第34話 図書室の古い地図
リリアと王子が接触した。
原作通りなら、ここから王子はリリアに興味を持つ。
そして、俺はリリアをいじめる悪役になる。
絶対に避けたい。
というわけで、俺はリリアに近づかないことにした。
その結果、向かった先は図書室だった。
「レオン様。避難先が図書室なのですね」
セシリアが少し笑う。
「人間関係より本の方が安全だ」
「本にも危険な内容はありますよ」
「今の学園よりはましだ」
これは本音だ。
王子。
エドガー。
リリア。
宰相が作ったかもしれない火種。
学園の廊下を歩くだけで、破滅イベントにぶつかる。
図書室に逃げたくもなる。
だが、ただ逃げるために来たわけではない。
目的もある。
グランヴェル家の古い記録だ。
王都の大図書館では、記録が不自然に消されていた。
公爵家の文書では、別の真実が見えた。
なら、学園にも何か残っているかもしれない。
ここは古い貴族の子弟が通う場所だ。
古い地図や教材が残っていてもおかしくない。
学園の図書室は、思ったより広かった。
貴族向けの歴史書。
魔法の基礎書。
地理の本。
古い地図。
棚を見ているだけで時間が溶ける。
俺とセシリアは、王国史と地図の棚を調べ始めた。
「レオン様、こちらはどうでしょう」
セシリアが一冊の地図帳を持ってきた。
表紙は古い。
今使われている地図帳ではない。
ページを開くと、王国全土の地図が載っていた。
だが、妙だった。
「王都が小さいな」
今の地図では、王都は大きく描かれる。
だが、この地図ではそれほど目立たない。
代わりに、北の辺境が大きく描かれている。
グランヴェル領のあたりだ。
しかも、そこには古い紋章があった。
剣と盾。
麦の穂。
また、グランヴェル家の古い紋章。
「これも同じか」
俺は小さく息を吐いた。
井戸。
森の石碑。
孤児院。
そして、学園の古い地図。
もう偶然ではない。
セシリアも真剣な顔で地図を見る。
「この地図では、グランヴェル領が王国北部の中心のように描かれています」
「今の地図とは違うな」
「はい。今の地図では、王都を中心に描きます」
「昔は違った?」
「その可能性があります」
王都中心の王国。
それが今の常識だ。
だが、昔の地図では、グランヴェル領が重要な場所として描かれていた。
それは何を意味するのか。
北方の大侵攻。
封石。
三つの印。
魔の流れ。
少しずつ、つながっていく。
俺は地図の端を見た。
小さな文字がある。
『北門の守り、グランヴェルに託す』
「北門?」
俺が読むと、セシリアも顔を近づけた。
「王国の北の守り、という意味でしょうか」
「ただの国境ではなさそうだな」
北門。
門という言葉が引っかかる。
王国の北に何かがある。
魔物が来る場所。
あるいは、封じられている場所。
そこをグランヴェル家が守っていた。
そう考えると、古文書の記録とも合う。
「これ、写しを取れるか?」
「許可が必要ですね」
「頼めるか?」
「もちろんです」
セシリアはすぐに司書へ向かった。
その後ろ姿を見ながら、俺は地図を見下ろす。
悪役貴族。
そう呼ばれてきた家。
だが、古い記録では違う。
王国の北を守る家。
そう読める。
もしそうなら、グランヴェル家を潰すことは、王国の守りを壊すことになる。
宰相たちは、それを知っているのか。
それとも、知っていて隠しているのか。
後者の方が嫌だ。
かなり嫌だ。
その時、背後から声がした。
「グランヴェル卿」
振り返ると、リリアが立っていた。
手には魔法の基礎書を抱えている。
また来た。
いや、ここは図書室だ。
彼女がいてもおかしくはない。
だが、今は来ないでほしかった。
「何か用か?」
「いえ。ただ、熱心に調べ物をされているなと思って」
「授業の準備だ」
嘘ではない。
広い意味では。
リリアは地図に視線を落とした。
「古い地図ですか?」
「ああ」
「グランヴェル様は、歴史に詳しいんですね」
「詳しくない。だから調べている」
短く答える。
近づきすぎない。
冷たすぎない。
この距離感が難しい。
リリアは少し笑った。
「私も、王国史は苦手です。よかったら今度、教えていただけませんか?」
まずい。
この誘いはまずい。
周囲には数人の生徒がいる。
セシリアは司書のところにいる。
ここで曖昧に答えると、変な噂になる。
俺は即答した。
「王国史なら、教師に聞いた方が正確だ」
リリアが少し固まる。
「え?」
「俺も調べている途中だ。人に教えられるほどではない」
嘘ではない。
というか本当だ。
「それに、俺は婚約者と調べ物をしている」
言ってから、自分でも少し驚いた。
かなりはっきり言った。
リリアも目を瞬かせる。
その時、セシリアが戻ってきた。
「レオン様、写しの許可が取れました」
「助かる」
セシリアはリリアを見る。
「リリア様も調べ物ですか?」
「はい。少しだけ」
リリアは笑った。
だが、その笑顔はさっきより少し硬い。
「お二人は、本当に仲がよろしいのですね」
「はい」
セシリアは迷わず答えた。
「私はレオン様の婚約者ですから」
強い。
今日も強い。
リリアは小さく礼をした。
「お邪魔しました」
そう言って、離れていく。
俺は内心で息を吐いた。
危なかった。
危険な恋愛イベントの芽を、何とか折った気がする。
セシリアが地図の写しを持って戻ってきた。
「レオン様」
「何だ?」
「先ほど、私と調べ物をしているとおっしゃいましたね」
「ああ。事実だろう」
「はい」
セシリアは少しだけ嬉しそうに笑った。
「とても嬉しかったです」
心臓に悪い。
学園は本当に心臓に悪い。
俺は咳払いする。
「今は地図だ。リリア嬢のことより、こっちを調べる」
「はい」
セシリアは微笑んだままうなずいた。
俺は古い地図の写しを見る。
北門。
グランヴェル家の紋章。
王都より大きく描かれた辺境。
この地図は、ただの教材ではない。
王都の公式記録が消した何かを、まだ残している。
「王都は、何を隠しているんだろうな」
俺がつぶやくと、セシリアは静かに言った。
「それを知るためにも、学園で立場を失うわけにはいきません」
「分かっている」
破滅イベントを避ける。
王子派の罠をかわす。
学園で味方を増やす。
そして、グランヴェル家の真実を調べる。
やることが多すぎる。
だが、もう逃げる気はなかった。
俺は地図の写しを丁寧にたたんだ。
悪役貴族の学園生活は、まだ始まったばかりだ。




