第22話 偽善者扱いされる
王子との面会を終えたあと、俺たちは王都の迎賓館へ戻るはずだった。
だが、その前に小さな茶会へ呼ばれた。
王都貴族たちが集まる場だ。
断りたい。
ものすごく断りたい。
だが、断れば「王都貴族との交流を拒んだ」と言われる。
出れば出たで、嫌味を言われる。
つまり、どちらにしても面倒だ。
俺は心の中でため息をついた。
悪役貴族に転生してから、面倒ごとが途切れない。
「レオン様」
隣のセシリアが小さく言った。
「無理に話を広げる必要はありません。聞かれたことにだけ、短く答えればよいと思います」
「分かった。怒らない、言い返しすぎない、余計なことを言わない」
「はい」
セシリアは少し笑った。
「よく覚えておられます」
覚えないと死ぬからな。
そう思いながら、俺は茶会の部屋に入った。
部屋には、王都貴族の子息や令嬢たちがいた。
皆、きれいな服を着ている。
だが、目はあまり優しくない。
その中心にいたのは、ローレン伯爵家の息子だった。
名前はエドガー・ローレン。
王子の取り巻きの一人。
俺たちの馬車を見て笑っていた男だ。
「これはこれは、グランヴェル卿」
エドガーはわざとらしく笑った。
「辺境では、ずいぶん民に慕われているそうですね」
周囲が小さく笑う。
嫌な空気だ。
俺は答える。
「領民が苦しまないよう、必要なことをしただけです」
「必要なこと、ですか」
エドガーは大げさに首をかしげた。
「税を下げ、食料を配り、魔物を討つ。まるで物語の英雄のようだ」
「英雄ではありません」
「では、何です?」
「領地を管理する者として、当然の対応です」
そう言うと、エドガーは鼻で笑った。
「当然。なるほど。では、これまで当然のことをしていなかったわけだ」
痛いところを突く。
原作のレオンなら、ここで怒る。
だが、今の俺は怒らない。
「その通りです」
部屋が静かになった。
エドガーの笑みが止まる。
「……何?」
「以前の俺に問題があったことは否定しません。だから改めています」
また沈黙。
たぶん、反論されると思っていたのだろう。
貴族の誇りがどうとか、辺境を馬鹿にするなとか。
でも、そんなことを言えば原作通りだ。
俺は淡々と続けた。
「領民が飢えれば、領地は荒れる。領地が荒れれば、王国にも迷惑がかかる。だから、できることから直しています」
エドガーの顔が少し歪んだ。
「ずいぶん立派なことをおっしゃる。偽善者という言葉をご存じですか?」
来た。
偽善者。
分かりやすい攻撃だ。
俺は一瞬だけ口を閉じる。
腹は立つ。
かなり立つ。
だが、怒れば負けだ。
「偽善でも、飢える子どもが減るなら悪くないと思います」
気づいたら、そう答えていた。
部屋の空気が変わる。
セシリアが少し目を見開いた。
エドガーも黙った。
しまった。
少し言いすぎたか?
だが、本音だった。
俺の動機が立派ではないことは、自分が一番分かっている。
死にたくないから始めた。
断罪されたくないから動いた。
それでも、子どもが食べられるなら。
村が守られるなら。
それは悪いことではないはずだ。
「……口だけなら、何とでも言えますな」
エドガーが低く言った。
そこへ、部屋の入口から声がした。
「でしたら、私が証言いたしましょう」
振り向くと、商人ギルド長のマルクが立っていた。
「マルク?」
なぜここに。
俺が驚いていると、マルクは深く頭を下げた。
「王都の商会へ挨拶に参りましたところ、こちらに若様がおられるとうかがいまして」
エドガーが顔をしかめる。
「商人風情が、貴族の茶会に口を挟むのか」
「失礼は承知しております」
マルクは頭を下げたまま、しかし声を強くした。
「ですが、グランヴェルの若様が偽善者だという言葉は、聞き捨てなりません」
部屋がざわつく。
俺も固まる。
マルクは続けた。
「若様は、不正な商人を退け、誠実な商人に取引の場をくださいました。支払いを遅らせず、無理な値切りもせず、領民のために物資を回されました」
エドガーが舌打ちする。
「商人に甘い顔をして、人気を集めただけでは?」
「人気を集めるだけなら、代金など払わず命じればよろしいでしょう」
マルクは静かに言った。
「ですが若様は、正しい仕事には正しい対価を払うとおっしゃった。だから我々は、若様を信じたのです」
周囲の貴族たちが顔を見合わせる。
空気が少し変わった。
エドガーの言葉だけでは、押し切れなくなったのだ。
さらに、セシリアが前へ出た。
「私も、レオン様の行いをこの目で見ました」
「セシリア嬢……」
エドガーの声が少し弱くなる。
公爵令嬢であるセシリアの言葉は、商人の言葉よりさらに重い。
「レオン様は、魔物が来る前に村人を避難させました。水路を直し、井戸を調べ、病人や子どもを優先するよう命じました」
彼女の声は静かだった。
だが、よく通った。
「それを偽善と呼ぶなら、私はその偽善によって救われた人々を知っています」
部屋の中が、完全に静かになる。
俺は何も言えなかった。
セシリア。
強すぎる。
エドガーは悔しそうに唇を噛む。
「……セシリア嬢は、ずいぶんグランヴェル卿を信頼しておられる」
「はい」
セシリアは即答した。
「信頼しております」
まっすぐすぎる。
心臓に悪い。
だが、その一言で周囲の空気はさらに変わった。
王都貴族たちは、最初より明らかに声を小さくしている。
俺への疑いが消えたわけではない。
だが、ただの悪役貴族として笑う空気ではなくなった。
マルクが俺に頭を下げる。
「若様。差し出がましい真似をいたしました」
「いや、助かった」
本当に助かった。
俺一人で反論していたら、また悪く取られていたかもしれない。
他人が言ってくれるから、意味がある。
俺はそれを、最近ようやく学び始めていた。
茶会が終わったあと、俺たちは廊下へ出た。
疲れた。
ものすごく疲れた。
「偽善者か……」
思わずつぶやく。
セシリアが隣を見る。
「気にされましたか?」
「少しな」
「レオン様」
彼女はまっすぐ言った。
「たとえ始まりが自分のためでも、救われた人がいるなら、それは無意味ではありません」
また、見透かされたような気がした。
俺は目をそらす。
「俺は本当に、自分のために始めたんだ」
「はい」
「死にたくなかった。断罪されたくなかった。だから動いただけだ」
「それでも、今は領地の方々を守ろうとしています」
セシリアの声は優しかった。
「私は、その今のあなたを信じています」
言葉が出なかった。
王都貴族に偽善者と言われたことより、彼女に信じていると言われる方がずっと重い。
だが、その重さは嫌ではなかった。
その時、廊下の奥でエドガーがこちらを見ていた。
悔しそうな顔だ。
彼は小さくつぶやく。
「調子に乗るなよ、辺境貴族」
はっきり聞こえた。
だが、俺は何も言わなかった。
怒鳴らない。
挑発に乗らない。
ここでは勝つ必要はない。
負けなければいい。
俺はセシリアに言った。
「戻ろう。次の準備をする」
「はい」
王都貴族たちは、まだ俺を認めていない。
だが、少しずつ空気は変わっている。
領地で積み上げたものは、王都でも俺を助け始めていた。
その事実だけで、少しだけ息がしやすくなった。




