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第20話 悪役貴族、王都へ行く

 王都へ出発する朝。


 屋敷の前には、大勢の人が集まっていた。


 村長たち。

 商人ギルドの者たち。

 騎士団。

 使用人。

 そして、北の村の子どもたち。


 正直、予想以上の人数だった。


「……多くないか?」


 俺がつぶやくと、バルトが穏やかに笑った。


「皆、若様を見送りたいのです」


「王都へ説明に行くだけだぞ」


「皆にとっては、大切なことなのです」


 そういうものなのか。


 まだよく分からない。


 俺としては、原作の破滅フラグへ向かう気分である。


 王子アルベルト。


 王都貴族。


 そして、俺を悪役として見る人間たち。


 正直、胃が痛い。


 だが、ここで不安な顔を見せるわけにはいかない。


 領民たちの前で、俺が怯えていたら余計に不安にさせる。


 俺はできるだけ落ち着いた顔を作った。


 村長が前へ出る。


「若様。王都でも、どうかお気をつけください」


「ああ」


「何かあれば、私どもが証言いたします。若様が何をしてくださったか、王都の方々にも伝えます」


「気持ちだけ受け取っておく。今は畑と水路を頼む」


「はい!」


 村長は力強くうなずいた。


 次に、商人ギルド長のマルクが頭を下げる。


「若様。南の商人たちとの取引は、私が責任を持って続けます」


「頼む。値段も品質もごまかすな。長く続けられる形にしてくれ」


「承知しております」


 ガルドも前へ出る。


「若様。騎士団は、必ず領地を守ります」


「命に代えるなよ」


「はっ。生きて守ります」


 騎士たちが一斉に胸を張る。


 少し前まで、装備も傷んでいた騎士団だ。


 今は目が違う。


 頼もしい。


 ……いや、頼もしいと感じてしまっている自分が少し不思議だった。


 最後に、子どもたちが駆け寄ってきた。


「若様、王都に行くの?」


「ああ。少しな」


「すぐ帰ってくる?」


「できるだけ早く帰る」


「絶対?」


 子どもにまっすぐ見られると、困る。


 王都で何が起きるかは分からない。


 だが、ここで曖昧にすると泣きそうな顔になる。


 俺は膝を折って、子どもと目線を合わせた。


「帰ってくる。だから、森には近づくな。水もちゃんと煮て飲め。いいな?」


「うん!」


 子どもは笑った。


 その笑顔を見て、胸の奥がまた熱くなる。


 俺はこの笑顔を守るためにも、王都で失敗できない。


 悪役貴族として破滅するわけにはいかない。


「レオン様」


 セシリアが馬車のそばで声をかけてきた。


 今日は王都へ向かうため、いつもより整った服装をしている。


 やはり、彼女は公爵令嬢なのだと分かる。


「準備は整っています」


「ああ」


 俺はうなずいた。


「本当に一緒に来るのか?」


「当然です」


 セシリアは迷いなく答える。


「私は、あなたの婚約者ですから」


 何度聞いても、その言葉は心臓に悪い。


 だが、今はありがたかった。


 王都へ一人で行くより、ずっと心強い。


「頼りにしている」


 そう言うと、セシリアは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


「はい。お任せください」


 バルトが深く頭を下げる。


「若様。領地のことはお任せください」


「任せる。小さな問題でも手紙を送れ」


「かしこまりました」


 俺は馬車に乗り込んだ。


 窓の外で、皆が頭を下げる。


「若様、いってらっしゃいませ!」


「お気をつけて!」


「王都でも負けないでください!」


 負けないで。


 その言葉に、思わず苦笑しそうになった。


 俺は戦いに行くわけではない。


 たぶん。


 いや、ある意味では戦いかもしれない。


 王都での戦い。


 証拠と態度と、余計なことを言わない力で生き残る戦い。


 地味すぎる。


 だが、俺にはそれしかない。


 馬車が動き出す。


 屋敷が遠ざかる。


 村人たちの姿が小さくなっていく。


 俺は窓の外を見つめていた。


 この領地に来てから、まだ長い時間は経っていない。


 それなのに、ずいぶん色々あった。


 税を下げた。

 食料を配った。

 魔物を倒した。

 水路と井戸を直した。

 騎士団を立て直し、商人ギルドを味方につけた。


 全部、破滅を避けるために始めたことだ。


 でも今は、それだけではない。


 あの領地を守りたい。


 そう思っている。


「レオン様」


 向かいに座るセシリアが、静かに言った。


「顔が少し怖いです」


「そうか?」


「はい。王都のことを考えていましたか?」


「かなり」


「大丈夫です」


 セシリアは、いつものようにまっすぐ俺を見る。


「あなたがしてきたことは、すべて本当のことです」


「本当でも、悪く取られるかもしれない」


「その時は、私が説明します」


「頼もしいな」


「頼ってください」


 即答だった。


 本当に強い。


 俺は少しだけ笑った。


「では、頼る」


「はい」


 セシリアは嬉しそうにうなずいた。


 その表情を見ていると、王都への不安が少しだけ軽くなる。


 数日後。


 王都が見えてきた。


 高い城壁。

 大きな門。

 行き交う馬車と人々。


 グランヴェル領とは、何もかも違う。


 華やかで、騒がしくて、どこか息苦しい。


 門をくぐると、王都の貴族街へ向かった。


 道の両側には立派な屋敷が並んでいる。


 そして、俺たちの馬車に気づいた貴族たちが、こちらを見た。


 好意的な目ではない。


「あれがグランヴェル家か」


「辺境の成り上がりが、ずいぶん立派な馬車だな」


「最近、民に媚びているらしい」


「悪役貴族が善人ごっこか」


 聞こえている。


 わざと聞こえるように言っている。


 腹が立つ。


 だが、ここで怒れば原作通りだ。


 俺は深く息を吸った。


 怒鳴らない。

 睨まない。

 挑発に乗らない。


 何度も心の中で唱える。


 セシリアが静かに言った。


「レオン様」


「分かっている。乗らない」


「はい」


 彼女の声は落ち着いていた。


 その一言だけで、少し冷静になれた。


 馬車は王都の迎賓館へ向かう。


 その途中、ひときわ派手な服を着た若い貴族が、こちらを見て笑った。


「田舎貴族が、王子殿下に叱られに来たか」


 周りの貴族たちが笑う。


 俺は窓の外を見ずに、拳を握った。


 王都は、やはり敵地だ。


 だが、ここで負けるわけにはいかない。


 領地で俺を見送ってくれた人たちがいる。


 俺を信じると言ったセシリアがいる。


 なら、王都貴族の嫌味くらいで折れていられない。


 俺は小さく息を吐いた。


「まずは、王子に会う前に資料を確認する」


「はい」


 セシリアがうなずく。


 王都での戦いが始まる。


 悪役貴族として断罪される未来。


 それを、ここから本格的に変えていく。


 俺はそう決めて、馬車の中で書類を開いた。

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