第19話 王子からの呼び出し
王都から来た使者は、広間に通された。
年は三十代くらい。
細い体に、派手な服。
顔には、こちらを見下すような笑みが浮かんでいる。
いかにも王都貴族の使いという感じだった。
俺は正面の椅子に座り、バルトとセシリアを横に控えさせた。
逃げたい。
ものすごく逃げたい。
だが、ここで逃げたら悪役貴族どころか小物貴族だ。
俺は深く息を吐く。
怒鳴らない。
威張らない。
挑発に乗らない。
何度も心の中で唱えた。
「レオン・グランヴェル様に、王子アルベルト殿下より正式なご命令でございます」
使者はそう言って、書状を差し出した。
バルトが受け取り、俺に渡す。
封蝋には王家の紋章。
重い。
手紙一枚なのに、胃が重くなる。
俺は封を開いた。
内容は短い。
学園入学前に王都へ来ること。
近ごろの領地政策について説明すること。
王子アルベルトが直接話を聞くこと。
予想通りだった。
だが、最後の一文が嫌だった。
『貴殿の行いが、王国貴族として正しいものであるか確認する』
完全に疑っている。
いや、原作を考えれば当然か。
王子にとって、レオン・グランヴェルは悪役だ。
何をしても悪く見えるのだろう。
「承知した。指定の日に王都へ向かう」
俺が答えると、使者はわずかに眉を上げた。
「ずいぶん素直でございますな」
嫌味だ。
分かりやすい嫌味だ。
原作のレオンなら、ここで怒る。
誰に向かって口をきいている、と怒鳴る。
そして悪評が増える。
俺は絶対に怒らない。
「王子殿下からの命令だ。従うのは当然だろう」
使者は少しつまらなそうな顔をした。
挑発に失敗した顔だ。
よし。
一本回避。
だが、使者はすぐに別の嫌味を出してきた。
「しかし、王都では噂になっておりますよ。グランヴェル家の若様が、急に善人の真似事を始めたと」
広間の空気が冷えた。
バルトの顔が険しくなる。
ガルドがいたら剣に手をかけていたかもしれない。
俺も少し腹が立った。
善人の真似事。
確かに、最初は自分のためだった。
破滅したくないから、税を下げた。
死にたくないから、領民を助けた。
だが、村人たちは本当に救われた。
それを真似事と言われるのは、少しだけ嫌だった。
少しだけ。
いや、かなり嫌だった。
でも、怒ったら負けだ。
俺は机の上に手を置いた。
「噂は自由だ。だが、事実は書類にまとめてある」
「書類?」
「税を下げた記録。不正役人の処分。食料配布。魔物討伐。商人との契約。必要なら王都で提出する」
使者は一瞬だけ黙った。
まさか準備しているとは思わなかったのだろう。
「……ずいぶんと用意がよろしいことで」
「疑われるなら、証拠を出すしかない」
俺は淡々と言った。
「感情で言い争うつもりはない」
使者の笑みが少し崩れた。
また一本、回避できた気がする。
セシリアが隣で静かにこちらを見ていた。
その目が、少しだけ誇らしそうに見えた。
やめてくれ。
今は照れている場合ではない。
使者は今度、セシリアへ視線を向けた。
「セシリア様も、王都へお戻りになられるので?」
声が少し柔らかくなる。
だが、そこには探るような響きがあった。
俺は内心で身構えた。
ヒロインと他の男は絡ませたくない。
いや、使者は攻略対象ではないが、それでも嫌な感じだ。
セシリアは表情を変えずに答えた。
「はい。私はレオン様の婚約者です。王都へも同行いたします」
「それは……殿下もお喜びになるでしょう。セシリア様ほどの令嬢が、辺境に長く留まるのはもったいない」
嫌な言い方だった。
辺境を下に見ている。
グランヴェル領を見下している。
俺は口を開きかけた。
だが、先にセシリアが言った。
「私は、この領地で多くを学びました」
使者が目を瞬かせる。
「学んだ、でございますか?」
「はい。民を守るとは何か。領主が先に動くとは何か。レオン様のおそばで、私はそれを見ました」
広間が静かになる。
セシリアの声は穏やかだった。
だが、はっきりしていた。
「ですから、辺境にいたことをもったいないとは思いません」
使者の顔が引きつった。
俺も固まっていた。
何を言ってくれているんだ、この婚約者は。
嬉しい。
かなり嬉しい。
でも、心臓に悪い。
「……左様でございますか」
使者はそれ以上、何も言えなかった。
セシリア、強い。
本当に味方でよかった。
使者が帰る前に、俺は一つだけ確認した。
「王都へ向かう日取りは、この通りで間違いないな」
「はい。遅れぬようお願いいたします」
「分かった」
「それと、殿下は近ごろのグランヴェル領の動きを、大変気にしておられます」
使者はわざとらしく笑う。
「どうか、余計な誤解を招かれませぬよう」
最後まで嫌味か。
俺はうなずいた。
「忠告、感謝する」
使者はまた少しつまらなそうな顔をした。
怒らせたかったのだろう。
残念だったな。
俺は今日、かなり頑張っている。
使者が広間を出ると、バルトが大きく息を吐いた。
「若様。見事なご対応でした」
「そうか?」
「はい。以前の若様であれば、あのような無礼、決してお許しには……」
「それ以上は言わなくていい」
以前のレオンの評判がまた悪くなる。
もう十分だ。
セシリアが微笑む。
「レオン様は、挑発に乗られませんでしたね」
「乗ったら終わるからな」
「それでも、簡単なことではありません」
「かなり腹は立った」
「そう見えませんでした」
「必死で我慢した」
正直に言うと、セシリアは少し笑った。
「では、なおさら立派です」
また褒められた。
俺は視線をそらす。
褒められるのは、まだ慣れない。
夕方。
王都への準備が本格的に始まった。
資料をまとめる。
証人の手紙をそろえる。
商人ギルドの契約書を写す。
騎士団の報告書を確認する。
王子は、俺を疑っている。
王都貴族も、俺を悪役として見るだろう。
だが、こちらには事実がある。
領民を助けた。
税を下げた。
不正を裁いた。
魔物を退けた。
それを、証拠として持っていく。
原作のレオンは、怒りと傲慢で破滅へ進んだ。
俺は違う。
怒らない。
証拠を出す。
余計なことを言わない。
地味だ。
かなり地味だ。
だが、生き残るにはそれが一番だ。
その時、窓の外から声が聞こえた。
「若様、王都でもお気をつけて!」
「俺たちは若様を信じています!」
村人たちが、屋敷の外に集まっていた。
使者の来訪を聞いたのだろう。
皆、不安そうな顔をしながらも、俺に向かって頭を下げている。
胸の奥が熱くなる。
この領地を守る。
そのために、俺は王都へ行く。
「バルト」
「はい」
「明日、王都へ向けて出発する」
「かしこまりました」
セシリアが隣に立つ。
「私も同行します」
「ああ。頼む」
王子アルベルトとの接触イベント。
原作では、ここから悪評が広がっていく。
だが、もう原作通りにはしない。
俺は静かに拳を握った。
王都でも、破滅フラグを折ってみせる。




