破滅フラグだ。
俺は寝台から飛び起きた。
「すぐ会う」
「若様?」
「待たせるな。広間へ通せ」
使用人とバルトが驚いた顔をした。
当然だ。
原作のレオンなら、ここで怒鳴っている。
でも俺は怒鳴らない。
怒鳴ったら死ぬ。
広間には、数人の村人がひざまずいていた。
服は古く、顔色も悪い。
かなり追い詰められている。
先頭の老人が、震える声で言った。
「若様……どうか、今年の税を少しだけお待ちいただけませんか」
その隣では、幼い少年が母親の服を握っていた。
俺は息をのむ。
ゲームでは、ただの村人だった。
でも今は違う。
目の前にいる。
本当に苦しんでいる人間が、ここにいる。
「今年は雨が少なく、麦が育ちませなんだ。このままでは、冬を越せぬ者が出ます。ですが、税を納めぬつもりはございません。どうか、少しだけ……」
広間が静まり返る。
村人たちは、殴られるのを待つように体を固くしていた。
原作のレオンなら、ここで怒鳴る。
だが、俺は違う。
そんなことをしたら、破滅一直線だ。
俺は息を吐いた。
「今年の税は半分でいい」
村人たちは動かなかった。
聞き間違いだと思ったのだろう。
「今年の税は半分にする。残りは来年以降、無理のない形で納めればいい」
「わ、若様……?」
「それと、屋敷の倉庫にある麦を村へ運べ。冬を越す分を先に渡す」
バルトが目を見開いた。
「若様、それでは屋敷の備蓄が」
「村が飢えれば、来年の税も取れない。人が死ねば畑も荒れる。今助けた方がいい」
これは立派な善意ではない。
前世の会社員としての感覚だ。
現場を潰したら、あとで全部こちらに返ってくる。
なら、先に手を打つ。
ただそれだけだった。
けれど、村人たちは違う受け取り方をした。
「若様……!」
老人の目から涙がこぼれた。
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
母親も泣き出した。
少年も頭を下げる。
「若様、ありがとう……」
やめてくれ。
そんな目で見ないでくれ。
俺はただ、死にたくないだけだ。
断罪されたくないだけだ。
だが、口には出せない。
「村に戻ったら、病人と子どもを優先して食べさせろ。足りない分は明日までに調べる」
「は、はい!」
「畑と水路の状態も確認する。壊れているなら直す」
言いながら、俺は内心で震えていた。
畑?
水路?
俺にできるのか?
いや、やるしかない。
領民が恨めば、俺は断罪される。
つまり俺が生き残るには、領民を助けるしかない。
なんだ、この無理ゲー。
「若様は、私たちを見捨てなかった……!」
老人の言葉に、広間の空気が変わった。
使用人たちが驚いたように俺を見る。
バルトは目元を押さえていた。
「若様……ご立派になられて……」
待て。
泣くな。
そんな大きな話ではない。
俺は本当に、自分の命が惜しいだけなんだ。
それでも、村人たちの顔には少しだけ光が戻っていた。
その顔を見て、胸の奥が少し痛んだ。
俺は悪役貴族だ。
放っておけば破滅する。
なら、やることは一つしかない。
悪役らしいことを、全部やめる。
「倉庫を開けろ。まずは村を飢えさせない」
広間にいた全員が、深く頭を下げた。
「かしこまりました、若様!」
こうして俺は、破滅を避けるために善政を始めた。
この時の俺は、まだ知らなかった。
ただの税減免だと思っていたこの命令が、
――グランヴェルの若様は、領民を救うお方だ。
そんな噂の始まりになることを。




