第27話 王子との公開模擬戦
王宮訓練場には、多くの貴族が集まっていた。
ただの見学。
そう聞いていたはずだ。
だが、これは明らかに見学ではない。
観客席には、王都貴族の子息や令嬢たち。
騎士たち。
それから、王子アルベルトの取り巻き。
まるで、誰かが恥をかくところを見に来たような空気だった。
その誰かは、たぶん俺だ。
いや、絶対に俺だ。
原作でも同じだった。
王子に挑発されたレオンが模擬戦を受ける。
怒って雑に攻める。
王子に軽くあしらわれる。
周囲から笑われる。
そして悪評が増える。
完全な破滅フラグだ。
「レオン様」
隣のセシリアが静かに言った。
「無理に受ける必要はありません」
「断れるなら断りたい」
本音だった。
しかし、目の前には王子がいる。
王子アルベルトは、訓練場の中央で木剣を持っていた。
そして、まっすぐこちらを見る。
「レオン・グランヴェル」
「はい」
「せっかく来たのだ。君の腕も見せてもらおう」
来た。
やっぱり来た。
俺は心の中でため息をついた。
「殿下と、ですか?」
「ああ。もちろん模擬戦だ。本気の殺し合いではない」
周囲が小さく笑う。
逃げたら臆病者。
受けたら公開処刑。
そういうつもりなのだろう。
俺はセシリアを見る。
彼女は心配そうだった。
だが、俺を止めることはしなかった。
信じてくれているのだろう。
なら、逃げられない。
「承知しました」
俺は前へ出た。
観客席がざわつく。
「本当に受けたぞ」
「辺境貴族が殿下に勝てるはずがない」
「どうせすぐ終わる」
聞こえている。
かなり聞こえている。
腹は立つ。
だが、怒ったら負けだ。
俺は木剣を受け取った。
手に汗がにじむ。
怖い。
正直、かなり怖い。
俺は剣の天才ではない。
ただ、《最悪予測》で少し先の失敗が見えるだけだ。
それがなければ、普通に負ける。
いや、たぶん転ぶ。
頼むぞ、スキル。
今日だけは本当に頼む。
王子が構える。
姿勢はきれいだ。
たぶん、普通に強い。
取り巻きたちが得意げな顔をしているのも納得だ。
審判役の騎士が手を上げる。
「始め!」
王子が踏み込んだ。
速い。
その瞬間、視界が揺れる。
《最悪予測》。
右からの斬り込みを受け損ね、俺の木剣が弾かれる未来。
見えた。
俺は半歩下がり、木剣を斜めに合わせる。
王子の剣が空を切った。
「何?」
王子の声が漏れる。
俺は反撃しない。
ここで強く打つと、王子の面子を潰しすぎる。
それは危険だ。
勝つ必要はある。
だが、恥をかかせすぎてはいけない。
面倒くさい。
本当に面倒くさい。
王子はすぐに二撃目を放つ。
今度は上から。
また未来が見える。
受けると押し負ける。
だから横へ避ける。
木剣が肩の横を通り過ぎた。
観客席がざわつく。
「避けた?」
「殿下の剣を?」
「偶然だろう」
偶然ではない。
スキルのおかげだ。
ただし、説明はできない。
「なかなかやるな、レオン」
王子の声が少し硬くなる。
「ありがとうございます」
「だが、逃げているだけでは勝てないぞ」
挑発だ。
分かりやすい。
俺は軽くうなずく。
「承知しております」
怒らない。
乗らない。
次の瞬間、王子がさらに踏み込んだ。
今度は連続攻撃。
右。
左。
上。
見える。
見えるが、全部避けるのはきつい。
俺は二つを避け、最後の一撃だけ木剣で受けた。
腕がしびれる。
痛い。
かなり痛い。
だが、倒れていない。
次に見えた未来は、俺が後退しすぎて足を滑らせるものだった。
まずい。
なら、前に出る。
俺は王子の剣を横へ流し、一歩踏み込んだ。
そして、王子の手首の手前で木剣を止める。
当てない。
寸止め。
訓練場が静まり返った。
王子も固まる。
俺はすぐに木剣を下げた。
「失礼しました」
これでいい。
