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第21話 王子との初対面

 王都の迎賓館に着いた翌日。


 俺は王宮へ向かった。


 同行するのはセシリア。

 それから、護衛として騎士団長ガルドも連れている。


 バルトは迎賓館に残し、書類の確認を任せた。


 王宮の廊下は広く、やけにきらびやかだった。


 柱も床も窓も、いちいち高そうだ。


 グランヴェル領の屋敷も悪くはないが、王宮は別物だった。


 だが、落ち着かない。


 華やかすぎる場所は、前世の大企業の本社を思い出す。


 妙に広い受付。

 高そうな椅子。

 にこやかなのに目が笑っていない人たち。


 ああいう場所では、だいたい面倒な話が待っていた。


 今回も同じだ。


 王子アルベルト。


 原作で俺を断罪する男。


 今日、初めて会う。


「レオン様」


 隣のセシリアが小さく言った。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫に見えるか?」


「少し緊張しておられます」


「かなり緊張している」


 正直に答えると、セシリアは小さく笑った。


「ですが、顔にはあまり出ておりません」


「それならよかった」


 内心は最悪だ。


 怒鳴らない。

 威張らない。

 挑発に乗らない。


 何度も唱える。


 原作のレオンは、王子に挑発されて怒った。

 そして悪評を強めた。


 俺は絶対に同じことをしない。


 生き残るために。


 そして、領地を守るために。


 案内された部屋には、すでに王子アルベルトがいた。


 金髪。

 整った顔。

 白を基調にした服。


 見るからに主人公側の王子だ。


 いや、原作では実際に攻略対象だった。


 彼のそばには、取り巻きらしい貴族の少年たちがいる。


 その一人は、馬車の外で俺を笑っていた若い貴族だ。


 たぶんローレン伯爵家の息子だろう。


 俺は一礼した。


「レオン・グランヴェル、参りました」


 セシリアも隣で礼をする。


「セシリア・フォン・アルディスです」


 アルベルト王子は、まずセシリアを見た。


 そして柔らかく笑う。


「久しいな、セシリア嬢。辺境で不自由はなかったか?」


 距離が近い言い方だった。


 俺の背筋が少し固くなる。


 だが、セシリアは表情を変えない。


「お気遣いありがとうございます。グランヴェル領では、多くを学ばせていただきました」


「学ぶ?」


 王子は少し眉を上げた。


「辺境でか?」


「はい」


 セシリアは静かに答える。


「領民を守る領主のあり方を」


 部屋の空気が少し変わった。


 王子の笑顔が、わずかに固まる。


 取り巻きたちも顔を見合わせた。


 俺は内心で頭を抱えた。


 セシリア。


 嬉しい。


 嬉しいが、いきなり強い。


 王子はすぐに俺へ視線を移した。


「なるほど。レオン、君はずいぶんセシリア嬢に良い印象を与えたようだな」


 声は穏やかだ。


 だが、目は冷たい。


「俺は、当然のことをしただけです」


「当然のこと?」


「領民が飢えれば、領地は荒れます。魔物が出れば、村は危険です。不正があれば、正す必要があります」


 できるだけ淡々と言った。


 感情を乗せない。


 正論をぶつけすぎない。


 セシリアに直してもらった報告書を思い出す。


 柔らかく。

 でも、事実は曲げない。


 王子は小さく笑った。


「君がそんなことを言うとは意外だ。以前は、領民など税を納めるだけの存在だと思っていると聞いていたが」


 嫌味だ。


 過去のレオンの評判を出してきた。


 俺は少しだけ息を吸う。


「以前の俺に問題があったことは否定しません」


 王子の目がわずかに動いた。


 たぶん、反論されると思っていたのだろう。


 だが、ここで意地を張っても意味がない。


「だから、今は改めています」


 部屋が静かになる。


 取り巻きの一人が小さく笑った。


「ずいぶん殊勝なことを」


 王子が手で制する。


「改めている、か。では、その証拠を見せてもらおう」


「こちらに資料を用意しております」


 俺は持参した書類を差し出した。


 税制改革。

 不正役人の処分。

 食料配布。

 魔物討伐。

 商人ギルドとの契約。

 物資停止に関する記録。


 かなり重い束だ。


 王子の側近が受け取り、少し顔をしかめた。


 量が多いからだろう。


 だが、これでも絞った。


「ずいぶん準備がいいな」


「疑われる可能性があるなら、証拠を持つべきだと考えました」


「誰に疑われると?」


 王子が笑う。


 嫌な質問だ。


