第37話 王子派、罠を仕掛ける
実技試験のあと、王子派の空気が変わった。
正面から挑発しても、俺は怒らない。
模擬戦では恥をかかせられなかった。
実技試験では、妨害が逆に俺の評価になった。
なら、次に何をするか。
答えは簡単だ。
濡れ衣だ。
俺は学園の廊下を歩きながら、ため息をついた。
「レオン様。お疲れですか?」
隣のセシリアが聞いてくる。
「王子派がそろそろ別の手を使う気がする」
「別の手、ですか」
「俺が怒らないなら、怒ったことにする。俺が不正をしないなら、不正したことにする」
前世でも見たことがある。
正面から責められない相手には、噂や書類で攻める。
この世界でも同じだろう。
その時、視界が歪んだ。
《最悪予測》。
見えたのは、教師の前に置かれた答案。
俺の名前が書かれた答案に、不自然な書き込み。
次に、訓練用の魔道具が壊れている光景。
周囲の生徒が俺を見る。
『グランヴェル卿が不正をしたらしい』
『魔道具まで壊したのか』
【明日、答案のすり替えと魔道具破壊の濡れ衣を着せられます】
来た。
予想より早い。
俺は足を止めた。
「レオン様?」
「セシリア嬢。教師に会う」
「今からですか?」
「ああ。それと、答案の保管場所と、魔道具の管理記録を確認する」
セシリアは一瞬だけ驚き、それからすぐにうなずいた。
「分かりました。私も行きます」
本当に頼もしい。
俺一人なら、また説明に苦労していた。
俺たちは担当教師のもとへ向かった。
教師は実技試験で俺を評価してくれた人物だ。
名はオルド先生。
堅そうな中年男性で、感情はあまり顔に出ない。
「グランヴェル。何用だ」
「少し気になることがあります」
「気になること?」
「俺の答案と、実技試験で使った魔道具の管理記録を確認させてください」
オルド先生は眉を寄せた。
「理由は?」
「不正の濡れ衣を着せられる可能性があります」
正直に言った。
遠回しにすると余計に怪しい。
先生はしばらく俺を見た。
セシリアが横から口を開く。
「先生。レオン様は、これまで何度も危険を事前に防いでおられます。今回も確認だけでもお願いいたします」
オルド先生は少し考えた。
「……よかろう。ただし、私の立ち会いのもとだ」
「ありがとうございます」
まずは一歩。
保管室へ向かう。
答案は鍵付きの棚に入っていた。
俺の答案も、そこにある。
今はまだ無事だった。
次に、魔道具の管理記録を見る。
実技試験で使った標的魔道具。
そのうち一つの点検予定が、明日の朝になっていた。
予測で壊されていたのは、たぶんこれだ。
「先生。この魔道具、今確認できますか」
「よかろう」
訓練場の倉庫へ向かう。
魔道具はまだ壊れていない。
だが、裏側の留め具に新しい傷があった。
誰かが下見をしたのかもしれない。
俺は言った。
「この魔道具を別の場所に移せますか?」
「なぜだ」
「壊されるなら、ここに置いたままでは危ないからです」
オルド先生の目が細くなる。
疑っている。
当然だ。
だが、ここで引けない。
「先生の管理下で移してください。俺は触りません」
これが大事だ。
俺が触ると、逆に疑われる。
先生が動かす必要がある。
オルド先生は静かにうなずいた。
「分かった。ならば私が移す」
その場で魔道具は別の倉庫へ移された。
元の場所には、壊れた予備部品を置くことになった。
罠を仕掛ける相手が、間違えるように。
翌朝。
騒ぎは予測通り起きた。
「グランヴェル卿が不正をしたらしい!」
廊下で声が上がる。
エドガーの取り巻きが、得意げに騒いでいた。
「答案に別の筆跡で修正があったそうだ!」
「さらに、実技試験の魔道具も壊されていたとか!」
周囲の生徒がざわつく。
