第26話 父の古い記録
王子から、王宮訓練場での模擬戦に招かれた。
ただの見学。
使者はそう言った。
だが、俺は信じていない。
原作では、王子がレオンに恥をかかせる公開模擬戦イベントがあった。
王子に挑発されたレオンが怒り、雑に戦い、負ける。
そして王都貴族たちに笑われる。
その結果、悪評がまた広がる。
最悪だ。
かなり最悪だ。
だから、まずは情報を集めることにした。
王子の戦い方。
王都貴族の人間関係。
そして、グランヴェル家が王都でどう見られているか。
そのために、俺たちは王都の大図書館へ向かった。
王都大図書館は、王宮の近くにある。
貴族や学者が使う場所らしい。
広い本棚が並び、古い紙の匂いがした。
俺は少しだけ落ち着いた。
前世でも、資料室は嫌いではなかった。
ただし、締め切り前の資料室は地獄だったが。
「レオン様。こちらが貴族家の記録です」
セシリアが本を数冊持ってくる。
公爵令嬢だけあって、探すのが早い。
「助かる」
「グランヴェル家の記録なら、この棚にあるはずです」
「あるはず?」
セシリアは少し眉を寄せた。
「はい。辺境伯家ほどの家なら、戦功や領地の記録が残っているはずです」
はず。
その言葉が引っかかった。
俺たちは棚を調べた。
王家。
公爵家。
侯爵家。
古い辺境の家。
多くの記録が並んでいる。
だが、グランヴェル家の本は少なかった。
あまりにも少ない。
「……少なくないか?」
「少ないです」
セシリアの声が硬い。
「本来なら、もっとあるはずです」
俺は一冊を開いた。
そこには、グランヴェル家についてこう書かれていた。
『辺境の統治を任された家。古くより気性荒く、王家への忠誠に疑いを持たれることもあった』
嫌な書き方だ。
ほかの貴族家の記録は、もっと丁寧に功績が書かれている。
だが、グランヴェル家だけは違う。
まるで、悪い印象だけを残すような文章だった。
「これ、悪意がないか?」
「……あります」
セシリアは本を見つめた。
「少なくとも、公平な記録には見えません」
俺は別の本を開く。
そこにも似たようなことが書かれていた。
強引な統治。
王都との不和。
領民への重税。
辺境で力を持ちすぎた家。
嫌になるほど、悪い言葉ばかりだ。
原作の悪役貴族そのままだ。
だが、今の俺は知っている。
領地には古い井戸があった。
森には石碑があった。
王都の孤児院にも、グランヴェル家の紋章があった。
ただの悪徳貴族の家なら、なぜそんな場所に古い紋章が残っている?
なぜ王子は、その話に反応した?
何かがおかしい。
「レオン様、こちらを」
セシリアが古い本を差し出した。
表紙は傷んでいる。
タイトルの一部は読めない。
だが、中には北方の魔物災害について書かれていた。
「北方の大侵攻?」
「百年以上前、魔物が北から王国へ押し寄せた事件です」
セシリアが説明する。
「王国史では、王家の指揮によって退けられたとされています」
「王家の功績か」
「はい」
俺はページをめくる。
そこには、王家の軍が魔物を退けたと書かれていた。
だが、途中に不自然な空白がある。
数行分、削られたように白くなっている。
「何だ、これ」
「消されていますね」
セシリアの顔が真剣になる。
さらに次のページを見る。
そこにも空白。
別の本にも、同じ事件の記録があった。
だが、こちらも一部が抜けている。
まるで、誰かの名前を消したように。
俺は背筋が冷たくなった。
「グランヴェル家の名前が消されている?」
「可能性はあります」
セシリアは小さな声で答えた。
「ですが、この本だけでは証明できません」
「他の記録は?」
「公爵家の蔵書なら、王都の公式記録とは別のものがあるかもしれません」
アルディス公爵家。
セシリアの実家だ。
「見られるのか?」
「父に頼めば、可能だと思います」
ありがたい。
かなりありがたい。
だが、同時に怖くもある。
もし本当に、グランヴェル家の功績が消されているなら。
俺は悪役貴族に転生したのではなく。
悪役にされた家に転生したのかもしれない。
そんな考えが浮かんだ。
まだ早い。
証拠はない。
でも、胸の奥がざわつく。
さらに調べていると、一枚の古い地図が出てきた。
王国全土を描いた地図だ。
今の地図とは少し違う。
北の森が大きく描かれている。
そして、その近くに、グランヴェル家の紋章があった。
「これ、領地の森の石碑と同じ場所か?」
「おそらく」
セシリアが地図を見比べる。
「今の地図では、この場所はただの森として扱われています」
「昔は違った?」
「何か重要な場所だった可能性があります」
井戸。
森の石碑。
王都の孤児院。
古い地図。
少しずつ、点が増えていく。
まだ線にはならない。
だが、全部が無関係とは思えない。
俺は地図を見つめた。
「セシリア嬢。この地図、写しを取れるか?」
「許可を取れば可能です」
「頼む」
「はい」
セシリアはすぐに動いてくれた。
本当に頼りになる。
図書館を出るころには、外は夕方になっていた。
俺は腕の中に、数冊の写しと地図の写しを抱えていた。
重い。
物理的にも、意味的にも重い。
迎賓館へ戻る馬車の中で、俺は無言だった。
セシリアが静かに口を開く。
「レオン様」
「何だ?」
「不安ですか?」
「かなり」
正直に答えた。
「王都で疑われているだけでも面倒なのに、家の過去まで怪しくなってきた」
「はい」
「ただの悪役貴族なら、悪役らしくしなければ済むと思っていた」
だが、そうではないかもしれない。
グランヴェル家そのものが、何かに巻き込まれている。
悪評は、自然に生まれたものではないかもしれない。
「それでも、調べる必要があります」
セシリアは言った。
「レオン様の家が不当に貶められているなら、それを知るべきです」
「不当に、か」
その言葉は重かった。
原作の設定。
王都の噂。
公式記録。
俺はそれを全部信じていた。
グランヴェル家は悪役貴族。
そういうものだと思っていた。
だが、もし違うなら。
「まずは模擬戦を乗り切る」
俺は言った。
「王子はたぶん、俺を人前で試すつもりだ」
「はい」
「そこで失敗したら、調査どころじゃない」
「では、準備しましょう」
セシリアの声は迷いがなかった。
「私も、できることをします」
「助かる」
俺は窓の外を見る。
王都の夕暮れは、やけに赤かった。
明後日、王宮訓練場で模擬戦がある。
原作では、俺が恥をかき、悪評を強めるイベント。
だが、もう原作通りにはしない。
グランヴェル家の過去を調べるためにも。
領地を守るためにも。
セシリアの信頼を裏切らないためにも。
まずは、目の前の破滅フラグを折る。
俺は拳を握った。
「王子の思い通りにはならない」




