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第25話 査察官が来る

 セシリアが王子に宣言した翌日。


 新しい火種が届いた。


「若様。王都より通達でございます」


 バルトが差し出した書状を見て、俺は嫌な予感がした。


 封を開く。


 内容は、さらに嫌だった。


「グランヴェル領へ、王都から査察官を派遣する……か」


 思わず声が出た。


 バルトの表情も険しい。


「粗探しでございますな」


「だろうな」


 税を下げた。

 不正役人を処分した。

 商人の取引も見直した。

 孤児院の火事も防いだ。

 セシリアは王子の誘いを断った。


 王都側からすれば、面白くないことばかりだ。


 だから今度は、領地に査察を入れる。


 不正を見つけるためではない。


 不正があることにするためだ。


「若様。いかがいたしますか」


「準備するしかない」


 俺は机の上に帳簿を広げた。


「領地の帳簿、税の記録、食料配布、商人との契約、騎士団装備費。全部写しを作る」


「すでに多くは整えております」


「足りない分も埋める。査察官が来た時に、探す前から出せるようにする」


 前世で学んだ。


 監査や査察は、準備がすべてだ。


 聞かれてから探すと遅い。


 先に資料をそろえ、順番に出せるようにしておく。


 それだけで、かなり違う。


 セシリアが静かにうなずく。


「王都の査察官は、書類の不備を大きく扱うことがあります」


「やっぱりか」


「はい。内容よりも、形式を攻める方もいます」


 面倒だ。


 ものすごく面倒だ。


 だが、想定できるなら対策できる。


「書式も王都向けに直す。セシリア嬢、見てもらえるか」


「もちろんです」


「バルト。領地に早馬を出せ。査察官より先に知らせる。隠すな、整えろと伝えろ」


「かしこまりました」


 隠すと、後で面倒になる。


 不正役人はもう処分した。

 残っている問題もあるが、改善中だ。


 それを正直に出す方がいい。


「それと、査察官の名前は?」


 バルトが書状を見る。


「ハウゼン男爵。王都財務局の方です」


 セシリアの表情が少し動いた。


「ご存じか?」


「ええ。ローレン伯爵家と近い方です」


 なるほど。


 敵側だ。


 分かりやすくて助かる。


「では、相手も調べる」


「査察官を、ですか?」


「ああ。相手が清廉な人物なら問題ない。だが、ローレン伯爵家と近いなら、商人との癒着があるかもしれない」


 セシリアが少し驚いた顔をした。


「レオン様は、本当に抜け目がありませんね」


「抜けがあると死ぬからな」


「またそれですか」


 セシリアは小さく笑った。


 数日後。


 ハウゼン男爵は、グランヴェル領へ到着した。


 俺たちは王都にいたので、現地対応はバルトとガルドに任せた。


 ただし、こちらには早馬で報告が来る。


 最初の報告を読んだ時、俺はため息をついた。


「やっぱり偉そうだな」


 ハウゼン男爵は到着するなり、領地の帳簿をすべて出せと命じたらしい。


 バルトは、用意していた書類をすぐに出した。


 税の記録。

 減税の理由。

 不正役人ダレンの処分記録。

 食料配布の名簿。

 商人ギルドとの契約。

 水路と井戸の修繕記録。

 騎士団装備費の再調査。


 すべて、写しつき。


 ハウゼン男爵は、かなり驚いたようだ。


「隠すどころか、全部出したのですね」


 セシリアが言う。


「ああ。隠すものがないなら、先に出した方がいい」


「相手は困るでしょうね」


「困ってくれ」


 本音だった。


 相手は粗を探しに来た。


 なら、探す場所を減らしてやればいい。


 さらに次の報告が来る。


 ハウゼン男爵は、今度は商人との取引を疑った。


 だが、商人ギルド長マルクが証言した。


 代金は正しく払われている。

 納品も確認している。

 不正をしたゴルド商会は取引停止になった。


