第18話 若様は英雄です
森の魔物を討伐した翌日。
屋敷の前には、なぜか人が集まっていた。
村長。
商人ギルド長のマルク。
騎士団長ガルド。
それから、北の村の子どもたち。
俺は玄関前で固まった。
「……何だ、これは」
横にいたバルトが、にこにこしている。
「皆、若様へお礼を申し上げたいとのことです」
「礼なら、もう何度も聞いたが」
「感謝は何度申し上げても足りませぬ」
やめてくれ。
俺は感謝されるのに慣れていない。
しかも、今回は人数が多い。
逃げたい。
だが、逃げたら悪役貴族っぽい。
仕方なく、俺は皆の前へ出た。
最初に村長が頭を下げる。
「若様。税を軽くしてくださり、食料を分けてくださり、水路と井戸まで直してくださいました」
「まだ全部終わったわけじゃない」
「それでも、私たちは救われました」
村長の声は震えていた。
「少し前まで、冬を越せぬ者が出ると覚悟しておりました。ですが今は、来年の畑を考えられます」
周りの村人たちがうなずく。
「若様のおかげです」
「子どもたちも、毎日食べられています」
「井戸の水も助かっております」
重い。
感謝が重い。
俺はただ、破滅を避けたくて動いただけだ。
でも、村人たちは本気で俺に頭を下げている。
俺は咳払いした。
「まだ油断するな。畑が戻るまでは時間がかかる。水も必ず煮て飲め」
「はい!」
村人たちの返事は明るかった。
それだけで、少し安心する。
次に、ガルドが前へ出た。
騎士団長は、いつもより背筋が伸びている。
「若様。騎士団を立て直していただき、感謝いたします」
「立て直したというほどではない。装備と訓練を見直しただけだ」
「その“だけ”を、誰もしてくれませんでした」
ガルドの声は低かった。
「我らは、領民を守る盾である。その言葉で、騎士たちの目が変わりました」
それはセシリアが言った言葉だ。
俺ではない。
そう言いたかったが、今ここで言うと話がややこしくなる。
「守れる騎士団になってくれ。俺が王都へ行っている間、領地を頼む」
「はっ!」
ガルドは力強く頭を下げた。
「命に代えても」
「命に代えるな。生きて守れ」
思わずそう言うと、ガルドが目を見開いた。
騎士たちも驚いた顔をする。
「……若様」
「死なれると困る。騎士が死ねば、次に村人が危ない。だから、生きて守れ」
これも本音だった。
格好いい犠牲などいらない。
守る側が倒れたら、後が続かない。
だが、ガルドはなぜか感動していた。
「若様は、我らの命まで……」
違う。
普通のことを言っただけだ。
なぜ毎回こうなる。
次は商人ギルド長のマルクだった。
「若様。商人たちも、心より感謝しております」
「取引をしただけだ」
「正しい取引をしてくださったのです」
マルクは深く頭を下げる。
「即日払い。無理な値切りなし。不正をした商会は処分し、誠実な商人には機会をくださる。これほどありがたいことはございません」
商人たちもうなずく。
「王都の大商会に頼らずとも、我々にもできることがあると分かりました」
「若様は、私たちに道をくださいました」
道。
また大げさな言葉だ。
でも、南の商人たちが動き始めたのは確かだ。
王都貴族の嫌がらせで止まりかけた物資も、今は別ルートで届いている。
結果的に、領地は少し強くなった。
俺はただ必死に対応していただけなのに。
「無理をするな。取引は続けるものだ。一度だけ頑張って倒れられても困る」
「はい。若様のお言葉、肝に銘じます」
マルクはまた頭を下げた。
やはり重い。
最後に、子どもたちが前へ出てきた。
北の村の子どもたちだ。
その中の一人が、小さな花束を持っていた。
「若様、これ」
「俺にか?」
「うん。魔物から守ってくれたお礼」
小さな手が、花束を差し出してくる。
俺は受け取った。
野の花を集めたものだ。
豪華ではない。
だが、妙に胸に刺さった。
「ありがとう」
そう言うと、子どもは笑った。
「若様は英雄なんだって!」
「誰がそんなことを言った」
「みんな!」
俺は頭を抱えたくなった。
英雄。
やめてほしい。
俺は悪役貴族だ。
少なくとも原作では。
英雄なんて言葉は重すぎる。
「俺は英雄じゃない」
そう言うと、子どもは首をかしげた。
「でも、助けてくれたよ?」
返す言葉がなかった。
確かに、助けた。
税を下げた。
食料を配った。
魔物を倒した。
水路と井戸も直した。
自分のために始めたことだ。
でも、結果として誰かを助けている。
それは、もう否定できない。
「……なら、次も助けられるように頑張る」
俺がそう言うと、子どもたちは一斉に笑った。
「うん!」
その笑顔を見て、胸の奥が熱くなる。
悪くない。
この笑顔を守りたいと思ってしまった。
そう思った時点で、俺はもう完全には自分のためだけでは動けなくなっているのかもしれない。
人々が帰ったあと、俺は執務室で花束を見ていた。
小さな花束。
たったそれだけなのに、妙に重い。
セシリアが入ってくる。
「皆さん、本当にレオン様を慕っておられますね」
「慕われすぎて怖い」
「怖いのですか?」
「期待されると、失敗できないだろう」
正直に言った。
前世でもそうだった。
期待されれば仕事が増える。
失敗すれば怒られる。
だから期待されるのは怖かった。
だが、セシリアは静かに首を振った。
「期待は、押しつけだけではありません」
「そうなのか?」
「はい。あなたを信じたいという気持ちでもあります」
信じたい。
その言葉が胸に残る。
「皆さんは、レオン様を信じたいのです。だから、あれほど感謝するのだと思います」
「……重いな」
「重いですね」
セシリアが真面目な顔でうなずいた。
少し笑ってしまった。
「ですが、一人で背負わなくてもよいのです」
彼女はそう続けた。
「バルト様も、騎士団も、商人の方々も、村の皆さんも。もちろん、私もいます」
俺は花束を見る。
俺を断罪するはずだった世界が、少しずつ変わっている。
悪役貴族として嫌われるはずだった俺が、領民から英雄と呼ばれている。
怖い。
でも、少しだけ嬉しい。
その時、バルトが慌てた様子で入ってきた。
「若様。王都より使者が参りました」
「使者?」
「はい。王子殿下より、正式な呼び出しでございます」
来た。
王子アルベルト。
原作で俺を断罪する相手。
俺は小さな花束を机に置いた。
この領地で、俺を信じてくれる人が増えた。
なら、王都で簡単に潰されるわけにはいかない。
「通せ」
声は思ったより落ち着いていた。
次の破滅フラグが、扉の向こうまで来ている。
だが、もう逃げない。
俺は、この領地を背負って王都へ向かう。