俺は深く息を吐いた。
来た。
だが、今回は準備済みだ。
俺はセシリアと一緒に職員室へ向かった。
そこには、エドガーと取り巻きたち、オルド先生がいた。
王子アルベルトも呼ばれている。
リリアもなぜか端に立っていた。
面倒な面子がそろっている。
「グランヴェル卿」
エドガーが笑った。
「いよいよ本性が出ましたね」
「何の話だ?」
「とぼけるのですか。答案の不正、そして魔道具の破壊。どちらもあなたの仕業だと証言があります」
証言。
出た。
雑な言葉だ。
「誰の証言だ?」
「それは……」
エドガーが少し詰まる。
そこへ、取り巻きの一人が前に出た。
「私は見ました! グランヴェル卿が昨日、保管室の近くにいるのを!」
「いたな」
俺はあっさり認めた。
取り巻きが勝ち誇る。
「ほら!」
「オルド先生とセシリア嬢も一緒だったが」
空気が止まった。
オルド先生が静かに言う。
「事実だ。昨日、グランヴェルは私に相談し、私の立ち会いのもとで答案と魔道具を確認した」
エドガーの顔が変わる。
「なっ……」
「答案はその時点で無事だった。確認後、棚の鍵は私が預かった」
先生は机に答案を置いた。
「問題の答案はこれだ」
そこには、俺の名前が書かれている。
だが、修正部分の筆跡が明らかに違った。
「これは、昨夜以降に差し込まれた偽物だ」
オルド先生は別の紙を出した。
「本物はこちらだ。昨日、写しを取っておいた」
エドガーの取り巻きたちが青ざめる。
「そして魔道具の件だ」
オルド先生の声はさらに低くなった。
「壊されていたのは、元の倉庫に置いてあった予備部品だ。本物の魔道具は、昨日のうちに私が移した」
職員室が静まり返る。
「つまり、壊した者は魔道具の場所を知らず、見た目だけで間違えた」
エドガーの顔から血の気が引いた。
王子アルベルトが眉を寄せる。
「エドガー。これはどういうことだ」
「い、いえ、私は……」
「証言者は君の取り巻きだな」
王子の声が冷たくなる。
エドガーは何も言えない。
オルド先生は続けた。
「学園での不正工作は重い処分となる。調査委員会に報告する」
取り巻きたちが震えた。
俺は追撃しなかった。
言いたいことは山ほどある。
ざまぁ、とも思う。
だが、ここで笑えば悪役になる。
だから、静かに言った。
「俺から言うことはありません。先生の判断に従います」
オルド先生がうなずく。
「よろしい」
王子は俺を見た。
その目には、いつもの疑いと、少しの迷いがあった。
「レオン。君は、これを予想していたのか」
「心配性なので」
またその答えを使う。
「最悪を考えただけです」
王子は何も言わなかった。
職員室を出ると、セシリアが小さく息を吐いた。
「無事に防げましたね」
「ああ。今回は証拠が残せた」
「レオン様は、本当に先を読まれます」
「最悪だけはな」
そう言うと、セシリアは静かに微笑んだ。
「その最悪を、また一つ防がれました」
廊下の向こうでは、生徒たちがこちらを見ていた。
噂はすぐ広がるだろう。
グランヴェル卿が不正をした。
ではなく。
グランヴェル卿に不正の濡れ衣を着せようとした者がいた。
そう広がるはずだ。
王子派の信用は落ちる。
俺の評価は少し上がる。
破滅イベントは、また反転した。
だが、安心はできない。
エドガーの背後には王子がいる。
王子の背後には、おそらく宰相がいる。
この程度で終わる相手ではない。
俺は廊下の先を見た。
「次は、もっと大きな罠が来るな」
「はい」
セシリアが隣に並ぶ。
「ですが、私も一緒に備えます」
その言葉だけで、少しだけ気が楽になった。
学園での戦いは、まだ続く。
だが、少なくとも今日のところは。
俺は、悪役として裁かれずに済んだ。