 俺は慎重に答えた。


「王都では、グランヴェル領について様々な噂があるとうかがっています」


 王子はじっと俺を見た。


「なるほど。君は噂を気にしているのか」


「噂より、事実を見ていただきたいだけです」


 王子の笑みが少し薄くなる。


 まただ。


 この人は、俺が怒るのを待っている気がする。


 悪役貴族らしく怒るのを。


 だが、乗らない。


 絶対に乗らない。


 王子は書類を軽くめくった。


 きちんと読んでいるようには見えない。


「税を下げ、食料を配り、魔物を討伐した。確かに、表面だけ見れば立派だ」


 表面だけ。


 分かりやすい言い方だ。


「だが、民の人気を集め、騎士団を強め、商人を味方につける。見方を変えれば、辺境で力を蓄えているとも言える」


 来た。


 やはり、そう取るか。


 俺は内心でため息をついた。


 何をしても悪く見えるらしい。


「領地を守る力は必要です」


「王国に守られるだけでは不満か?」


「王国の力が届く前に、村が襲われることもあります」


 これは事実だ。


 黒牙狼の時、王都から助けは来なかった。


 来るはずがない。


 だから自分たちで守る必要があった。


 王子は少し黙った。


 セシリアが横で静かに口を開く。


「殿下。私も、グランヴェル領で魔物討伐を見ました」


「セシリア嬢」


「レオン様は、民を危険から遠ざけ、騎士を適切に動かし、被害を出さずに村を守られました」


 王子の顔が少し硬くなる。


「君は、ずいぶんレオンを信じているのだな」


「はい」


 セシリアは迷わず答えた。


「私は、自分の目で見たものを信じています」


 強い。


 本当に強い。


 王子の取り巻きたちがざわつく。


 原作なら、セシリアは王子側だった。


 だが今は、俺の隣に立っている。


 その事実が、王子には面白くないのだろう。


「……そうか」


 王子は笑った。


 だが、その笑みはかなり薄かった。


「では、今後もよく見ておくといい。レオン・グランヴェルという男が、本当に君の信頼に値するか」


 挑発だ。


 俺に向けたものでもあり、セシリアに向けたものでもある。


 俺は口を開く前に、一度息を整えた。


「そのように努めます」


 怒らない。


 余計なことを言わない。


 これでいい。


 王子はつまらなそうに目を細めた。


「今日はここまでにしよう。資料は預かる」


「よろしくお願いいたします」


「また話を聞く。王都にいる間、勝手な行動は慎むように」


「承知しました」


 俺は礼をした。


 セシリアも隣で礼をする。


 部屋を出る直前、王子の声が背中に届いた。


「レオン」


「はい」


「私は、悪を見逃すつもりはない」


 まっすぐな声だった。


 正義を疑っていない声。


 だからこそ、怖い。


 自分が正しいと信じている人間は、間違えた時に止まりにくい。


「承知しております」


 俺はそれだけ答えて、部屋を出た。


 廊下に出ると、ようやく息ができた。


「……疲れた」


 思わず本音が漏れる。


 セシリアが小さく笑った。


「よく我慢なさいました」


「何度か怒りそうになった」


「でも、怒りませんでした」


「ああ。怒ったら終わりだからな」


 王子は、俺を悪役として見ている。


 そして、俺が悪役らしく怒るのを待っている。


 なら、絶対にその通りにはしない。


 廊下の先で、ローレン伯爵家の息子がこちらを見ていた。


 彼は小さく舌打ちをする。


 俺が挑発に乗らなかったのが不満なのだろう。


 分かりやすい。


「レオン様」


 セシリアが静かに言った。


「王都は、やはり簡単には信じてくれませんね」


「そうだな」


「ですが、今日のあなたは、噂の悪役貴族には見えませんでした」


「そう見えたなら成功だ」


「はい」


 セシリアは微笑んだ。


「とても立派でした」


 また褒められた。


 王子との会話より、そっちの方が動揺する。


 俺は視線をそらした。


「帰って、次の準備をする。あの王子は、これで終わらせない」


「私もそう思います」


 セシリアの声も真剣だった。


 王子アルベルトとの初対面。


 ひとまず、大きな失敗はしなかった。


 だが、疑いは晴れていない。


 むしろ、セシリアが俺を信じていることで、王子の警戒は強まったかもしれない。


 それでもいい。


 原作通りに怒鳴って悪評を増やすより、ずっとましだ。


 俺は廊下を歩きながら、拳を握る。


 王都での戦いは、まだ始まったばかりだ。

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