これ以上やると危ない。
勝ったとは言い切らず、でも負けてもいない。
そういう形にしたかった。
だが、周囲は違う受け取り方をした。
「今の、殿下を取っていたぞ」
「寸止めだった」
「わざと当てなかったのか?」
ざわめきが大きくなる。
しまった。
目立ちすぎたか。
王子の顔が赤くなった。
まずい。
怒らせたか。
だが、ここで下手に謝りすぎると、それはそれで変だ。
俺は木剣を下げたまま、静かに言った。
「殿下の踏み込みが鋭く、受け続けるのは危険だと判断しました。なので、間合いを外しました」
褒める。
まず相手を褒める。
前世で学んだ処世術だ。
正面から勝ったと言うと角が立つ。
相手の良い点を先に言う。
王子は少しだけ表情を整えた。
「……なるほど。よく見ていたようだな」
「防ぐので精一杯でした」
これは本音でもある。
王子は強かった。
スキルがなければ、俺は普通に負けていた。
だが、その本音は王子には別の意味に聞こえたらしい。
「謙遜か」
「いえ、本当に」
王子は少し目を細めた。
信じていない顔だ。
それでも、怒鳴るほどではなかった。
よし。
何とか最悪は避けた。
審判役の騎士が、少し迷ってから言った。
「勝負は……引き分けといたします」
引き分け。
助かった。
勝ちすぎていない。
負けてもいない。
かなり理想に近い。
俺は内心で大きく息を吐いた。
だが、観客席の空気は変わっていた。
「グランヴェル卿、強いのか?」
「殿下の剣を読んでいた」
「しかも寸止めで止めたぞ」
「礼も失っていない」
最初の嘲笑は薄れていた。
代わりに、驚きと警戒が混ざっている。
ローレン伯爵家のエドガーは、悔しそうにこちらを睨んでいた。
分かりやすい。
セシリアは観客席の端で、静かに微笑んでいた。
その表情を見て、少しだけ安心する。
怒らなかった。
負けなかった。
恥もかかなかった。
つまり、破滅フラグを折れた。
たぶん。
模擬戦が終わったあと、王子は俺に近づいてきた。
「レオン」
「はい」
「君は、本当に変わったようだな」
その声は、先ほどより低かった。
「ありがとうございます」
「褒めているとは限らない」
怖い。
やはり警戒されている。
「以前の君なら、私に勝とうとして無様に攻めてきただろう」
「以前の俺なら、そうしたかもしれません」
「また認めるのか」
「否定しても仕方ありませんので」
王子はしばらく俺を見ていた。
「……面白くない男になったな」
それはどういう評価だ。
だが、たぶん悪役らしさが減ったという意味だろう。
なら、成功だ。
「そうであれば、努力の結果です」
俺がそう言うと、王子は目を細めた。
「その努力が本物かどうか、私はまだ見極める」
「承知しております」
王子はそれ以上何も言わず、去っていった。
取り巻きたちも後に続く。
エドガーだけが、小さく舌打ちをした。
また何か仕掛けてきそうだ。
面倒だ。
かなり面倒だ。
だが、今回は勝った。
少なくとも、原作のように笑い者にはならなかった。
セシリアが近づいてくる。
「お疲れ様でした、レオン様」
「疲れた。ものすごく疲れた」
「見事でした」
「引き分けだぞ」
「いいえ。殿下の面子を守りながら、ご自分の力も示されました」
セシリアは微笑んだ。
「とてもよい勝ち方だったと思います」
そう言われると、悪い気はしなかった。
だが、同時に背中が重くなる。
王子の警戒。
王都貴族の視線。
グランヴェル家の消された記録。
問題は増えている。
それでも、今日の破滅フラグは折れた。
俺は木剣を返し、訓練場を見た。
原作では、ここで俺は笑われていた。
だが今は違う。
王都の貴族たちは、もう俺をただの悪役貴族としては見ていない。
少しずつ、未来は変わっている。
そのはずだ。




