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第28話 王子、勝手に評価を落とす

 模擬戦は、引き分けという形で終わった。


 俺としては、かなり良い結果だった。


 負けなかった。

 勝ちすぎなかった。

 王子の面子も、ぎりぎり守った。


 これなら大きな問題にはならない。


 そう思っていた。


 だが、王都は甘くなかった。


「待て、レオン」


 訓練場を出ようとした俺に、王子アルベルトが声をかけた。


 周囲の貴族たちが足を止める。


 嫌な予感がする。


「何でしょうか、殿下」


「先ほどの模擬戦だが、君は私に手を抜いたのか?」


 空気が凍った。


 最悪の質問だ。


 はいと言えば、王子に恥をかかせる。

 いいえと言えば、王子の剣を軽く見たようにも聞こえる。


 どちらも危ない。


 俺は一度息を整えた。


「手を抜いたつもりはありません」


「では、なぜ最後に止めた?」


「模擬戦だからです」


 王子の目が細くなる。


「相手を傷つける場ではありません。互いの技量を見る場だと考えました」


 周囲がざわつく。


 これは正論だ。


 たぶん。


 少なくとも、悪役貴族の答えではない。


「きれいごとだな」


「そうかもしれません」


「また認めるのか」


「否定しても仕方ありませんので」


 王子の顔が険しくなる。


 まずい。


 冷静に答えすぎて、逆に腹を立てさせている。


 だが、ここで怒ったら終わりだ。


 王子の取り巻きであるエドガーが、横から笑った。


「殿下。グランヴェル卿は、殿下に恥をかかせぬよう取り繕っているのでしょう」


 余計なことを言うな。


 エドガーは得意げに続ける。


「辺境で民に媚び、王都では殿下に媚びる。なかなか器用なことです」


 観客席の一部が笑う。


 だが、前ほど大きくはない。


 さっきの模擬戦を見たからだろう。


 俺がただの小物ではないと分かってしまった。


 エドガーの嫌味には、少し無理がある。


 俺は答えなかった。


 答えれば、言い争いになる。


 しかし、王子は黙らなかった。


「レオン。君はいつも、事が起きる前に動いている。暴動も、魔物も、火事も。ずいぶん都合がいい」


 心臓が跳ねた。


 《最悪予測》を疑われている?


 いや、そこまでは分からないはずだ。


 だが、王子は違和感を覚えている。


「心配性なだけです」


 俺は答えた。


 これは本当だ。


「最悪を考える癖があります。だから、念のために動いているだけです」


「念のため、か」


 王子は笑った。


「その念のためで、民の心をつかみ、商人を味方につけ、騎士団を整えたわけだ」


「結果として、そうなりました」


「それを危険だと思わないのか?」


 王子の声が少し大きくなる。


「一領主の嫡男が、辺境で民と兵と商人を集める。王国に対する力を蓄えているようにも見える」


 周囲がざわめく。


 かなり危ない言い方だ。


 俺を反逆者扱いする一歩手前だった。


 俺はガルドを手で制した。


 護衛が反応したら、本当に危険になる。


「殿下」


 俺は一礼した。


「俺が整えているのは、反逆の力ではありません。領民を守る力です」


「同じことだろう」


「違います」


 これだけは、はっきり言った。


「魔物は、王都の命令を待ってくれません。飢えも、火事も、病も待ってくれません。だから、領地で先に動ける力が必要です」


 周囲が静かになる。


「それを王国への反逆と呼ばれるなら、辺境の領民は誰が守るのですか」


 言ってしまった。


 少し強かったかもしれない。


 だが、これは引けない。


 王都の騎士の一人が、小さくつぶやいた。


「確かに、辺境の魔物は王都からでは間に合わぬな」


 別の貴族も言う。


「孤児院の件も、実際に火事を防いだのは事実だ」


「グランヴェル卿の言い分にも筋はある」


 空気が変わった。


 王子が俺を攻めたことで、逆に周囲が考え始めた。


 王子の顔がさらに険しくなる。


「……君たちは、レオンの言葉を信じるのか?」


 その声は、少し鋭すぎた。


 周囲の者たちが気まずそうに黙る。


 王子が焦っている。


 そう見えた。


 セシリアが一歩前に出た。


「殿下。レオン様は、王国を否定しているのではありません」


「セシリア嬢」


「王都の力が届く前に、領主が民を守る。それは王国の安定にもつながるはずです」


 セシリアの声は静かだった。


「それを危険と決めつけてしまえば、誰も民を守るために先へ動けなくなります」


 王子は唇を結んだ。


 反論しづらいのだろう。


 セシリアの言葉は、王家を否定していない。


 むしろ王国のためだと言っている。


「……君は本当に、レオンの側に立つのだな」


「はい」


 セシリアは迷わず答えた。


「私は、レオン様の隣に立ちます」


 王子は一瞬だけ目を伏せた。


 そして、すぐに表情を戻す。


「今日のところは、ここまでにしよう」


 声は落ち着いている。


 だが、悔しさは隠しきれていなかった。


「レオン。私はまだ君を信用したわけではない」


「承知しております」


「いずれ、本性は出る」


 そう言って、王子は去っていった。


 取り巻きたちも後を追う。


 ただ、エドガーは去り際にこちらを睨んだ。


「調子に乗るなよ」


 またそれか。


 語彙が少ないのかもしれない。


 もちろん、口には出さない。


 王子たちが去ったあと、訓練場には微妙な空気が残った。


 王子が正しく、俺が怪しい。


 そんな単純な見方ではなくなっていた。


 王都の騎士が一人、俺に頭を下げた。


「グランヴェル卿。先ほどの模擬戦、見事でした」


「ありがとうございます」


「辺境で鍛えておられるのですね」


「俺より、騎士団が頑張っています」


 そう答えると、騎士は少し驚いた顔をした。


「部下を立てられるのですな」


 まただ。


 普通に答えただけなのに、評価が上がる。


 セシリアが隣で微笑む。


「また評価が変わりましたね」


「王子の評価は下がった気がする」


「はい。殿下は、少し焦っておられました」


 俺は何もしていない。


 ただ、怒らないように必死だっただけだ。


 でも、その結果、王子の苛立ちだけが目立った。


 何もしないことが、反撃になる場合もあるらしい。


「帰ろう。次に何を仕掛けてくるか、考えないといけない」


「はい」


 王子は勝手に評価を落とした。


 だが、それで終わりではない。


 むしろ、ここからさらに面倒になる。


 俺はそれを、嫌というほど分かっていた。

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