 証文もある。


 また何も出なかった。


 俺は少しだけ安心した。


 だが、ここで終わる相手ではなかった。


 夕方、三通目の早馬が届いた。


 それを読んだバルトの字は、いつもより少し荒れていた。


「ハウゼン男爵が、騎士団装備費の件でこちらを責めてきたようです」


 俺は手紙を読む。


 騎士団の装備費に不備がある。

 過去の記録に不明金がある。

 領主家の管理不足だ。


 そう主張したらしい。


「確かに不明金はある」


 俺は言った。


「でも、それはゴルド商会の不正だ。記録も出したはずだ」


「はい。ですが、ハウゼン男爵はその記録を認めなかったようです」


 セシリアの目が細くなる。


「ゴルド商会をかばったのですね」


「たぶんな」


 俺は別の書類を出した。


 王都で集めていた資料だ。


 ハウゼン男爵とゴルド商会の取引記録。


 完全な証拠ではない。


 だが、かなり怪しい。


 ゴルド商会からハウゼン家へ、何度も高価な品が送られている。


 名目は贈答品。


 要するに賄賂だろう。


「これを送る」


「今からですか?」


「ああ。バルトに渡せ。査察官がゴルド商会をかばるなら、その理由を聞いてやればいい」


 セシリアが感心したように俺を見る。


「相手が攻めてきた場所を、そのまま弱点にするのですね」


「相手が勝手に見せてくれたからな」


 こちらの不正を探すつもりで、相手の不正が出てきた。


 よくあることだ。


 前世でも、他部署の粗探しに来た人間が、自分の部署のミスを掘られることはあった。


 人は、自分が痛い場所ほど守ろうとする。


 守り方が強すぎると、そこが怪しく見える。


 翌日。


 決定的な報告が来た。


 バルトは、ハウゼン男爵の前でゴルド商会との贈答記録を提示した。


 さらに、マルクが証言した。


 ゴルド商会は、王都財務局の一部役人とつながっており、領地の装備費を水増ししていた。


 その中に、ハウゼン男爵の名もあった。


 ハウゼン男爵は怒鳴ったらしい。


 だが、その場には騎士団長ガルドも、商人ギルド長マルクも、村長たちもいた。


 全員の前で、証拠を突きつけられた。


 逃げ場はなかった。


「……バルト、やるな」


 俺は思わずつぶやいた。


 セシリアが微笑む。


「レオン様が準備なさったからです」


「俺だけじゃない。皆が動いてくれた」


「そうですね」


 彼女は嬉しそうにうなずいた。


 その夜、バルトから最後の報告が届いた。


 ハウゼン男爵は査察を中断。


 王都へ戻ることになった。


 表向きは、追加確認のため。


 実際には、査察官自身の不正疑惑が出たためだ。


 つまり、失脚寸前である。


「勝った……のか?」


「少なくとも、今回は」


 セシリアが答える。


 俺は椅子にもたれた。


 疲れた。


 王都にいるのに、領地の査察まで相手にするとは思わなかった。


 だが、被害は出なかった。


 領地も守れた。


 査察官の粗探しも返り討ちにした。


 これでまた一つ、破滅フラグを折ったはずだ。


 そう思った時、王宮から新しい使者が来た。


 嫌な予感しかしない。


 使者は短く告げた。


「王子殿下より、レオン・グランヴェル様へ。明後日、王宮訓練場で行われる模擬戦を見学されたいとのことです」


「模擬戦?」


「はい。殿下は、若き貴族たちの武を重んじておられます」


 俺は内心で頭を抱えた。


 来た。


 原作イベントの一つだ。


 王子が悪役貴族レオンを人前で恥をかかせる、公開模擬戦。


 いや、待て。


 まだ見学と言っただけだ。


 だが、絶対にそれだけでは終わらない。


 セシリアが小さく言う。


「レオン様」


「ああ」


 俺は深く息を吐いた。


「次は、模擬戦か」


 破滅フラグは、本当に休ませてくれない。

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